第十八話『妖精石の市場価値』


「こんにちはー。ギルドマスター、いるー?」


「……お前らはいつも突然やってくるな」


 採掘ギルドに足を踏み入れると、受付カウンターに座って頬杖をついているギルドマスターの姿が目に飛び込んできた。相変わらず人材不足なのか、室内に彼以外の人の姿はなかった。


「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「な、なんだ? また鉱石採取の仕事を探してるなら、他を当たってくれ」


「そんなんじゃないわよ。実はね……」


 あたしはカウンターに乗りかかりながら、ギルドマスターにこれまでの経緯を説明する。


「……確かにあの坑道は採掘を再開してるよ。あんたらや騎士団のお陰で、魔物も出なくなったしな」


「やっぱりそうなのね! それで、あそこから妖精石が採れると思うんだけど」


「ああ、これだろ」


 思わず声を弾ませるあたしに対し、ギルドマスターはため息をつきながらカウンターの下から大きな袋を取り出す。その中には、大量の妖精石が詰まっていた。


「おお……妖精石がこんなにたくさん」


「欲しけりゃ言い値で売ってやるぞ。いわゆる副産物的なもんだしな」


 彼は覇気のない声で言って、再び頬杖をつく。


「……ずいぶん投げやりね。この妖精石、それなりに価値があった気がするんだけど。ほら、メノウの街では10000フォルで売られてたりしたしさ」


「そりゃ、その頃は妖精石自体が珍しかったからだな。魔力が含まれてるとかで薄っすらと光るし、珍品目当ての金持ち向けに値段を釣り上げてたんだろ」


 彼はおもむろに袋の中の妖精石をつまみ上げると、しげしげと眺める。


「なるほどね。魔物が徘徊する森で採れる貴重な石だったはずが、今やその辺の鉱山で採れるありふれた石となり、値崩れを起こしているわけかい」


「そういうことだよ。くそ、少しは金になると思ったんだがなぁ……」


 ルメイエの言葉を肯定しつつ、ギルドマスターは腕組みをしながら天井を見上げた。


 彼には悪いけど、妖精石の値段が安いということは、あたしたちにとって好都合だった。


「ねぇ、ものは相談なんだけど……その妖精石、あたしたちにまとめて買い取らせてくれない?」


「それは構わないが……錬金術に使うのか?」


「そうなんだけど、色々とわけありでね……買い取った石を、定期的に山裾の村に卸してほしいのよ」


「なんだか大がかりなことになりそうだな……悪いが、うちのギルドは運搬作業までは請け負えない。それこそ商人ギルドに相談してくれ」


 ギルドマスターはひらひらと手を振りながらそう口にする。彼の言うことはもっともだった。


「わかったわ。運搬手段については別を当たってみる。あと、妖精石以外にも売ってほしい鉱石があるんだけど、安くできない?」


「鉱石の種類と数によるな。場合によっては増産を指示することもできる。言ってみろ」


 仕事の話になったからか、彼は急に身を乗り出してくる。


「えっとね、まずはエルトニア鉱石でしょ。それから磁力石に……」


 そんなギルドマスターと、あたしたちは細かい交渉を行ったのだった。


 ◯ ◯ ◯


 無事に採掘ギルドとの交渉を終えたあたしたちは、続いて意気揚々と商人ギルドへと向かった。


 商人ギルドは採掘ギルドから少し離れた場所にあり、かなり大きな建物だった。


 その内部は採掘ギルドとは比較にならないほど豪華で、まるで鏡のように磨かれた床の上を、無数の商人たちが慌ただしく行き交っていた。


「あのー、ここのギルドマスターさんとお話がしたいんですが」


「……申し訳ありませんが、当ギルドのマスターは多忙でして。本日も終日、鍛冶ギルドとの商談が入っております」


 その雰囲気に圧倒されつつ、あたしとルメイエは受付へと歩みを進めるも……いかにも事務的な言葉が返ってきた。


「そこをなんとか……山裾の村から、はるばるやってきたんです」


「事情はお察ししますが、規則は規則ですので」


 カウンターに張り付き、必死に拝み倒してみるも、受付の女性は表情一つ変えずにそう言い放つ。これは取り付く島もない。


「忙しいのはわかったよ。じゃあ、ギルドマスターとの面会予約を入れてもらえないかい?」


「かしこまりました。今予約を入れますと……10日ほどお待ちいただくことになります」


「10日!?」


 続いてルメイエがそう口にするも、予想外の返答にあたしたちの声が重なった。


 それでも、この場で文句を言ったところで面会が叶うわけもなく……あたしたちは渋々予約を取り付けると、肩を落としながら商人ギルドをあとにした。


「はぁ……10日かぁ……そんなにかかるなんて思わなかったわ」


「確かにね。まぁ、ボクたちが待つ分には構わないけど、問題は村の生徒たちだよ。一旦、山裾の村に戻るかい?」


「そうねぇ……当面使う分だけの妖精石だけ買わせてもらって、一度村に帰ろうかしら」


「それがいいよ。そうなるとカリンはともかく、フィーリはどうするんだい? あの子のことだから『この街で待ってます!』とか言いそうだけど」


「リディオもいるし、言いそうねぇ……どうしたもんかしら」


 空を見上げながら考えを巡らせていると、あたしとルメイエのお腹がほぼ同時に鳴った。


 ……そういえば、そろそろお昼時ね。


「腹が減ってはなんとやらって言うし、皆でご飯でも食べながら考えましょ。フィーリ、聞こえるー?」


 反射的にお腹をさすったあと、あたしは右腕にはめたトークンリングを使ってフィーリに声をかける。


『はい! 聞こえてます!』


「今、どこにいるのー? 皆でお昼食べようと思うんだけど」


『いいですね! ちょうどお昼休みらしいので、リディオも誘っていいですか!?』


「いいわよー。あたしも久しぶりに会いたいしねー」


『ありがとうございます! お店はどこにしますか?』


「以前来た時に、鉱山カレーを食べたお店があるでしょー。あそこにしようかと思って」


『わかりました! すぐに飛んでいきます!』


 そこまで話すと、フィーリは通話を終了させた。


 彼女のことだし、言葉の通りほうきに乗って飛んでくるのだろう。


「じゃあ、次はカリンねー。聞こえるー?」


 続いてカリン用のトークリングに向けて声を発する。


『はーい、もしもーし! 聞こえるよー!』


 ややあって、元気のいい声が返ってきた。


 もしもし……なんて言い方、かつて日本人だった転生者ならではだと思う。


 あたしは思わず苦笑しながら、カリンにもフィーリと同じように要件を伝えたのだった。

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