第十六話『移動教室の問題点』


 その後もカリンに案内してもらいながら、素材採取をしていく。


 彼女はこの周囲に生えている植物を完全に把握していて、どんな希少植物であってもすぐに採取場所を教えてくれた。


 この調子ならば、今度カリンを中心に生徒たちと採取授業をしてもいいかもしれない。


 ただ錬金術の素材として使用するだけでなく、その元となる植物はこのように生えているのだと、子どもたちに教えてあげたかった。


「……しまった。これはまずい」


 そんなことを考えながら歩いていると、ルメイエが教科書を手にしたまま、小さく声を上げた。


「ルメイエ、どうしたの?」


「教科書に載せている調合品だけど、一部、村の近くで手に入らない素材が混ざっていたんだ。うかつだった」


 不思議に思いながら尋ねると、彼女はそう言って天を仰ぐ。


「ルメイエがそんなミスするなんて珍しいわね。どの素材が足りないの?」


「いくつかあるけど……この場で説明するのもあれだね。一旦、村に戻ろう」


 彼女は険しい表情で言い、あたしたちはそれを了承。急ぎ足で村へ戻ることにした。



 村に帰り着いたあと、あたしたちは万能テントの中で対応策を考える。


「具体的に足りないのは、妖精石や鉱石のたぐいだよ。授業の時は素材供給をメイの容量無限バッグに頼っていたから、すっかり失念してしまっていた」


 そう言いながらルメイエが広げたノートには、各種鉱石の名前がずらりと並んでいた。


「うーん、エルトニア鉱石に鉄鉱石、磁力石に妖精石かぁ……どれもこの辺りで見た記憶ないわねぇ。鉱山都市に行けば、ある程度は手に入りそうだけど」


「そうなんだよ。それでも、一番の問題は妖精石だね」


 腕組みをしたまま、ため息まじりにルメイエが言う。


 妖精石はメノウの森で入手できる魔力を含んだ石で、元の世界でいうところの電池やバッテリーのような役割をする。


 全自動つるはしや全自動ほうきの調合に必要なのだけど、採取場所であるメノウの森は山裾の村からかなり離れている。あの森には魔物もいるし、もし入手できたとしても、非常に高価なものになってしまうだろう。


「あたしも妖精石は結構再利用してるもんねぇ……安定供給は難しそう」


 あたしの場合、調合した道具を容量無限バッグの機能で素材に戻すことができるので、使いどころのなくなった道具を分解して貴重な素材を再利用する……なんて芸当が可能なのだ。


 本来の錬金術は素材を湯水の如く消費するものだし、この村で日常的に錬金術を行うためには、定期的な素材確保が必須だろう。


「どんなに便利な道具も、作れなければそれこそ絵に描いた餅よねぇ……どうしたもんかしら」


「ねぇねぇメイ先輩、妖精石って、これのこと?」


 あたしとルメイエが頭を悩ませていると、その間にカリンが割って入る。その手には淡い光を放つ石が握られていた。


「え、そうだけど……なんでカリンが持ってるの?」


「この石、普通に鉱山都市の市場にも流れてくるよ? 副産物的な扱いで、かなり安いしさ」


 あっけらかんと彼女は言い、あたしとルメイエは顔を見合わせる。


「でも、流通しだしたのは本当にここ最近だよ。よその街から輸入したって話は聞かないけど」


 手に持った妖精石をまじまじと見ながら、カリンは続ける。ということは、メノウの森が大規模開発された……というわけでもなさそうだ。


「メイさん、もしかして、あの廃坑じゃないですか?」


「廃坑?」


 その時、それまで静かに話を聞いていたフィーリが飛び跳ねながら言う。


「ほら、魔物が出るようになって、採掘作業が止まっていた場所があったじゃないですか。リディオと一緒に入って、巨大な蜘蛛の魔物を倒した、あの場所です」


「ああ……!」


 そこまで言われて、あたしは思い出した。確かにあの場所には、大量の妖精石があった。


 あのあとメノウの騎士団による調査が入っていたし、安全性が確認されて、採掘が再開されたのかもしれない。


「確かに、フィーリのいうことは一理あるね。これは一度、鉱山都市に行ってみる必要がありそうだ」


「そーねー。鉱山関係なら、採掘ギルドのギルドマスターに話を聞けば一発だろうし」


「わたしも久しぶりにリディオに会いたいです!」


「ねぇねぇ、それなら私もついていっていい?」


 三人でそんな会話をしていると、カリンが自分を指さしながらそう訊いてくる。


「私、元々あの街の出身だしさ。村への販路を開拓するなら、力になれると思うよ?」


 そう続けるカリンに対し、あたしたちはほとんど同時に頷く。妖精石の貴重な情報をもたらしてくれた彼女をのけものにするつもりは毛頭ない。


「ありがとう! これはビジネスチャンス到来かも!」


 するとカリンは全身で喜びを表現していた。なんか妙な単語が聞こえた気もするけど、あたしはあえてそれを流し、今後の予定を取り決める。


「それじゃ、あたしは村長さんと話をしてくるわねー。フィーリは生徒たちのところを回って、しばらく留守にするから自習しておくように伝えてくれる?」


「おまかせください!」


 フィーリは満面の笑みでうなずき、自身の容量拡大バッグからほうきを取り出すと、テントの外へと駆け出していった。


「さ、さすがフィーリちゃん、行動が早い……」


「あの子の場合、単にリディオに会えるのが嬉しいだけだと思うけどね」


 カリンとルメイエは開け放たれたままの扉を見ながら呆れ顔をする。


 ……まぁ、フィーリの気持ちはわからなくもないけど。


「そうだルメイエ、生徒たちの自習内容と、それに必要な素材のリストを作ってくれない? その分だけ、素材を置いていくからさ」


「任されたよ。キミが村長のところから戻ってくるまでには、用意しておこう」


「よろしくねー」


「私も荷造り始めなきゃ……長旅になりそうだし」


 あたしとルメイエが打ち合わせを続ける中、カリンは一人、気合を入れていた。


 鉱山都市に行くだけなのに、そこまで気負う必要があるのかしら。

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