第十四話『素質のある子、発見!』


 それから連日、あたしたちは錬金術の授業を行った。


 一週間が過ぎる頃には、生徒たちも慣れてきて、和気あいあいと授業をすることができた。


 あたしたちも要領がわかってきて、日用品のレシピをまとめた『教科書』を作り、生徒一人ひとりのレベルに合わせた授業内容を組んでいた。


 この本に載っている道具を全て作ることができたら、晴れて『卒業』となり、記念品としてメイの錬金釜がプレゼントされる。


 あたしたちの目的は錬金術の普及なのだから、ルメイエの考えたこのやり方は理に適っていた。


「本日調合するのは、万能肥料だ。必要素材は……」


「ねー、ルメイエちゃん、私にもその肥料の作り方、教えてほしいんだけど」


 教科書が進んでいる生徒に向けてルメイエが講義をしていると、カリンが勢いよく挙手しながら訊いてくる。


「ダメだよ。この調合には4種類の素材を使用するんだ。2種類の素材を使った調合すらつまづいているカリンには、まだ早いよ」


「うぐぐ……その肥料を作れれば、困ってる人の助けになりそうなんだけどなぁ……大人しくポーションの調合を練習しとく」


 そう言って錬金釜に水とグリーングラスを投入するも、直後に景気よく爆発させていた。


「全く、キミは雑念が多すぎるんだと思うよ……」


「面目ない……」


 掃除用のモップを手渡しながら、ルメイエがため息まじりに言う。


 カリンは毎日この調子なのだけど、それでもめげずに授業を受け続けているあたり、彼女の粘り強さが出ているような気がした。


「メイ先生、さようならー」


「また明日ー」


 やがてその日の授業が終わり、あたしは充実感に浸りつつ、帰っていく生徒たちを見送る。


「メイ、お疲れ様」


 そこにルメイエがやってきて、ねぎらってくれる。


「キミも少しは先生役が板についてきたんじゃないかい?」


「そうだといいんだけどねー。ルメイエに比べたら、まだまだよ」


「それはそうだろうね。ボクだって伊達に50年生きちゃいない。こういう場は慣れっこさ」


 えっへん、とその小さな胸を張る。ルメイエって、本当はあたしよりずっと歳上なのよね。その見た目で、つい忘れそうになるけどさ。


「フィーリ先生! もう一度復習させてください!」


「居残り授業は受け付けてないんですよー! また明日にしてくださーい!」


 賑やかな声がして振り返ると、誰もいなくなった教室でフィーリがカリンに追いかけられていた。


「あの子は論外として……メイ、キミはこの村の生徒たちをどう思う?」


「へっ? どうって?」


 その二人を微笑ましい気持ちで見ていると、ルメイエから不意に声をかけられる。


「ボクたちの授業を受けてくれている子の中で、錬金術の素質がある子がどのくらいいるか……だよ」


「ああ、そういうこと……そうねぇ。明らかに錬金術の素質があるのは、三人くらいかしら」


 元々人口の少ない村だし、真剣に錬金術を学びたいと思う人間が一人でもいればいい……くらいに考えていたから、十分すぎる成果だった。


「具体的には、ヒイロさんとこのティッド君と、マチルダさんちのティアナちゃん。あとは……」


「リティだね」


 あたしが言うよりも早く、ルメイエがその名を口にしていた。


「そう。あの子、あたしが初めてこの村に来た時から錬金術に興味津々だったんだけどさ、実際にやらせてみたらなかなかの素質の持ち主みたい」


「ボクも同意見だよ。あの子には素質がある。今日も万能肥料の調合を一発で成功させていた」


 うんうんとうなずくルメイエを見ながら、あたしは今日の授業を思い返してみる。他の皆が悪戦苦闘する中、リティちゃんはさも当然のように万能肥料の調合を成功させていた。


「そこで相談なんだけど、メイ、あの子に専属で教えてあげてくれるかい?」


「へっ? あたしが?」


「そうだよ。他の子はボクとフィーリで受け持つから。頼めるかい?」


「でも……あたしなんかで大丈夫かしら。あたしの錬金術って、チートアイテムに頼り切ってるしさ」


「それでも、二年近く錬金術を続けてきた実績があるだろう。それに、これはキミが成長するためでもあるんだ」


 ルメイエは言って、あたしの目をまっすぐに見てきた。


「……わかったわ。やってみる」


 その銀色の瞳を見つめ返しながら、あたしはしっかりと首を縦に振った。


「よろしく頼むよ、メイ先生。できれば10日ほどで、あの教科書の内容を全て終わらせてくれるとありがたい」


「え、10日で!?」


 続いたルメイエの言葉に、あたしは面食らう。生徒たちに配っている教科書はかなり分厚く、50ページはある。授業を始めて一週間が経過した今でも、進んだのは10ページほどだ。


「あの教科書には、生活必需品を中心にレシピを載せている。記載された道具を全て作れる錬金術師が村に一人いるだけで、その場所の生活水準は格段に上がるだろう。リティには、村を代表するような錬金術師になってもらいたい」


「そのための指導を、あたしがするのね」


「そう。責任重大だよ」


 本当に責任重大だ。あたしの教え方次第で、この村の未来が変わってしまうと言っても過言じゃない。


「それにボクが教えるより、メイが教えたほうがリティもやる気が出るはずさ。それまでの信頼関係は大事だよ」


 少し表情を和らげながら言うルメイエを見ながら、あたしは一人、気合を入れたのだった。


 ◯ ◯ ◯


 その翌日から、あたしはリティちゃんにつきっきりで錬金術を教えることになった。


 彼女の実力が群を抜いているのは他の子たちもわかっていたようで、その誰もが個別指導の様子を羨望の眼差しで見ていた。


「……先生、できました」


「全自動つるはしに全自動ほうき、それにシップ……全部成功してるわ。リティちゃん、本当にすごいわね」


「あ、ありがとうございます」


 そんな皆からの期待を一身に受けながらも、リティちゃんは持ち前の真面目さもあって、めきめきと腕を上げていった。


 これはルメイエの言う、10日間で教科書完全制覇も夢じゃないかもしれない。

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