第十三話『錬金術の移動教室、開始!』


「相変わらず、メチャクチャな威力だね」


 岩陰に隠れて魔力ボムの爆発から身を守っていたルメイエが、竜の亡骸を見ながら言う。


 いつしか謎の空間の歪みも消えていて、それ以上魔物が出現することもなかった。


 それを確認したあたしは安堵しつつ、その亡骸を容量無限バッグへと収めていく。


 貴重な竜素材だし、これは見逃せない。


「メイさん、やっぱり素材に目がないんですねぇ」


「……まあ、せめてもの弔いだね」


 フィーリとルメイエが呆れ顔をする中、その価値が分かっているのか、カリンだけは羨ましそうにあたしを見ていた。


 ……それにしても、どうしてこの辺りにはいないはずの魔物が立て続けに現れたのかしら。


 倒せたから良いものの、あのまま野放しにしていたら、周囲の生態系に多大な影響を与えていたかもしれない。


 そう考えながら歪みがあった空間に視線を送るも、そこにはなんの痕跡も残されていない。


 あたしは首を傾げつつ、村へと戻ったのだった。


 ◯ ◯ ◯


 それから数日後、魔物騒動も落ち着いたということで、あたしたちはようやく本来の目的である錬金術学校をスタートさせる。


 カリンが触れ回ってくれたこともあり、授業初日には村の子どもたちを中心に、10人以上の人が集まってくれた。


「まずは、キミたちに話しておくことがある。錬金術というものは魔法とは全く異なる技術だ。魔法がマナを使って精霊と契約するのに対し、錬金術は……」


 授業に先立って、移動教室の代表であるルメイエが威厳たっぷりに錬金術の何たるかを語る。


 空き地に人数分の椅子と机、黒板と錬金釜を置いただけの即席の教室で、生徒たちは目を輝かせて、錬金術という未知の学問に思いを馳せている。出だしは好調のようだ。


 その中には、リティちゃんの姿もある。


 彼女は以前から錬金術に興味があったようだし、今回の移動教室にも、いの一番に参加表明をしてくれたのだ。


 その隣にはカリンが座っていて、時折うなずきながらルメイエの話に聞き入っていた。


「それでは、さっそく錬金術を始めてみよう。講師のメイ先生と、助手のフィーリだ」


 やがてそう紹介されて、あたしたちは黒板の前へと向かう。


「……メイさん、右手と右足が一緒に出てますよ」


「そういうフィーリだって、同じじゃない」


 見知った顔ばかりのはずなのに、こういう場には慣れていないのもあって、どうしても緊張してしまう。


「さ、最初の調合は錬金術の基礎中の基礎、ポーションを作りましゅ!」


「……メイ、まずは道具の確認だよ」


「そうでした!」


 思いっきり噛んでしまった上に手順を間違え、ルメイエに耳元で囁かれる。


「先生がた、肩の力抜いてー」


 それに合わせるようにカリンが明るい声を飛ばし、同時に笑いが起こる。


「うう……こういう場に慣れてなくて。もし妙なことしたら笑って許してね」


「皆は許してくれるかもしれないけど、ボクは許さないよ?」


 恥ずかしさに悶えながらそう口にするも、隣に立つルメイエから睨みつけられた。


 その直後、再び笑いが起こる。それを聞いていると、少しだけ緊張がほぐれた気がした。


「えーっと、皆の前にあるのが、この村の井戸から汲んできた水と、近くの森から採ってきたグリーングラスという薬草です。この二つをメイの錬金釜に入れて、かき混ぜ棒を使ってぐるぐると混ぜると、ポーションができます」


 そう説明するも、生徒たちは揃って首を傾げていた。


「今から実際に調合してみせるので、よーく見ていてください!」


 あたしはそう言うと、素材を手に目の前の錬金釜へと近づいていく。


 今回使用するのは、愛用の究極の錬金釜ではなく、生徒たちに配布したのと同じ、メイの錬金釜だ。


 ちなみに最初にポーションの作り方を教えるのはもちろん理由があって、素材の入手が簡単ということと、村の医療事情がある。


 この村には医療機関なんてないので、自分たちでポーションが作れるだけで、かなり生活が楽になるのだ。


「この中に、素材のグリーングラスと水を入れて……あ、順番はどっちが先でも構わないからね」


 生徒たちにわかるように、できるだけゆっくりとした動作で素材を錬金釜に入れていく。


「次に、このかき混ぜ棒を静かに差し入れて、錬金釜の底から、ぐーるぐーると……」


 説明しながら、慎重にかき混ぜることしばし、錬金釜の中で渦巻いていた虹色の光が集束すると、中からガラス瓶に入った緑色の液体が飛び出してきた。


「おおー!」


 二つの素材から、全く違うものが生み出されたのを見て、生徒たちは前のめりになって歓声を上げていた。


 あー、なんかこの感じ、すごく嬉しい。クセになりそう。


「メイ先生、何をニヤけてるんですか」


「う、うおっほん。別にニヤけてなんてないですわよ」


 思わず頬が緩んでいたのか、フィーリがジト目で見てくる。慌てて取り繕うも、妙な口調になってしまった。


「素材に感謝しながら錬金釜に投入し、完成形を意識しながらかき混ぜる。これが錬金術の基本だよ。それを怠ると、爆発することもあるからね」


 そんなあたしたちのやり取りをよそに、ルメイエは淡々と説明を続けていた。

しっかりと補足をしてくれているあたり、さすがだった。


 ……そしていよいよ、生徒たちが実際に調合を始める。


「素材を入れて、ぐるぐるーっと……」


「ゆっくり、ゆっくり……」


 爆発することもある……というルメイエの言葉が効いたのか、その誰もが、おっかなびっくりといった様子で素材を入れ、かき混ぜていた。


 ややあって、その半分ほどの錬金釜から、立派なポーションが吐き出された。


「わ、できた」


「やったー!」


 リティちゃんを含め、無事に調合を成功させた生徒たちから喜びの声が上がった一方、残りの錬金釜が一斉に虹色の水を吹いた。


「あっちゃー、他の子たちは失敗しちゃったみたいねー。素材はまだまだあるから、めげずに挑戦してみましょ」


「そうですよ! わたしも最初は爆発させまくりでした!」


「そうだね! よーし、これくらいでへこたれないぞー!」


 あたしとフィーリが慰めの声をかける中、カリンは元気な声とともに拳を突き上げていた。その髪や衣服が虹色に染まっているあたり、彼女も調合に失敗してしまったらしい。


 あたしたちは顔を見合わせてから、彼女にも新しい素材を手渡したのだった。


「ゆっくり、ゆっく……ぎゃー!」


 ……その後もカリンは他の生徒たちと一緒に調合に挑戦するも、ことごとく失敗していた。


 メイの錬金釜は従来の錬金釜と違い、魔力や様々な素材の力を借りて調合の成功確率や必要時間を短縮させた道具だ。


 その力を持ってしても、これだけ成功しないとは……可哀想だけど、彼女に錬金術の才能はないようだ。


「とほほ……せめてポーションくらい自分で作れれば、安価で売れると思ったのになぁ」


 何度目かわからない虹色の噴水を被ったあと、カリンはがっくりとうなだれた。


 原材料費が下がったからと儲けを出そうとしないあたり、この子らしいといえばこの子らしい。


 結局、その日は生徒の七割が調合を成功させることができた。初日としては、上々の成果と言っていいだろう。


 ルメイエの授業終了宣言を聞きながら、あたしはそんなことを思ったのだった。

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