第十話『商人カリンの能力』
「あのー、メイ先輩、少しお願いがあるんだけど」
準備を整え、魔物のひしめく地へ、いざゆかん……としていた時、カリンがおずおずと手を上げた。
「え、どうしたの?」
「できたら、私もつれていってほしいんだけど」
「何言ってるのよー。魔物って危ないのよ?」
「そうだよ。商人のキミは戦えないだろう?」
「そりゃあ、戦えはしないけどさ……知識だけはあるよ」
あたしとルメイエが左右からそんな言葉を投げかけるも、カリンは怖気づくことなくそう言った。
「知識?」
「そう。メイ先輩たち、この地域に出る魔物の種類とか、その弱点とか、全部わかる?」
「そ、そう言われると……全部はわからないけど」
「私は全部覚えてるよー。図鑑で見たり、冒険者ギルドの人から話を聞いたりしてさ。たとえば、ジャイアント・オークは足の指と目が弱点だし、ワイバーンは背中。ゴブリン系は単体なら力押しでもなんとかなるけど、群れを作る習性があるし、数が集まると厄介。でも高い音が苦手らしくて、鍋釜を打ち鳴らして撃退したこともあるらしいの」
「……本当に詳しいね」
カリンの話に耳を傾けていたルメイエが驚きの表情を見せる。
「今回の事象……俗にモンスターパレードとか、魔物の氾濫って呼ばれるやつだけど……少なくとも、小型の魔物が35体、中型の魔物が14体で、特に動きが遅い大型の魔物が3体はいるから……」
「ちょっと待って。カリン、万能地図見たの一瞬だったわよね? なんでそこまで細かく覚えてるの?」
「へへー、私、一度見聞きしたことは絶対に忘れないんだよねー。瞬間記憶っていうの?」
さらっと言ってるけど、それって結構すごいんじゃない? チートアイテムならぬ、チート能力みたいな。
ルメイエも同じ心境のようで、戸惑いの表情を浮かべたまま、あたしを見てくる。
「お願い、連れてって! 私もこの村を守るために、何かしたいの!」
カリンはそう言って、顔の前で両手を合わせてきた。
「わかったわよー。しょうがないわねー」
「やったー! メイ先輩、ありがとう!」
「うひゃ!?」
続けて土下座でもしそうなカリンの気迫に負け、あたしは同行を許可する。
すると彼女は嬉しさのあまり、あたしに抱きついてきた。
「そ、その代わり、ルメイエと絨毯に乗ってて。絶対に降りたら駄目だからね」
「肝に銘じておきます!」
ニコニコ顔で言うカリンを引き剥がしたあと、あたしは彼女の助言をもとに、風車草と風の属性媒体、火薬を使って音が出る爆弾を調合した。
万能地図に魔物の種類までは表示されていないけど、もしゴブリンの群れがいた場合、これでまとめて対処できるはずだ。
それに加えて、カリン用のトークリングを調合し、手渡してあげる。
「へー、トランシーバーみたいだね!」
そう言った彼女は、すぐにその使い方を理解していた。
こういう時、同じ世界の出身だと助かる。フィーリやルメイエの場合、一から教えるの大変だったし。
「それじゃ、行ってくるわねー」
「皆様、どうかご無事で……」
心配顔の村長さんに見送られ、あたしたちは村をあとにする。向かうは川の上流だ。
◯ ◯ ◯
「うわあ……なにアレ」
川に沿って絨毯を飛ばしていると、突如として街道を埋め尽くすほどの魔物の群れが現れた。
「ゴブリンにジャイアント・オーク、あっちにいるのはブラックウルフだよ」
背後でカリンがそんな言葉を発する。その表情は見えないけど、その声には恐怖の感情が乗っていた。
事前に万能地図で把握していた通り、大小様々な魔物が混在している。
「すごい数だね。これ、本来なら騎士団案件だよ」
「あはは……この近くならメノウの騎士団? 今更間に合わないと思うけど」
あたしに並んで魔物の群れを見ていたルメイエが言い、カリンがそんな言葉を返す。
確かに今からだと間に合わないし、ここはあたしたちでなんとかするしかない。
「カリン、この魔物の中に、遠距離攻撃をしてきそうな魔物っている?」
「うーん……ぱっと見はいなさそうだけど。この世界のゴブリン、そこまで知能高くないから、弓矢とかも扱えなさそうだし。投石だけ注意かな」
目の上に手を当てて遠くを見る仕草をしながら、カリンが言う。
「りょーかい。石くらいなら、これでなんとかなりそうね」
あたしはそう言って、人数分の見えない盾を展開しておく。
「……メイ先輩、これは何? なんか浮いてるけど」
「見えない盾よ。敵の攻撃に反応して勝手に防御してくれる、便利な道具なの」
「見た目は機動隊の持ってるアクリルの盾っぽいのに……なんて高性能な」
自身の周りをくるくると警戒するように回る盾を見ながら、カリンは驚愕の表情を見せる。
あたしたちにはおなじみの道具になってしまっているので、彼女の反応はなんだか新鮮だった。
「とりあえず、これ以上村に近づかせるわけにはいかないわね。フィーリ、準備はいい?」
あたしは飛竜の靴を装備してから、ほうきで近くを浮遊するフィーリに声をかける。
「はい! いつでもいけます!」
彼女は魔法使いの杖と複数の属性媒体を手に、すでにやる気満々だった。
口には出さないけど、久しぶりに思いっきり魔法を使えるのが嬉しいのかもしれない。
「さすがに数が多いから、魔法乱射してたらすぐに魔力なくなっちゃうわよー。まずはゴブリンたちだけでも減らさないと……てりゃ!」
そう言ってから、作ったばかりの対ゴブリン用の爆弾を投じる。
ゴブリンたちの群れの真上で炸裂したそれは、爆弾らしからぬ高い音を立てた。
……けれど、ゴブリンたちは無反応だった。一糸乱れぬ動きのまま、足を止める様子はない。
「ちょっとカリン、ゴブリンは高い音が苦手なんじゃないの? 効果ないみたいなんだけど」
「あっれー、おかしいなぁ……『農業害獣対策読本』の69ページにそう書いてあったのに」
変わらぬ様子で向かってくる魔物の群れを見やりながら、カリンが首を傾げた。
おかしいと言われても、現に彼らの動きは止まっていない。
「……いや、二人とも、あの魔物たちの目をよく見てごらんよ」
「目……?」
ルメイエに言われ、視線を送ってみると……確かに魔物たちの目は異常だった。血走っていて、視線が定まっていない。
「まるで、何かに操られているみたいじゃないかい?」
「あー、ルメイエちゃんの言う通りかも。上位の魔物に操られてるのかな」
「魔獣使いという線はないかい?」
「それにしては操ってる数が多すぎるような……」
ルメイエの言葉を皮切りに、二人は口元に手を当てて考え込むも……その間にも魔物たちは歩みを進めている。もはや一刻の猶予もない。
「二人とも、考えるのはあと! かわいそうだけど、こうなったら倒すしかないわよ!」
あたしは叫んでから、複数の爆弾を手に絨毯から飛び降りた。
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