第八話『商人カリン、商魂たくましく?』


 村の広場にやってくると、そこには黒山の人だかりができていた。この村にこれだけの人がいたのかと、あたしは驚く。


「はいはーい! まだまだたくさんあるから、慌てないでねー」


 その中心にはカリンがいて、笑顔を振りまきながら接客をしていた。


 遠巻きに商品を見てみると、売られているのは小麦粉に塩、それに干し肉と、生活必需品ばかりだった。


 値札を見た限り、近隣の街より遥かに価格が安い。下手をしたら、儲けが出ているのかも怪しいレベルだ。


「お疲れさまー。すごい人気ねー」


 やがて人の波が引いたタイミングを見計らって、あたしはカリンに声をかける。


「なんか、フィーリやルメイエに仕事振ってくれてるみたいねー。商品価格もだいぶ抑えてるみたいだけど、売上出てるの?」


「それは秘密。あ、ルメイエちゃんたちのお給金はちゃんと出すから心配しないでねー」


 店頭の商品を補充しながら、彼女は笑顔で言う。


「カリンちゃん、塩はまだ残ってるかい?」


「うちは干し肉が欲しいんだけど」


「はいはい、まだありますよー。干し肉は3つ買ってくれたら1つサービスしちゃう!」


「ありがとうね。いつも助かるよ」


 その直後、また別の村人が買い物に訪れた。


 そのやり取りを見ていると、僻地へきちの村にわざわざ商売に来るカリンの存在は、村人たちにとってどれだけ貴重な存在なのかが伝わってきた。


 ◯ ◯ ◯


 それから数日間、あたしたちは村に滞在し、カリンの商売を手伝った。


 そうこうしているうちに、村中で干されていた染め物も乾いたようで、彼女は広場でそれらを買い取っていた。


「んぎぎぎぎ……もうちょっとなんだけど……メイ先輩、そっち押さえて……!」


「い、いくらなんでも入らないんじゃない?」


 買い取った染め物を、二人がかりでリュックへ詰め込んでいく。


 明らかに容量オーバーで、今にもはち切れそう……。


「うわあああーー!?」


 そんなことを考えていた矢先、嫌な音がしてリュックが真っ二つに裂けてしまった。


「あっちゃー、さすがに無理させすぎたかな」


 中身をぶちまけながら息絶えたリュックを前に、カリンは頭を抱える。


「しょーがないわねー。ここは錬金術師のあたしが新しいリュックを作ってあげるわよ」


「え、本当!?」


「本当よー。容量も無限とまではいかないけど、今の倍は入るようにしてあげる」


 あたしはそう口にしながら、意気揚々と究極の錬金釜を取り出す。


 今から作るのは、容量拡大バッグ。以前フィーリに作ってあげたことがあるし、レシピも頭に入っている。


「メイ、ちょっと待ちなよ」


 破れたリュックを布に素材分解して、いざ調合……と思ったところで、ルメイエから声をかけられた。


「せっかくだし、ここはフィーリにやらせてみてはどうだい?」


「え、わたしですか?」


「そうだよ。キミだって錬金術を習ってきたんだ。その成果を見せてごらん」


 突如として話を振られたフィーリは困惑しながらも、鞄からメイの錬金釜を引っ張り出す。


 明らかに鞄の容量を無視したサイズの錬金釜が登場し、カリンは目を見開くが、あれこそが容量拡大バッグの効果だと伝えておく。


「じゃあ、あれと同じものをフィーリちゃんが作ってくれるの? 魔法使いなのに?」


「そうだよ。彼女は最近、錬金術の勉強もしているんだ。それなりの腕前はあるから安心していいよ」


 ルメイエは誇らしげな顔でそう口にしたあと、フィーリに容量拡大バッグのレシピを教える。


「布素材、怪鳥の羽根、妖精石……」


 続いてフィーリは指を折りながら素材を確認するも、難しい顔をしていた。


「うー、一つも持っていません……メイさーん、素材提供をお願いします……!」


 そして顔の前で両手を合わせながら、あたしを拝んでくる。


「しょーがないわねー。今回は特別よー」


 あたしは言いながら、容量無限バッグから次々と素材を取り出していく。


 このままフィーリの腕前が上がっていったら、あたしのアイデンティティーが失われてしまうかも……なんて危機感を覚えたけど、錬金術には素材集めの壁がある。容量無限バッグがある限り、その心配はなさそうだった。


「まずは布を入れて、それから妖精石、最後に怪鳥の羽根……」


 フィーリは渡した素材を一つ一つ確かめながら錬金釜へと入れていく。


 その表情は真剣そのもので、彼女が本気で錬金術を学んできたということは一目瞭然だった。


 それから錬金釜をかき混ぜること20分弱。釜の中で渦巻いていた虹が収束したかと思うと、光の中から完成品のバッグが飛び出してきた。


「で、できました!」


「……うん。いいんじゃないかな」


 その出来栄えにルメイエがお墨付きを与えたあと、あたしも完成したバッグを見てみる。どこに出しても恥ずかしくない、立派な容量拡大バッグだった。


「カリンさん、どうぞ受け取ってください!」


 フィーリは完成したそれを、満面の笑みを浮かべながらカリンへと手渡す。


「え、さすがにタダでもらうわけにはいかないよ。いくら?」


 商人のさがなのか、カリンは胸元に押し付けられたバッグに視線を落としながら問う。


「カリンは村のために頑張ってるんだし、代金なんていらないわよー」


 あたしは少し考えて、そう言葉を返す。使い勝手の良くなったバッグを活用してもらえるのなら、代金なんて不要だ。


「ルメイエもそれでいいわよね?」


「ああ、バッグの素材を提供したメイと、それを調合したフィーリが言うのなら、構わないよ」


「そ、そういうことなら……大事に使わせてもらうね」


 多少戸惑いの表情を見せたあと、カリンは嬉しそうにバッグを抱きしめた。


「それで、具体的にはどのくらいまで入るようになったんだろう……」


「……メイ様、こちらにいらっしゃいましたか!」


 カリンが物珍しそうにバッグの口を開いた時、村長さんが必死の形相で走ってきた。


「どうしたの? 染め物の買い取りなら、さっき終わったところだけど……」


「じ、実はそれどころではないのです。この村に魔物の群れが迫ってきていまして……!」


 あたしたちの前までやってきた村長さんは、息も絶え絶えにそう口にした。


 ……はい? 魔物の群れですと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る