第六話『商人カリン』


 自己紹介と状況説明を済ませたあたしたちは、商人の少女――カリンを絨毯に乗せて、山裾の村へと向かっていた。


「いやー、どうもどうもー。地獄に仏って、まさにこのことだよね。本当にありがとー」


 カリンは底抜けに明るい声で言う。ことわざの意味がわかっていないのか、ルメイエとフィーリは揃って首を傾げていた。


「それにしてもこの絨毯、本当に不思議だよねぇ。気分はアラビアンナイト?」


 何度も頭を下げていたかと思えば、次の瞬間には絨毯の生地をまじまじと見ている。表情もコロコロと変わって、見ていて飽きない。


「せわしないというか、落ち着きのない子だね。カリン、年はいくつだい?」


「ねえルメイエちゃん、これってラシャン布?」


「人の話を聞きなよ。それと、ルメイエちゃんはやめておくれ」


「ねえメイさん、これってラシャン布?」


 呆れ顔のルメイエをスルーして、カリンはあたしにも同じ質問をしてくる。


「そうよー。この絨毯の必須素材なの」


「こんな上等品、よく手に入ったねー。フリンジの数も多いから密度も相当だし……作るのに何年かかるかなー」


 あたしの解答を聞いて、彼女は真紅の瞳を輝かせる。


 ひと目で素材を見抜くあたり、商人としての実力はあるようだった。


「そうだ。それこそフィーリちゃんの魔法で、ちゃちゃっと生み出せたりしないの?」


「え、いくらなんでも無理ですよ。わたしが使えるのは、攻撃魔法が主です」


「あっちゃー、アタッカータイプなんだねぇ」


 さすが商人だけあってよく喋るわねー。あのフィーリが気圧されてるわ。


 二人の会話を聞きながら目を細めるも、時折妙な違和感を覚える。これはいったい何かしら。


 ……あ。わかった。


 ややあって、あたしはその正体に気づき、振り返る。


「ねえカリン、あんたもしかして、ここと違う世界からやって来たんじゃない?」


「ナ、ナンノコトデショウカー」


 思い切って尋ねてみると、彼女はわざとらしく視線をそらす。続いて、先程までの饒舌っぷりが嘘のように黙り込んでしまった。


「あんた、わっかりやすいわねー。さっきのことわざとか、この世界の人間には絶対に伝わらないじゃない。アラビアンナイトも重機も、こっちにはないわよ?」


「……そういうメイさんも、まさか?」


「そーよー。あんたと同じ。てゆーか、この世界に転生してくる人、本当に多いわね……これで何人目かしら」


 あたしは苦笑したあと、ざっと記憶を辿ってみる。


 ……少なくとも三人はいた。この世界、転生先として人気なのかもしれない。


「ということは、この二人も転生者?」


 続いて、カリンがルメイエとフィーリを見ながら訊いてくる。


「この二人は地元の人間。さっきのことわざも、わかってなかったでしょ」


 あたしたちの会話について来れない二人を指し示しながらそう説明すると、カリンは納得顔をしていた。


「そういうことなら、メイさん……いや、メイ先輩、これからよろしくお願いします!」


「は? なによ、先輩って」


 かと思うと、土下座をする勢いで頭を下げてきて、あたしは面食らう。


「いやだって、どう見ても歳上だし。異世界転生の先輩って意味」


 同胞に出会うのも初めてだし……なんて続けながら、じわじわと距離を詰めてくる。


「あたしは色々あって、この世界に来てまだ二年も経ってないの。先輩なんて呼ばれる筋合いないわよ」


「それはどーいうこと? その辺り、ぜひ詳しく」


 興味津々といった様子のカリンは、さらに距離を詰めてくる。


 同じ世界の人間に出会えたからか、さっき以上にテンションが高い気がする。


「ちょっと、近づきすぎよ! 詳しい話は村についてから! フィーリ、お願い!」


「はい!」


「むぎゅ!?」


 あたしが叫ぶと、フィーリは自身に身体能力強化魔法をかけて、背後からカリンを抑え込んだ。


 悪いけど、今は詳しい話をしている時間はないのよ。


 胸をなでおろしながら、あたしは眼下を見やる。土砂を除去したおかげか、真下を流れる川は明らかに水量が増えていた。これは村の水問題は解決したと見ていいだろう。


 ◯ ◯ ◯


 山裾の村に帰りつき、染め物工場の前に絨毯を着地させると、すぐに村長さんが迎えてくれた。


「これはカリン様。メイ様たちとご一緒でしたか」


 そしてカリンの姿を見るなり、彼はうやうやしく頭を下げる。


 知り合いなのかと一瞬疑問に思うも、彼女は商人なのだし、何度もこの村を訪れているのだろう。


「あいにくですが、まだ染め物の納品は無理そうでして……申し訳ありません」


「大丈夫大丈夫。事情はメイ先輩から訊いてるし、いくらでも待つから」


 平謝りをする村長に対し、カリンは笑顔でそう口にする。


 絨毯での移動中、彼女にはあらかじめ村の現状を話してあるし、特に驚いている様子もなかった。


「じゃあ、日用品の販売だけ先にしちゃいたいんだけど、今からでもいい?」


「いえ、今日はカリン様もお疲れでしょうし、明日からで大丈夫です」


 カリンは背負っていた巨大なリュックに手をかけるも、村長さんの言葉を受けてその手を止めた。


「じゃあ、先に宿屋に行ってようかなー。メイ先輩たちはどうするの?」


「あたしたちは村長さんに土砂崩れの調査結果を報告をしていくわ。もっとも、説明不要かもしれないけどさ」


 そう言いながら、建物脇の水路に目をやる。


 少し前まで一滴の水も流れていなかったその場所には、今や透き通った水がさらさらと絶え間なく流れていた。


「そうなんだねー。それじゃ、あとで宿屋に来てほしいかなー。さっきの話の続き、聞きたいし」


「あんた、覚えてたのね……」


 彼女を村まで送り届けることはできたし、そのままさらっとお別れしようと思っていたのだけど……どうやらそうもいかないようだった。


 ほら、ボクの言った通り、面倒なことになったろう……とでも言いたげなルメイエを尻目に、あたしはその提案を承認。その後、村長さんに調査報告を始めたのだった。

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