第五話『謎の声の正体』


「え、誰かいるのかしら……?」


 おっかなびっくり絨毯を飛ばし、土でできた小山を乗り越える。


 やがて見えてきたのは、巨大なリュックを背負った商人風の少女だった。


白のケープを身にまとい、エンジ色のバルーンパンツを穿いた彼女は、真紅の三つ

編みを振り回す勢いで地団駄を踏んでいる。


「あのー」


「こんの、忌々しい岩め!」


 あたしが声をかけようとした矢先、彼女は目の前にあった岩をかなりの勢いで蹴りつけた。


「ぎゃー! 足がー!」


 人の頭の倍はある岩が少女の一蹴りでどうにかなるはずもなく、がつんと音がした直後、足を押さえてうずくまる。


「……あの娘はアホなのかい?」


「痛そうです……」


 その様子を一緒になって見ていたルメイエとフィーリが、揃ってそう口にした。


 あたしは返す言葉が見つからないまま、絨毯を少女の目の前に移動させる。


「あのー、大丈夫ですかー?」


 改めて声をかけると、あたしたちの姿を見た彼女はその真紅の瞳を見開いた。


「……これ、空飛ぶ絨毯? この世界、そんな移動手段もあるの? どこで買える!?」


 早足で近づいてきて、矢継ぎ早に訊いてくる。先程まで足を痛がっていたのが嘘のようだ。


「あー、これは売ってないの。あたしだけの特別な乗り物なのよ」


「へぇー、すごーい!」


 少女はキラキラした瞳で絨毯の生地を触る。その人懐っこい態度に、あたしも思わず口調を崩す。


「ところで、キミはどうしてこんな場所にいるんだい?」


 その時、ルメイエがあたしの後ろから顔を出して尋ねる。


「おお、なにこの子、かわいい! お人形さんみたい!」


「ひっ」


 その姿を見た少女は、今にも飛びかかりそうな勢いで反応する。それに恐怖を感じたのか、ルメイエはすぐさまあたしの背に隠れた。


「ボ、ボクのことはどうでもいいんだよ。それより、質問に答えなよ」


「うーんとね。私、鉱山都市の商人ギルドから派遣されてきたの。この先にある村と取引してこいって言われてさ」


 言いながら、街道を塞ぐ土砂の向こうを指差す。その先には、あたしたちがやってきた山裾の村しかなかった。


「そしたらご覧の通り、崖崩れで街道が塞がれちゃってて。途方に暮れていたわけですよ」


 途方に暮れていたというよりは、怒りに身を任せていたという気がしないでもないけど。それを気にするのは野暮かしら。


「もしかして、山裾の村にやってくる商人ってあなたのことだったりする?」


「たぶんそうだねー。お姉さんたちはその村から来たの?」


「そうよー。崖崩れの調査に来たんだけど、そこにたまたま、あなたがいたわけ」


「ほうほう。じゃあ、ここで出会ったのもなにかの縁! その絨毯で村に連れて行ってくれない?」


 そこまで説明したところで、商人ギルドからやってきたという少女は再び瞳を輝かせる。この絨毯がどこまでも気になるようだ。


「旅の魔法使い様、どうかお願いします!」


 そう言いながら、彼女は頭を下げる。


 例によって魔法使いと勘違いされているけど、どうしようかしら。


 あたしは背後のルメイエに目を向ける。彼女は厳しい顔で、何度も首を横に振っていた。


「……ちょっと待ってて。話し合うから」


 少女にそう伝えたあと、あたしたちは絨毯に乗ったまま、少し離れた場所へ移動する。


「二人とも、どう思う?」


「どのみち今からあの土砂をどけるのだし、あの娘をわざわざ村まで運んであげる必要はないんじゃないかい?」


「えー、困ってる人は助けてあげましょうよー」


「フィーリ、ボクだって助けないと言ってるわけじゃない。最低限のことはするつもりだよ」


「それでも放置するんですよね? ルメイエさんのひとでなしー」


「ひ、ひとでなし……」


 合理的な判断をしようとするルメイエと、情に訴えてくるフィーリ。二人の意見は平行線だった。


「メイさん、どうしますか?」


「メイ、どうするんだい?」


 結局、そんな言葉とともに双方から視線を向けられた。


「そうねー……あたしは連れて行ってあげてもいいと思うけど」


 少し考えて、あたしはそう提案する。


「……正直、あの子からはなんともいえない異質なものを感じるんだけど」


 遠くからこちらを拝み続けている商人ちゃんをジト目で見ながらルメイエは言う。


「大袈裟よー。それによく考えてみて。あの子は商人で、染め物の仕入れに山裾の村に行こうとしてるのよ? その染め物はまだ完成していないんだし、こうして恩を売っておけば、少しくらい納期を待ってくれるかもしれないじゃない」


「それは……そうかもしれないけどさ」


「ダメだったらその時よー。これなら合理的だし、村にも連れていけるからフィーリも納得してくれるわよね?」


「はい!」


「オッケー。それじゃ、ちゃちゃっとどかしちゃいましょ」


 こうして二人から了承を得たあたしは、そのまま商人ちゃんのもとへと舞い戻る。


「……というわけだから、この土砂をどけるまで少し待ってて」


「それは構わないけど……これをどける? どうやって?」


 商人の少女は目の前にうず高く積もった土砂を見上げる。中には人の頭より大きな石がゴロゴロしていた。


「重機なんてなさそうだし、魔法で木っ端微塵にするとか……?」


 なにやらブツブツ言っている彼女に下がるように言い、あたしは容量無限バッグの口を開く。


「それじゃ、久々にやるわよー! いざ、素材分解!」


 そう叫んだ直後、眼前の土砂が光り輝いて浮き上がり、ものすごい勢いでバッグへと吸い込まれていく。


「は? ちょっとお姉さん、それ、なんて魔法!?」


 背後で何か声が聞こえたけど、あたしはそれを完全スルー。まるで掃除機で吸うように、街道や川を塞ぐ土砂をどんどん取り込んでいく。


「……色々な素材たちの声が聞こえるよ。エルトニア鉱石は少ないようだけど、鉄鉱石は豊富のようだ。一様に驚いているけどさ」


 その時、素材たちの声に耳を傾けていたルメイエがそう教えてくれる。金属の素材はいくらあっても困らないし、いい採取作業になりそう……。


「……うわ、こんな岩まで隠れてたのね」


 そう考えながら作業を続けていると、土砂の中から軽自動車ほどある巨大な岩が姿を現した。


「どけましょう! よーいしょ!」


 そのまま吸い込むべきか、一度爆弾で砕くべきか……なんて考えている間に、身体能力強化魔法を発動させたフィーリがその大岩を軽々と持ち上げ、ぽーいと放り投げた。


 勢いよく投げ飛ばされた岩はきれいな放物線を描きながら川を飛び越え、対岸の岩壁に砂煙を上げながらめり込んだ。


「こらフィーリ、もうちょっと丁寧に扱いなさい。もしかしたらあの岩の中に、貴重な鉱石があったかもしれないんだから」


「……お姉さんたち、ホントに何者?」


 そんなあたしたちの様子を見ていた少女は、完全に固まっていた。


 むしろ畏怖すら感じていそうな気がして、あたしたちは自己紹介をし、事情を話すことにした。

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