第三話『山裾の村を救え』
「ちょっとこれ、どういうこと?」
染め物工場の脇に作られた水路には、なぜかまったく水が流れていなかった。
「あの水路には川の水を引き込んでいたのですが、数日前から急に水量が減りはじめ、ついに枯渇してしまいましてな。おかげで染め物に使う水の確保が難しくなったのです」
村長さんはため息まじりに言う。
染め物は水をたくさん使う……と、元の世界のテレビで見た記憶がある。
なるほど。水路の水がなくなったから、リティちゃんたちは井戸水を汲んでいたのね。
現に、こうやって村長さんと話をしている間も、何人もの子どもたちがひっきりなしに井戸水を汲みに来ていた。
「村に井戸があるおかげで、なんとか作業は進んでいますが……このままですと、納期に間に合うかどうか」
「納期?」
「あの染め物は村の貴重な収入源なのです。あと3日もしないうちに、鉱山都市から商人殿が買付にやってくる手はずになっているのですよ」
「3日……その日まで、いくつ納品する予定なの?」
「少なくとも30は用意するように言われていますが……現状、どこまでできているのやら。いつもなら、日干しされた染め物が村を埋め尽くす時期なのですが」
再びため息をつきながら、村長さんは周囲を見渡す。
同じように視線を追ってみるも、そこには生地の一枚も干されていなかった。作業は大幅に遅れていると見ていいだろう。
意気揚々と乗り込んできたものの、村がこんな状況では、錬金術を教えるどころではない。
「……メイさん、なんとかしてあげましょうよ」
その時、いつしか背後にいたフィーリが、くいくいとあたしの服を引っ張る。
「そうねぇ……これも何かの縁だし、手伝いたいけど……」
そう答えながら隣のルメイエに視線を送るも、彼女は小声で「任せるよ」と言ってくれた。
それを確認して、あたしは助力を申し出る。
「ありがとうございます。魔女様が手伝ってくださるのであれば、頼もしい限りですな」
「困った時はお互いさまだしねー。ちなみに何度でも言うけど、あたしは錬金術師だから」
安堵の表情を浮かべる村長さんにそんな言葉を返したあと、あたしは質問してみる。
「一つ聞きたいんだけど、水路の水がなくなる前、変わったことはなかった?」
「この数日間にですか? そういえば……何度か地震がありましたな」
「ほう、地震とな」
「山の一部が崩れたという報告を受けたほか、しばらく井戸の水が濁っていましたが、建物の被害はありませんでした」
「山ね……これはそのうち調べる必要がありそうだけど、その前に水を安定供給しないと」
あたしはそう言いながら、伝説のレシピ本を開く。
井戸を掘って水源を増やす手も考えたけど、やみくもに井戸を増やしたところで子どもたちの仕事が増えるだけだ。
それならいっそ、給水車……とまではいかなくても、わざわざ井戸まで行かなくても水を確保できる手段を用意したい。それも、水路の水が復活するまでの一時的なものでいい。
そう考えながらレシピ本をめくっていると、おあつらえ向きな道具を見つけた。
その名も『超巨大水瓶』。説明によると巨大な給水タンクのようなもので、便利なことに下部に蛇口までついている。これならば、わざわざ井戸水を汲み上げる必要もなくなると思う。
「いい道具があったかい?」
「あったわよー。超巨大水瓶っていうの。必要素材も手持ちで事足りるから、ちゃちゃっと作っちゃうわね」
後ろ手を組みながら尋ねてきたルメイエにそう言葉を返し、あたしは容量無限バッグから究極の錬金釜を取り出す。
「必要素材は……粘土と陶器の欠片、テンカ石に鉄ね」
虹色の水をたたえた錬金釜の中に、あたしはレシピ本に記された素材を投入していく。
そんな様子を、水汲みに来ていた子どもたちが興味深そうに見ていた。
「あとは適当に……ぐるぐるぐるーっと」
そしてかき混ぜ棒を兼ねた杖で釜の中をかき混ぜる。やがて光が収束し、錬金釜の中からあたしの背丈の倍以上ある巨大な水瓶が飛び出してきた。
「な、なんか出た!?」
「……壺のおばけ?」
「すっげー、魔法かな!?」
「違うわよー。これは錬金術!」
顔を見合わせる子どもたちに向け、あたしはそうアピールしておく。のちのち錬金術の学校を開く予定だし、こういう売り込みは大事だ。
「……あんな適当な手の動きで、なんで調合できちゃうんですかね」
「それがメイの持つチートアイテムの力なんだよ……フィーリ、気にするだけ野暮さ」
一方、あたしの調合作業を見たフィーリとルメイエからそんな会話が聞こえてきた。
フィーリは魔法使いだけど、最近は錬金術の勉強もしている。
だから錬金術の基礎は知っているのだけど、基礎を知ったからこそ、あたしの調合の異常さに今更ながら気づいたようだ。
「これは、ずいぶんと大きな水瓶ですな。水を汲み出すのに、はしごが必要ではありませんか?」
その時、目の前の巨大な水瓶を見上げながら村長さんが言う。
「その心配はいらないわよー。ちゃんとここに蛇口がついてるから、これをひねれば水が……あれ?」
自信満々に蛇口をひねるも、一滴の水も出てこなかった。
「……これは、もしかして」
嫌な予感がしたあたしは急いで飛竜の靴を履くと、まるで壁のようにそそり立つ水瓶の側面を蹴り上がっていく。
「うーわ、からっぽ」
そのままの勢いで水瓶の上部にたどり着くも、その中は空だった。
よく考えれば、あたしが作ったのは水瓶の本体だけ。中身の水に関しては、何も考えていなかった。
容量無限バッグの中に、水素材がどのくらい入ってたかしら……満杯とはいかなくても、半分くらいは水を溜めておきたいんだけど。
「わー、からっぽじゃないですか」
水瓶の縁を足場に思案していると、フィーリがほうきに乗ってすぐ近くにやってきていた。
呆れ顔の彼女を見た時、あたしの中に妙案が浮かんだ。
「フィーリちゃーん、ちょっとお願いがあるんだけどー」
「ひえっ」
言うが早いか、あたしは飛竜の靴の機動力を活かしてフィーリを捕まえる。
「い、嫌です。お断りします」
「まだ何も言ってないじゃない」
「メイさんがそんな猫なで声を出す時は、たいてい厄介事を頼まれる時ですから」
「厄介事だなんて失礼ねー。ちょっと水魔法を使って、この水瓶を水でいっぱいにして欲しいなーって」
「全然ちょっとじゃないですよー。威力調整もしないといけないですし、疲れますー」
「属性媒体も魔力ドリンクも好きなだけ用意してあげるから! お願い!」
あたしは交換条件を出しつつ、なおも必死に頼み込む。
「……まったくもー。しょうがないですねー」
しばし視線を泳がせていたフィーリだったけど、やがて観念したのか、渋々了承してくれた。
そんな彼女に、あたしは誠心誠意お礼を言ったのだった。
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