第二話『いざ、旅立ちの時』
翌日。あたしたちは海辺の街をあとにし、大陸を南下していた。
あたしとルメイエが乗る絨毯は少し前に作り直したもので、その速さは以前の絨毯の比じゃない。最高高度も段違いで、山も谷もひとっ飛びだ。
以前は険しい山を前にすると怪鳥のルマちゃんを呼ぶ必要があったけど、今は同じ大陸内であれば、その日のうちに移動してしまえる。旅も楽になったものだ。
「メイさーん、待ってくださーい!」
そんなことを考えながらすいすい進んでいると、後方からフィーリの叫び声がした。見ると、かなりの距離が空いてしまっている。
「ごめーん、スピードが出るものだから、つい」
「まったくもー。ついていくほうの身になってくださいよー!」
後ろに向かって謝りながら、速度を落とす。しばらくすると、ほうきに乗ったフィーリが追いついてきた。
この子のほうきは余計な魔力を消費しないよう、あたしが調合してあげたものなので、その性能はフィーリの実力に比例しない。
つまるところ、空飛ぶ絨毯の性能が向上した結果、フィーリの移動速度が相対的に下がっているのだ。
「今度、フィーリのほうき・改を作ってくださいね!」
「なんであんたの名前が付いてるのよ」
横付けされた絨毯にいそいそと乗り込みながら、フィーリが不満顔で言う。
レシピがあるのかわからないけど、強化版のほうきはそのうち作ってあげてもいいかもしれない。さすがに可哀想になってきたし。
そんな話をしながら南下を続けていると、やがて小さな村が見えてきた。
「あそこが山裾の村かい?」
「そーよー。二人とも、行くのは初めてだっけ?」
「そうだね。海祭りで出会った子どもたちの出身地だとは聞いたけど」
「そうそう。リティちゃんとティムくん、元気かしらねー」
以前、彼女たちに錬金術で作った打ち上げ花火を見せてあげたことを思い出しながら、あたしは絨毯の高度を下げていった。
「うわー、色々な意味で変わってなーい」
村の入口に降り立った直後、あたしは思わずそう口にする。
以前教えた肥料作りを継続しているのか、畑の作物が多少増えている気はするけど、生活水準は以前とほとんど同じようだ。
ここで錬金術を教えれば、村が発展すること間違いなしね……なんて考えながら足を踏み入れるも、まったく人の姿がなかった。
「メイさん、誰もいませんよ?」
「おかしーわね。人で溢れ返ることはないだろうけど、たいていは畑で作業してたりするんだけど」
不思議に思いながら、三人並んで村の中を練り歩く。ややあって、村の井戸が見えてきた。
「あ、ティム君!」
するとそこに、見覚えのある子がいた。
腰からはおもちゃの剣を下げた、胡桃色の髪色の男の子。背格好からして、間違いない。
「あ、メイ姉ちゃん!」
ティム君もすぐに気づいたようで、あたしたちに向けて元気に手を振ってくれる。その足元には桶が置かれていた。
「ティム君、久しぶりねー。お手伝いしてるの?」
三人で井戸へと近づきながらそう声をかけた時、別の足音が近づいてきた。
「ほらティム、急いでよー!」
足音がしたほうを見ると、ティム君と同じ色の髪を三つ編みに結った少女が、両手に桶を抱えて走ってくる。ティム君の姉、リティちゃんだ。
「リティちゃん、久しぶ……」
「メイさん、お久しぶりです! ちょっと急いでいるので、お話はまた後で!」
あたしの言葉を遮るようにリティちゃんは早口で言い、ものすごい速さで桶に水を汲む。
そしてそれを抱えあげると、来た道を足早に戻っていった。
「姉ちゃん、待ってよー!」
あっという間に消えていった姉を追いかけていくティム君を見ながら、あたしたちは呆気に取られる。
「……なんか、忙しそうですね」
「そうねぇ……」
その姉弟が向かっていった先を見てみれば、そこには大きな建物があった。
村一番……とまではいかないけど、この村にしてはしっかりした作りだ。
「あの建物はなんだい? さっきから人がひっきりなしに出入りしているようだけど」
ルメイエが目の上に手を置き、遠くを見るような仕草で言う。
彼女の言う通り、複数の扉から何人もの人が出入りしている。
加えて屋根には煙突のようなものもあって、煙が立ち昇っていた。
「もしかして工場だったりするのかしら。でもそんな施設、この村にあったっけ……?」
首を傾げながら建物に近づいてみるも、誰も彼もがせわしく動き回っていて、声をかけるのもはばかられる。
「おお、これはこれは。魔女様ではありませんか」
三人揃って戸惑いの表情を浮かべていた時、背後から声をかけられた。
「あ、村長さん、お久しぶりですー。ちなみに、あたしは錬金術師ですので。いい加減覚えてください」
「そうでしたな。年を取ると忘れっぽくなるのでいけませぬ」
はっはっは、と笑う彼に苦笑しつつ、あたしは連れの二人を紹介する。
それと同時に、この建物が一体なんなのか、尋ねてみることにした。
「これはですな。この村の特産品である染め物の工場です」
「あー、それってハッピーハーブを使って染めるっていう……?」
「左様です。ひょっとしてリティから聞いておりますかな?」
村長さんからの問いかけに、あたしはうなずく。
ハッピーハーブはこのあたり固有の植物で、近くの森に多く自生している。
茎を折ると真っ赤な汁が出るのだけど、この村ではその汁を使って染め物をしている……と以前リティちゃんから聞いたのだ。
「数少ない村の特産品を大量生産するため、村中から資金を募って工場を作ったのですよ」
「じゃあ、今はその作業がピークを迎えていると」
「そうなのですが……一つ問題が起こっていましてな」
「問題?」
「あれをご覧ください」
村長さんが手にした杖で示した先の地面には、細い溝があった。それは工場の脇を通りつつ、村の外へと続いている。
それが枯れた水路だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。
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