第四章~錬金術の移動教室ですと!?~
第一話『憩いのひととき』
あたしは旅する錬金術師メイ。
世界に新しい錬金術を広めるという、重大な役目を賜ったあたしたちは、さっそくその任務を遂行……していなかった。
錬金術師の街を旅立ってからというもの、各地を転々としながら久しぶりの旅を存分に楽しみ、海辺の街にある別荘でぐうたら……もとい、悠々自適な日々を過ごしていた。
そう、いわゆる充電期間なのよ。
「メイさん、こっち向いてください! 撮りますよー!」
そんな中、フィーリは最近になって念写魔法を覚えたらしい。
一定範囲内に存在する微量な魔力を読み取り、その情報を複製、一枚のカードとして固定させる……なんて、なにやら難しいことを言っていたけど、要するに写真だった。
「ベッドに寝っ転がってるあたしを撮ってどーすんのよー。もっといい写真撮りなさい」
「いいじゃないですかー。こういう日常も大事ですよー」
腰ほどまである銀髪を揺らしながらフィーリは笑顔で言い、手元に出現した写真を大事そうに鞄にしまう。
あたしだけじゃなく、ルメイエの写真もたくさん撮っているらしく、手持ちのアルバムは早くもパンパンだ。
「あの様子じゃ、近いうちにあたしの容量無限バッグに頼ることになりそう」
苦笑しながらベッドから起き上がり、身支度を整える。
「ついさっき日が昇ったばかりなのに、フィーリってば元気よね」
あくびを噛み殺しながら隣のベッドを見る。そこに寝ていたはずのルメイエの姿がなかった。
「あれ? あの子、どこ行ったのかしら」
首を傾げたその時、玄関扉が勢いよく開いて、ルメイエが入ってきた。
「あ、ルメイエ……おはよう」
「おはようじゃないよ。今朝は漁師たちの仕事を手伝うと言っていたのは、どこの誰だい?」
「あ」
言われて思い出した。今日は近所の漁師さんたちと一緒に漁をすることになってたんだっけ。
「キミが起きないから、ボクが駆り出される羽目になったんだよ。どうしてくれるんだい」
「ごめん……でも、こんな朝早くからやるなんて思わなかったのよ」
「漁師の朝は早いんだよ。罰として今日一日、メイが食事当番だからね」
たくさんの魚の入ったカゴを床に置きながら、ルメイエは大きなため息をつく。かなりご立腹のようだ。
「お詫びに今日は丸一日、ルメイエの好きなものを作ってあげるわ。魚料理限定だけど、何が食べたい?」
分け前としてもらってきたらしい魚の中から、鮮度が良さそうなものを選んで錬金釜に放り込む。さて、最初のリクエストは何かしら。
「そうだね……またサシミがいいかな」
少し考えて、ルメイエはそう口にした。
「りょーかい。最近になって思ったけど、ルメイエって案外和食好きよね?」
「ワショク……というのがよくわからないけど、君のいた世界の料理のことだろう? なぜかボクの口に合うんだ。サシミもそうだけど、以前作ってくれたニクジャガも絶品だった」
腕組みをしながら、彼女は言う。
かなり変わってるわねー。生魚とか、フィーリは絶対食べないのに。
「じゃー、ルメイエのリクエストにお応えして、今朝は刺身定食ねー」
ルメイエの背後で絶望的な顔をしているフィーリをあえて流して、あたしは調合作業を始める。
エルフ豆を使えば醤油だって作れるし、和食もお手の物だ。作るのは錬金釜だけど。
「ありゃま、もう朝ごはん作り始めちゃったのかい? 野菜、食べてもらおうと思ったんだけどねぇ」
その時、扉が勢いよく開いて、両手いっぱいの野菜を持った女性が入ってきた。
彼女はお向かいに住むミランダさんで、旦那さんと一緒に農園を営んでいる。
あたしが小さな子どもを二人も連れていることもあって、何かと世話を焼いてくれるのだ。
「今日も大漁だったようだねぇ。また何とかいう術を使ったのかい?」
魚であふれかえるルメイエのカゴを見ながら、ミランダさんが感心したような声を上げる。
「雷の爆弾で周囲の魚を気絶させただけだよ。長年の勘に頼って網を仕掛けたり、釣り竿で一匹ずつ釣るより効率的さ」
ルメイエは済まし顔で言って、その小さな胸を張る。
彼女は少女のような姿をしているけど、それは自律人形の体で、本来はあたしよりはるかに年上の偉大な錬金術師なのだ。
「それで、メイちゃんが朝食担当かい? 今朝は何を作ってるんだい?」
「ルメイエの希望で、お刺身定食です」
「またアレかい……魚を生のまま食べるなんて、本当に変わってるねぇ」
ミランダさんはなんとも言えない顔であたしの錬金釜を見たあと、腰に手を当てて考え込む。
「よーし、せっかくだし、新鮮な野菜を使った料理を一品添えてあげようかね。フィーリちゃん、手伝ってくれるかい?」
「おまかせください!」
朝ごはんのメインがお刺身だけじゃなくなるのが嬉しいのか、フィーリは率先してエプロンを身に着けていた。
やがて朝食ができあがると、それをミランダさんを含めた四人で囲む。
「お野菜のサンドイッチ、シャキシャキで最高ですね!」
「そうだろう。うちの農園で採れた野菜は最高さ」
テーブルを挟んで、あたしとルメイエはお刺身定食、ミランダさんとフィーリが野菜のサンドイッチと野菜スープを口にする。見事に和洋でわかれてしまっていた。
名前はわからないけど、タイみたいに白身でおいしい魚なのに。そこまで毛嫌いしなくてもいいと思うんだけど。
「そうだミランダさん、錬金術学校の件なんだけど……あれから希望者は現れた?」
食事を続けながら、あたしは彼女にそう訊いてみる。
「来ないねぇ……張り紙を見た男の子が尋ねてきたけど、すぐに親御さんが連れ帰っちゃったよ。怪しい術なんて学ばせないよって」
「怪しい術……ぐぬぬ」
悠々自適な生活はしつつも、あたしも一応錬金術を広める活動はやっていた。
その手段の一つが錬金術を教える学校で、ミランダさんのような協力者を募ったり、ポスターを作って生徒を募集したりした。
結果は……どうにも芳しくないけど。
「ロゼッタさんから引き受けたはいいものの……どうすればいいのかしらねぇ」
いくらあたしたちが教えてあげると言ったところで、興味を示してくれる人がいないことには何も始まらない。
「この街は観光地だけど、新しいものはなかなか受け入れない風潮があるんだよ。その……錬金術とやらをやりたい人間はいないかもしれないね」
「ボクも同意見だよ。もっとふさわしい場所があるんじゃないのかい?」
「ふさわしい場所って言われても……」
ミランダさんとルメイエから言われ、あたしはため息をつく。
「例えば、錬金術の力で街の危機を救ったとか、できるだけ好印象を与えた場所がいい。心当たりはないのかい?」
「好印象を与えた場所……」
あたしは食事の手を止めて、万能地図を開く。
「それに加えて、錬金術を学ぶことで明らかに生活が楽になるような場所がいい。そのほうが、学習意欲も上がるはずだ」
「それはそうだろうけど、そんな都合のいい場所なんて……あ、あった!」
大陸の地図を表示させ、右へ左へと動かしていたところ、見知った名前の村を見つけた。ここならば、ルメイエの言う条件に合致していると思う。
「いい場所を見つけたわよー。準備ができたら、さっそく行ってみましょ」
あたしはルメイエとフィーリにそう告げると、嬉々として食事を再開する。
充電期間もたっぷり確保したし、新たな目的もある。
――あたしたちの旅が、また始まる。
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