第六十三話『再び旅路へ』


 ブルーポーションの効果もあって、フィーリは数日後にはベッドを出て、普段の生活に戻ることができた。


 その後は体験入学にも復帰し、無事に全てのカリキュラムを終える。


 修了証書を手にするフィーリは、本当に嬉しそうだった。


 一方のあたしも、メイの錬金釜の改良を終えたことで手持ち無沙汰となっていた。


「メイさん、そろそろまた旅に出ませんか?」


「そうねぇ……フィーリの体調も良さそうだし、そろそろ潮時かしら」


 お互いに目的を達成したこともあり、どちらともなくそんな会話をするようになる。


「突然いなくなるのも悪いし、ルメイエにもきちんと挨拶をしたいところだけど……」


 そんな中、目下の気がかりはルメイエだった。


 彼女は連日ロゼッタさんに呼ばれ、忙しそうにしているのだけど……下手に挨拶なんてしに行こうものなら、そのタイミングで新たな仕事を振られかねない。


 そうなると、いつまで経っても旅に戻ることはできないだろう。


「あ、わたしにいい考えがありますよ!」


 あたしが思い悩んでいると、フィーリがそう言って一枚の紙と万年筆を取り出した。


「これで、ルメイエさんあてに手紙を書きましょう!」




『旅に出ます。探さないでください。 メイ&フィーリ』




 というわけで、ルメイエの部屋にそんな置き手紙を残し、あたしたちは早朝に街を出る。


 一応、手紙は書いたんだし。黙って出ていったわけじゃない……というのが、フィーリの言い分だった。


「そういえばメイさん、街を出たとして、移動手段どうするんですか? 絨毯、使えなくなっちゃったんですよね?」


「そうだけど……まぁ、なんとかなるわよ! またラシャン布、買えばいいし!」


「あれって、めちゃくちゃ高いんですよね? いっそ、メイさんもわたしみたいにほうきで飛べばいいですのに」


「ほうきにはいい思い出がないのよ……追々なんとかするから、今は街を出ることが先決!」


 フィーリとそんな会話をしながら、ほとんど人気のない街の中を早足で進んでいく。


「……キミたち、こんな朝早くからどこに行くつもりだい?」


「げ」


 けれど、もう少しで街の出口……というところで、ルメイエに見つかってしまった。背後から声をかけられ、あたしとフィーリの声が重なる。


「最近、二人が妙な動きをしていたから、万能地図で見張っていたんだよ。ちょっとこっちに来るんだ」


 言うが早いか、ルメイエはあたしたちに弁解の余地すら与えないまま、近くの建物へと引っ張っていく。


「ねえルメイエ、勝手に出ていこうとしたのは謝るから、お説教は勘弁して……」


「元々旅が体に染み付いているような二人だし、お説教なんかしないよ。街から出る前に、ロゼッタが話したいそうなんだ」


「え、ロゼッタさんが?」


「そうだよ。ボクも詳しい内容は知らないから、とにかく会っておくれよ」


 そう口にするルメイエに連れてこられたのは、街の外れにある倉庫だった。


 てっきり、ロゼッタさんの私室か学園長室に連れて行かれると思っていたので、少し拍子抜けしてしまう。


 その壁際には無数の錬金釜が積み上げられていて、中央に万能地図を持ったロゼッタさんが立っていた。


「あの、ロゼッタさん……」


「みなまで言わなくても、状況は理解しています。お二人とも、旅に出るつもりなのでしょう?」


 そう言うロゼッタさんの手には万能地図と、ルメイエの私室に置いたはずの手紙があった。


「えー、あー、はい。そうです……」


 もはや言い逃れできないと悟り、街を出る意志を固めたことを認める。


「旅に出るというのなら、ついでに頼まれごとを引き受けてはもらえませんか?」


「そ、それはいったい……?」


 笑顔を崩さずに言うロゼッタさんに、あたしはこわごわと尋ねる。


「簡単なことです。スローライフの傍ら、行く先々で錬金術を教えてほしいのです」


「……はい?」


 その言葉を聞いて、あたしは一瞬言葉を失った。


 錬金術はこの国でこそ広まっているけど、一歩外に出れば未だに怪しげな術のままだ。


「あたしも世界各地を旅しながら錬金術を披露してるけど、まだまだ魔法に比べて立場が低いのよ? とても教えるだなんて……」


「わかっています。錬金術は魔法に比べて成果が表れるまで時間がかかり、不確実な技術……これまではそうでした」


 うろたえながらそう説明するも、ロゼッタさんは動じない。そして、続けた。


「今はメイの錬金釜・改があります。これならば、これまでとは比べ物にならない調合速度と成功率を叩き出すことができるでしょう」


 誇らしげに言い、自身の周囲に積み上げられた錬金釜を指し示す。


 それは全てメイの錬金釜・改だった。いつの間にこれだけの数を調合したのだろう。


「この新たな錬金釜を用いて、メイさんたちが行く先々で錬金術を教える……いわば、錬金術の移動教室をしてほしいのです」


 ぐるりと周囲を見渡してから、あたしたちをまっすぐに見てくる。


 その視線には一点の曇りもなく、純粋に錬金術を広めたいという意志が伝わってきた。


「はは、確かにこれだけの数の錬金釜を一度に運べるのは、メイの持つ容量無限バッグぐらいのものだ。ロゼッタも考えたね」


 その時、それまで静かに説明を聞いていたルメイエがそう言って笑う。


「ルメイエ、笑っている場合ではないですよ。あなたはこの移動錬金術学校の、校長を務めてもらうのですから」


「へっ? ボクが、校長!?」


 続くロゼッタさんの言葉を聞いて、ルメイエは目を見開いていた。


 その様子からして、彼女も初耳だったのだろう。


「お二人だけでなく、体験入学を終えたフィーリさんにも補佐として働いてほしいところですね」


「え、わたしもですか?」


 その流れで話を振られたフィーリが目を白黒させるも、ロゼッタさんが気にしている様子はない。


「そうです。魔法使いであるフィーリさんが錬金術を使ってみせれば、それなりの信用を得ることができるでしょう」


「そ、それはそうでしょうけど……」


 フィーリは何か言いたげだったが、理に適ったロゼッタさんの言葉を受け、尻すぼみになっていった。


 ロゼッタさん、以前フィーリの体験入学をやけに簡単に引き受けてくれたけど、ゆくゆくこうなることを見据えていたのかしら。


「でもさ、スローライフと学校教育って、真逆の位置にある気がするんだけど……」


「……メイさん、少し想像してみてください」


 思わず渋ると、ロゼッタさんはあたしの肩に手を置いて、静かに語り始める。


「これから数年後、魔法と双璧をなす技術として、錬金術が認められた世界のことを。今動かねば、いつまで経っても錬金術の地位は低いままですよ」


「そ、それはそうだけど……うーん、うーん……」


 そりゃあ、大好きな錬金術を世界に広めるのも、あたしの旅の目的の一つではある。


 けれど、そこまで本格的にやってしまうと、世界を自由気ままに旅するというあたしのポリシーに反することに……。


「本当に気が向いた時でいいのです。報酬もきちんとお支払いしますので」


 あたしがなおも思い悩んでいると、ロゼッタさんは色鮮やかな布を取り出してみせた。


「え、これってラシャン布?」


 そこにあったのは、紛れもなくラシャン布だった。


 これは砂漠の町の特産品で、一枚一枚が手作りなせいか、現地でも15万フォルは下らない超高級素材なのだ。


 加えて、先日壊れてしまった空飛ぶ絨毯の必須素材でもある。


「当面の報酬として、これをお渡ししましょう。移動教室の件、引き受けていただけますか?」


「あー、うー、そのー」


 再び笑顔を向けてくるロゼッタさんと対峙することしばし。あたしは観念し、力なく頷いたのだった。




「よーし、これで完成!」


 結局ラシャン布を受け取ってしまったあたしは、その日のうちに空飛ぶ絨毯を調合する。


 それもただ再調合しただけでなく、妖精結晶やミラージュヴェールを追加投入し、『空飛ぶ絨毯・改』とした。


 色合いこそ以前の絨毯に似ているものの、サイズはふた周りほど大きくなっている。


 それでいて移動速度は格段に上がっていて、ミラージュヴェールを素材に加えたことで、一時的なステルス機能まで内蔵されていた。


「いやー、これすごいわ。フィーリを完全に翻弄してるし」


「むー、見えなくなるのはずるいですよー」


「ほらほらキミたち、旅立ちの準備はできてるのかい?」


 飛行テストを兼ねてフィーリと遊んでいると、地上のルメイエからそんな声が飛んでくる。


 見ると、彼女の周囲には大量の素材や教材が置かれていた。


「すごい数ねー。それも全部持っていくの?」


「ここまでの数は必要ないかもしれないけど、念には念を入れないとね。何にしても、キミのバッグならこれくらい入るだろう?」


「全然余裕よー。ほら、フィーリも手伝って」


 素早く地上に戻ると、所狭しと置かれた素材たちを片っ端から容量無限バッグへと収めていく。


 これは、あたしのバッグがないと無理ってロゼッタさんが言うのも納得だわ。


 ◯ ◯ ◯


 ……その翌日。


 できる限りの準備を終えたあたしたちは、錬金術師の街を旅立つことになった。


 転送装置の前に立つあたしたちを、ロゼッタさんが見送ってくれる。


「それでは、良い報告を期待しています。ルメイエは時々でいいので、手紙をよこすように」


「わかってるよ。ロゼッタこそ、体に気をつけてね」


「ありがとうございます。というか、あなたも私と同じ年のはずですが」


 ルメイエの言葉を受けて、ロゼッタさんはなんとも言えない顔をする。まるで祖母と孫のやりとりだった。


「学園長先生、お世話になりました!」


 そんな様子を見ていると、フィーリが一歩前に出て、丁寧にお辞儀をしていた。


 短い間だったけど、錬金術学校への体験入学はフィーリにとっても貴重な経験になったようだ。


「フィーリさん、あなたには錬金術の素質があります。鍛錬を怠らないようにしてください」


「はい!」


「それと、もしメイさんやルメイエが変なことをしそうになったら、全力で止めてあげてください。二人のこと、頼みましたよ」


「任せてください!」


「ちょっとロゼッタさん、それってどういうこと?」


「そうだよ。まるでボクやメイが頼りないみたいじゃないか」


「みたい……ではなく、現に頼りないのですが。素材採取に夢中にならないでくださいね」


 ロゼッタさんにそう言われ、あたしとルメイエは憤慨するも、次の瞬間には何故か笑いが込み上げてきた。


 それはフィーリやロゼッタさんにも伝播し、やがて周囲を温かく包み込んでいった。



――これからますます大変になるであろう、あたしたちの旅路。



――まだまだ、立ち止まるわけにはいかない。



――あたしの旅は、続いていく!



    旅する錬金術師のスローライフ!第三章〜新たな仲間は自動人形!?〜・完


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