第六十二話『時間旅行のはてに』
「……ぶへっ!?」
光と浮遊感が収まった直後、あたしは地面に頭から突っ込む。
見事な着地失敗。顔についた砂を払い落としてから目を開けると、周囲には満天の星が広がっていた。
どうやら懐中時計の効果が切れて、元いた時間、元いた場所に戻ってきたみたいだ。
「……そうだ。ブルーローズ」
はっと気づいたあたしは、祈るような思いで容量無限バッグを漁る。
するとすぐに、瑞々しい青い花が出てきた。
「よかったぁ……ちゃんと時を超えて、持って帰れた。容量無限バッグ、ありがとう!」
ブルーローズをしまったあと、あたしは愛用のバッグを抱きしめる。当初の予想通り、このバッグの中身は時の流れの影響を受けないようだった。
「さて、喜んでばかりもいられないわね。早く街に戻ってブルーポーションを作らないと」
高揚した気持ちを一旦落ち着かせて、あたしは錬金術師の街へと向かった。
「ルメイエ、ただいま!」
「も、もう戻ったのかい?」
転移装置を抜けて街に舞い戻り、学校の医務室へ飛び込むと、ルメイエとロゼッタさんは驚いた顔をしていた。
「キミが出て行ってから、まだ10分と経っていないよ……それで、成果はあったのかい?」
「もちろん! この通りよ!」
バッグから取り出した青いバラを二人に見せ、あたしは胸を張る。
「正真正銘のブルーローズです。本当に手に入れることができたのですね」
それを見たロゼッタさんが懐かしそうに目を細めた。
「それじゃ、一刻も早く薬を調合するんだ。ゆっくりでいいから、慎重にね」
続いてそう促すルメイエにうなずいて、あたしは究極の錬金釜を取り出す。
ブルーポーションの調合に必要な素材は、先のブルーローズの他、青い花と怪鳥の爪だ。
すでにレシピはわかっているし、この錬金釜を使えば調合が失敗することはほぼない。
それでも一抹の不安と戦いながら調合作業を行うと、やがて虹色の渦の中から青色の液体が詰まった瓶が吐き出された。
レシピ本によると、このポーションは最上位クラスのもので、直接飲まなくても体に塗るだけで効果があるらしかった。
「よし、あとはこれを……」
その蓋を開け、三人で手分けしてフィーリの体に薬を塗ってあげる。
……しばらくすると、その体を青色の光が包みこんだ。
「すごいね。あれだけの熱がみるみる下がっていくよ。まるで奇跡だ」
その光が収まると、フィーリの右手の腫れは消え去り、呼吸も落ち着く。
ルメイエにすら奇跡と言わせてしまうほど、その効果はてきめんだった。
「……にわかには信じられない状況ですが、フィーリさんはもう大丈夫でしょう」
その傍らで一部始終を見守っていたお医者さんがそんな診断を下し、あたしはようやく胸をなでおろす。
それと同時に気が抜けてしまったのか、その場に座り込む。
「精神的な疲れが出たんだね。ここはボクたちに任せて、メイも少し休むといい」
そんなあたしを見て、ルメイエがそう言葉をかけてくれる。
「そうしようかしら……ルメイエ、ありがと」
お礼を言いながら視線を送ると、彼女も安堵の表情を浮かべながら調合道具を片付けていた。
あたしの作戦が失敗した場合に備えて、ルメイエも何かしらの手段を講じようとしていたのかもしれない。
「……って、あれ?」
そんなことを考えていた矢先、彼女が片付けようとしている錬金釜に目がいく。
……それはどう見ても、メイの錬金釜だった。
「ルメイエ、その錬金釜……新調した?」
「何を言っているんだい。これはずっと愛用しているボクの錬金釜だよ」
あたしの言葉を聞いたルメイエはいぶかしげな顔する。
言われてみれば、かなり年季が入っている気がする。けれど、あれは間違いなくメイの錬金釜だった。どういうことだろう。
「錬金術の勉強を始めた頃に、旅の錬金術師からもらったのさ。名前も顔も思い出せないけど、すごい人だったんだよ」
続けてそう言って、彼女は錬金釜を愛おしそうに撫でる。
今になって思えば、過去の世界でルメイエにメイの錬金釜を貸して、そのまま戻ってきてしまった気がする。
彼女の話から察するに、あたしに関する記憶は消えているものの、話した内容はおぼろげながら残っているのかもしれない。
あたしはそんな結論に至りつつも、それ以上言及する元気もなく。休息のためにベッドに潜り込んだのだった。
◯ ◯ ◯
……その翌日。
昼前になって、フィーリは目を覚ました。
「まったくもぉ、本当に心配したんだからね……!」
その知らせを受けたあたしは、すぐに医務室へ飛び込み、フィーリを抱きしめる。
だけど、彼女は戸惑いの表情を浮かべていた。高熱にうかされた影響なのか、彼女はクリムゾンニードル刺される前後の記憶を失っているようだった。
「フィーリは猛毒を持つサソリに刺されて、生死の境をさまよっていたんだ。メイは時を超える道具まで作って、キミを助けてくれたんだよ」
溢れ出る涙を堪えるのに必死で、状況説明すらままならないあたしに代わって、ルメイエが優しい口調でそう伝えてくれる。
「そうだったんですね……やっぱり、メイさんはすごいです」
すると、フィーリはあたしの背中をさすりながら、そう口にした。
それは短い言葉だったけど、色々な感情が含まれていて、あたしの中に心地よく広がっていく。
そうなるともう我慢できず、やがて自然に涙が溢れる。
「なんでメイさんが泣いてるんですか。これじゃ、どっちが子どもかわからないですよ」
「うん……わかってるけど、今だけ。ごめん」
「まったくもー、しょうがないですねぇ」
泣きついたままそう口にすると、フィーリはわずかに苦笑しながら言い、あたしの頭を撫でた。
結局、それからしばらくの間、あたしはフィーリを困らせ続けてしまったのだった。
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