第六十一話『時を旅する錬金術師・その⑥』
半分になってしまった絨毯でも、なんとか空を飛ぶことはできた。
けれど面積が半分になってしまったので、三人乗ったらギリギリ。スピードに至っては以前の半分以下だった。
それでも必死に飛び、ルメイエたちの村まで帰り着いた。
「ありがとね。絶対、また元に戻してあげるから」
西日の中、村の入口で絨毯を降りたあたしは、満身創痍の絨毯にお礼を言って容量無限バッグへとしまう。
ラシャン布さえ手に入れば、また作り直すことができるはずだ。
「戻られましたか。オアシスのほうからものすごい光が見えましたので、心配しました」
そんなことを考えていると、村長さんをはじめとした村人たちが集まってきた。
○ ○ ○
その後、村長さんにオアシスの魔物を倒したという話を伝えると、たいそう喜んでくれた。
それから祝賀会という名目で、あたしは村長さんの家の夕食に招かれることになった。
「やっぱりメイ先生はすごい錬金術師だったんだ。こんな大きな魔物を、一撃で倒してしまったんだよ!」
祝いの席にはオアシスに同行したルメイエも招待されていて、彼女は身振り手振りを交えながら興奮気味に見てきた様子を話していた。
いくら魔物を倒したとはいえ、オアシス最大の泉を潰してしまったのも事実なのだから、あまり吹聴しないで欲しい……と内心思いつつも、心底嬉しそうに語る彼女を止める気にはならなかった。
そんな賑やかな食事会が終わると、今度はルメイエの家に場所を移し、約束通り彼女に錬金術を教えることになった。
「ところでメイ先生、ボクは錬金釜を失くしてしまったんだけど……」
「そういえば、オアシスであのタコに引きずられた時に落としちゃったんだっけ。今から探しに行くわけにもいかないし、そうね……」
あたしは少し考えて、容量無限バッグからメイの錬金釜を取り出した。
「これ、余ってるからあげる。好きに使っていいわよー」
「ありがとう! 恩に着るよ!」
立派な錬金釜を受け取ったルメイエは、それこそ新しいおもちゃを与えられた子どものように瞳を輝かせていた。
さっそく調合してみると言い、彼女は嬉々として錬金釜に素材を投入した。
「すごい……! この錬金釜はすごいよ! メイ先生!」
それからまずはポーションを調合し、それが成功すると次は塗り薬に挑戦する。
それを何度か繰り返すうちに、すぐにコツを掴んだようだった。
「あたしが作った特別な錬金釜だから、成功率も高いのよー」
「メイ先生、爆弾の素材はこの本に載っているもので合っているのかい?」
鼻高々にそう伝えるも、彼女は聞いちゃいなかった。
その手には、彼女の家に伝わるという錬金術の本が握られていた。
中身を見せてもらったところ、指南書とレシピ本をあわせた本のようで、メイの錬金釜の性能を持ってすれば、簡単に調合できるものが多かった。
「これとこれを組み合わせれば……よし、できた!」
おじいさんに『錬金術ごっこ』と呼ばれていたところからして、これまでまともに調合作業なんてできなかったのだろう。
今のルメイエは本当に楽しそうに調合をしていた。
素材の声が聞こえるのもそうだけど、彼女には間違いなく錬金術の素質があるのだろう。
……さすが、末は伝説の錬金術師だわ。
「すごいですね。あんな楽しそうなルメイエ、初めて見たかもしれません」
村長さんの家からついてきていたロゼッタちゃんが、親友の様子を見ながらクスクスと笑う。
「それに、メイさんとルメイエ、どこか似たところがありますよ」
「へっ? 似てる?」
直後に続いた言葉に、あたしとルメイエの声が重なる。そして二人同時にロゼッタちゃんを見た。
「はい。見た目もそうですが、錬金術に対する情熱がすごいです」
「そ、そう……? そう言ってもらえると、なんか嬉しいわねー」
どこか恥ずかしいような気持ちになりながら、あたしとルメイエは顔を見合わせたのだった。
それからは、時々ルメイエから質問されることがあったくらいで、あたしの出る幕はほとんどなかった。
彼女は素材の許す限り、調合に没頭していた。
すっかり手持ち無沙汰になったあたしは、そんなルメイエを見守りつつ、ロゼッタちゃんとお話をしていた。
「ところで、メイさんの故郷に伝わる昔話とか、不思議なお話はありませんか?」
「昔話?」
突然そう尋ねられて呆気にとられるも、すぐに彼女が絵本作家志望だったことを思い出す。
つまり、創作のネタが欲しいのだろう。
「そうねー。鉄板だと桃太郎とか……砂漠が近くにあるし、アリババと40人の盗賊とかどうかしら」
「モモタロー? どんなお話なんですか? ぜひ教えてください」
「えーっとね、昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいて……」
少し迷ったあと、思いつく限りのおとぎ話を彼女に話して聞かせる。
あたしが元の時代に帰ってしまえば、こうして伝えたことも彼女の記憶からは消えてしまうのだろうけど、せっかくだから話してあげたかったのだ。
「そういえば、ロゼッタちゃんはその……ペンネームとかもう決めてるの?」
話の流れで、なんとなくそんなことを聞いてみる。
彼女は将来、学園長になるのだし、絵本作家としては大成しないのかもしれないけれど、一応聞いておきたかった。
もしかしたら、こっそりと本が出ているかもしれないし。
「えっと、実はまだ……」
「マリエッタだよね!」
言いよどむロゼッタちゃんに代わって、素材を取りに来たルメイエがそう答えた。
「ちょ、ルメイエ、まだ恥ずかしいから……」
「何を気にする必要があるのさ。いい名前だと思うよ。マリエッタ先生」
茶化す気配など全くない様子でルメイエが言うと、ロゼッタちゃんは顔を赤くしていた。
もう二度と訪れないであろう特別な夜は、静かに過ぎていった。
○ ○ ○
翌日となり、元の時代に帰る時がやってきた。
「メイ先生、本当に旅に出てしまうんだね。大したおもてなしはできないけど、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「その気持ちだけもらっておくわね。あたしもやらなきゃいけないことがあるの」
「メイさん、お元気で。また近くに来ることがあったら、村に立ち寄ってください」
「もちろんよー。その時はロゼッタちゃんの書いたお話、聞かせてね」
元の時代に戻らなきゃいけない……なんて言っても彼女たちを混乱させるだけだし、あたしは敢えて嘘をついた。
時渡りの懐中時計を見ると、残された時間はわずかだった。
あと数分もしないうちに、あたしはこの時代から消えることになるだろう。
「へへ、先生から教わったこと、忘れないからね!」
ロゼッタちゃんに続き、ルメイエとしっかりと握手を交わし、別れの挨拶をする。
笑顔だけど、泣くのを必死に我慢しているのがまるわかりだった。
「……うん。それじゃ二人とも、元気でね!」
最後に二人を抱きしめてあげたあと、あたしは飛竜の靴を履いて砂丘を駆け上がる。
さすがに目の前で消えるわけにはいかないのと、不意に浮かんできてしまった涙を見られたくなかったのだ。
やがて体を砂丘の陰に滑り込ませると同時に、時渡りの懐中時計は強い光を放ち始める。
そして次の瞬間には強い浮遊感に襲われ、目の前が真っ白い光に覆われた。
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