第五十五話『フィーリを救うために』


 あたしはクリムゾンニードルの毒に侵されたフィーリを救うため、ブルーローズを探しに街の外へと飛び出した。


 空飛ぶ絨毯に乗り、万能地図で街周辺に存在したというオアシスを探すも、それらしいものは見つからなかった。


 仕方なく地上へ降り、砂に半分埋もれた岩の隙間や石の裏など、目を皿のようにして探してみるも、青色の花はおろか、草木一本生えていなかった。


「み、見つからない……どうしよう。このままじゃフィーリが……」


 すっかり日が沈んだ頃、あたしは意気消沈したまま医務室へと戻ってきた。


 ベッドに横になったフィーリはますます苦しそうにし、当初は右腕だけだった赤みが、今や全身に広がっている。


 その傍らで、ロゼッタさんとお医者さんが心配そうに見守る一方、ルメイエは少し離れた場所で一人、本の山に埋もれていた。


「……やっと戻ってきたかい。キミが飛び出して行ってから、ずっと考えていたことがあるんだ」


 フィーリが大変だというのに、何をしているんだろう……なんて思わず考えた時、ルメイエが本の山から這い出してくる。


 その手には、時の砂時計があった。


「メイ、かつてメノウの港に行く荷馬車の上で、ボクがした話を覚えているかい? 時を渡る道具の話さ」


 突然話題を振られて面食らうも、時を渡る道具と言われて、あたしは思い出した。確か『時渡ときわたりの懐中時計』という道具だ。


 だいぶ前になるけど、ルメイエとの会話の中で気になって調べた記憶がある。


「言われてみれば、そんな道具あったわね……でも、それがどうしたの? 今はそれより、フィーリを助けることを考えないと」


「もちろん考えての発言さ。その道具があれば、フィーリを助けられるかもしれない」


 多少の苛立ちを含んだ口調で言うと、ルメイエは柔らかい笑顔を浮かべながらそう言った。


「フィーリを助けることとその道具に、なんの関係があるの? 過去に戻って、クリムゾンニードルに刺されないよう、フィーリに忠告しろっていうの?」


「違うよ。ブルーローズはボクたちが子どもの頃には存在していたのだから、過去に採りに行けばいい」


「あ……」


 諭すように言われ、あたしははっとなる。


 ブルーローズが見つからない以上、今はその方法に賭けるしかなさそうだ。


「時渡りの懐中時計、今のキミなら作れるんじゃないかい?」


「ちょ、ちょっと待って。レシピ確かめるから」


 あたしは興奮を抑えつつ言い、レシピ本を開く。今は一分一秒が惜しかった。


「調合に必要なのは……時の砂時計が4つとガルマン鉱石、時超えの石……」


 そこに書かれていた素材と手持ちの素材を照らし合わせてみる。


 時の砂時計は不足分を再調合するとして、ガルマン鉱石はエルトニアの廃坑で入手済みだ。


 時超えの石は聞いたことがなかったけど、容量無限バッグを漁ってみるとあっさりと見つかった。


 手のひらに乗るそれは大きな黒真珠のようで、どこか見覚えがあった。


 ……思い出した。図書館島の夢の中から戻ったときに、持ってた石だ。


 これって、時超えの石って名前だったのね……なんて考えながら、時の砂時計の調合に着手する。


「錬金ガラスとドラグーンソウルはこちらで用意してるよ。使っておくれ」


 地下迷宮で大量入手した時の砂と、図書館島の謎空間で採取した神木フェルツを容量無限バッグから取り出していると、ルメイエがそう言って袋を渡してくれた。


 あたしはそんな彼女にお礼を言って、かき混ぜ棒代わりの杖を握りしめたのだった。


 ○ ○ ○


 時渡りの懐中時計の調合に成功したのは、真夜中を過ぎた頃だった。


 錬金釜の虹色の渦から飛び出してきたそれは銀色をしていて、藍色の文字盤に同じく銀色の数字が浮かんでいた。


 不思議なことに、文字盤だけで針はついていなかった。


「よーし! できたー!」


 あたしは喜びもそこそこに、レシピ本に浮かび上がった説明に目を通す。


 それによると、この道具は過去にしか行けず、移動可能な時間は最大で40年。時の砂時計が10年分の時を操れるので、それが4つで40年……ということなのだろう。


 加えて、時間移動した先での滞在可能時間は24時間。効果が切れると、元いた時代の、元いた場所へ強制的に戻ってくる。


 また、時間移動のお決まりとして、過去の自分が存在する時間軸には行くことができないそう。


 過去の人たちと話したり、交流することもできるけど、その時代のものを持ち帰ることはできず、元の時代に戻った瞬間、彼らの記憶からも消えてしまうらしい。


「……困ったね。その仕様だと、過去のブルーローズは持ち帰ることができないんじゃないかい?」


 伝説のレシピ本を読むことができないルメイエたちにその性能を解説していると、そんな疑問が投げかけられた。


「それはそうなんだけど……容量無限バッグの性能を信じようかと思って」


「どういうことだい?」


「このバッグ、チートアイテムだって話はしたでしょ? この中に入っている素材は、まるで時が止まったかのように新鮮さを保っているの」


「そのこころは?」


「たぶん、このバッグの中は時間が止まってる……もしくは、著しく遅いんじゃないかしら。どちらにしろ、時間の流れが違うんだと思う」


「なるほどね。神からもたらされた道具なのだし、使用者のメイがそう言うのなら、そうかもしれないね」


 容量無限バッグを軽く叩きながら言うと、ルメイエは納得してくれた。


 けれど、これはあくまで、あたしにとって都合のいい『願望』であって、バッグの中の素材が時間移動の影響を受けるか否かは、実際に移動してみないとわからない。


 ……チートアイテムなんだし、こういうときは仕事してよね。神様、お願いよ。


 心の中でそう願いつつ、あたしは出発の準備に取り掛かった。


 ○ ○ ○


「……それじゃあフィーリ、行ってくるからね」


 やがて準備が整い、あたしはベッドの上のフィーリの頭を優しく撫でたあと、ロゼッタさんとルメイエにこの場を任せて街の外へと向かう。


 その理由は、時渡りの懐中時計の仕様にある。


 これはあくまで、時間を移動する道具。場所は移動しない。


 錬金術師の街は砂漠の地下にあるので、あの場所で40年の時を超えた場合、砂の中に閉じ込められてしまうかもしれない。そうなると一巻の終わりだ。


 なので、使う場所はよく考えないといけない。この道具は時の砂時計と違って使い切りの道具だし、失敗は許されない。


「ふー、このへんでいいかしら」


 転送装置を通って外に出たあたしは、満天の夜空を見渡せる砂丘の上へと移動する。


 ここなら40年の時をさかのぼっても、いきなり砂の中に閉じ込められる……なんてこともないと思う。


 一つ深呼吸をしたあと、時渡りの懐中時計を取り出し、起動させる。


 移動先はルメイエたちが子どもだったという、40年前だ。


 そう考えながらリューズに触れると、文字盤が淡い光を放つ。


 それと同時に、あたしは淡い光に包まれ、浮遊感に襲われる。


 困惑していると、懐中時計に青白く輝く長針と短針が現れ、高速で回転し始めた。


 その動きを見ていると、周囲が急に明るくなった。


 思わず視線を泳がすと、遠くに制服姿の集団が見える。


 ロゼッタさんやフィーリの姿もあるし、採取の授業中のようだ。


 その誰もが後ろ向きに歩いているところからして、どうやら時間が巻き戻っているらしい。まるでビデオの逆再生を見ているような、妙な感覚だった。


 そうこうしているうちに太陽が東に沈み、また夜がやってきた。かと思えば、すぐに西から太陽が昇る。明らかに過去へ遡っているのがわかった。


「だんだん早くなってる……これなら意外と早く過去に行けそうね。フィーリ、待ってなさいよ!」


 まるで光り輝く竜巻の中心にいるような気分になりながら、あたしは拳を握りしめ、気合を入れたのだった。


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