第五十四話『メイの錬金釜改造計画・その④』


「よーし! 今度こそ完成ー!」


 ……それからさらに数日かけて、あたしはついに錬金釜の改良を成功させた。その名も『メイの錬金釜・改』だ。


「ついにできたのかい。長かったね」


 その一報を聞き、研究室の隅に置かれたソファーに座っていたルメイエがそう称えてくれる。


「それで、どういうふうに改良したんだい?」


「錬金釜自体に宿らせた魔力と属性媒体を使って魔法を司る精霊の力を借りる仕組みは一緒なんだけど、その含有魔力量を何倍にも増やしたの」


 ルメイエに魔力ドリンクを見せながら言う。新しいメイの錬金釜には、魔力ドリンクが5本も使われている。それくらい潤沢な魔力がないと、長期運用に耐えられないのだ。


「それでも、永久に成功率を上げられるわけじゃないだろう? 魔力が尽きてしまったらどうするんだい?」


「それも考えてあるわよー。ほら、ここ見て」


 そう言いながら、あたしはルメイエを錬金釜の側面を見せる。そこには蓋のついた小さな穴があった。


「……この穴はなんだい?」


「ここから魔力ドリンクを注ぎ込めば、錬金釜の減った魔力を回復させることができるの。いわば給油口ね」


「燃料を補充できるというわけか。考えたね」


「でしょー。以前作った自動販売機をヒントに考えてみたの。これなら魔力切れになって失敗することもないわよ」


 説明を聞いたルメイエは感心しきりで、何度も頷いていた。


 ちなみにあたしがこの道具を生み出したことで、レシピ本にもしっかりとそのレシピが載っていた。


 その必要素材は錬金釜と時の砂、魔力ドリンク5本、魔力結晶、八属性分の属性媒体と、盛りだくさんだ。


 かなりの数の素材が必要だけど、あたしが自力で生み出したレシピだ。その喜びもひとしおだった。


「……ところで、フィーリはどこ行ったのかしら。この錬金釜はフィーリの協力なしじゃ作れなかったし、もう一度お礼を言いたいんだけど」


「今日は素材採取の実習だとロゼッタが言っていたよ。クラスの皆と街の外に出かけているんじゃないかい?」


「街の外ってことは、砂漠で? 大丈夫なのかしら」


「そんな遠くには行かないだろうし、ロゼッタや引率の教師もついているはずさ。心配はいらないよ」


 ……そんな会話をしていた矢先、研究室の扉が勢いよく開かれて、血相を変えたロゼッタさんが飛び込んできた。


「た、大変です! フィーリさんがサソリに刺されました!」


「へっ、サソリ?」


 思わず妙な声が出てしまうも、すぐに事の重大性を理解した。


「ロゼッタさん、フィーリ、大丈夫なの?」


「現在、学園の医務室に運ばれています。こちらです」


 その質問に答えることなくロゼッタさんは言い、あたしたちは案内されるがまま、萼片へと向かったのだった。


 ○ ○ ○


 医務室にたどり着いてみると、そこに並べられたベッドの一つにフィーリが寝かされていた。


 近寄ってみると、ブランケットの上に置かれた彼女の右手は真っ赤に腫れ上がっていて、熱があるのか、大粒の汗をかいている。


「授業の一環として砂漠で素材採取をしていたところ、初等部の男子たちが岩の隙間に隠れるクリムゾンニードルを見つけまして」


 その変わり果てた姿に唖然となっていると、ベッドの傍らにいた女性がそう説明してくれる。


 どうやら彼女は養護教諭……俗に言う保健の先生で、お医者さんのようだ。

「……クリムゾンニードル?」


 聞き慣れない名前に、あたしは首をかしげ、彼女に尋ねてみる。


「この砂漠周辺に生息する、極めて強い毒を持つ赤いサソリです。見た目に反して臆病で、めったに人を襲わないのですが、男子たちがちょっかいを出したことで怒らせてしまったらしいのです」


「……フィーリさんは、襲われた子たちをかばってクリムゾンニードルに刺されてしまったんです。同行した私たちも、周辺の魔物は警戒していたのですが」


 伏し目がちに言う彼女の説明を引き継ぐように、ロゼッタさんが言った。


 その声もどこか沈んでいる気がした。


「フィーリ、大丈夫なのよね? 解毒剤とかは?」


 そんな二人の顔を交互に見ながら問うも、彼女たちは揃って表情を曇らせた。


「……クリムゾンニードルの毒の解毒剤は、現在は存在しません」


「じゃ、じゃあフィーリは?」


「……残念ですが、よくもって明日の朝までかと」


 うつろな目をしながら、ロゼッタさんがそう口にした。


「――嘘でしょ?」


 彼女の言葉の意味を理解した時、あたしは全身の力が抜けて、床に座り込んでしまった。


「……メイ、気を確かに持つんだ。薬がなければ、作ればいい。キミは錬金術師だろう」


 直後、ルメイエがあたしの背中を思いっきり叩きながら言った。


 その衝撃で我に返り、その場に座ったまま、レシピ本を開く。


 ……そうだ。あたしは錬金術師。このレシピ本になら、どんな毒だって打ち消す薬が載っているはずだ。


 そう自分を安心させつつ、必死にレシピ本のページをめくる。


「ブルーポーション、天界のお香、世界樹の霊薬……」


 やがて、いくつか候補が出てきた。その中で、作れそうなのはブルーポーションだけだった。


 以前作ろうとして素材が足りなかったけど、今なら作れるかもしれない。


「必要素材は……青い花と怪鳥の爪、ブルーローズね」


 青い花は持ってるし、怪鳥の爪も鳥の街で採取している。あとはブルーローズだけど、花の街で採取していたはず……。


 そう考えながら容量無限バッグから素材を出していくも、ブルーローズだけが足りなかった。


「ロゼッタさん、ブルーローズって素材、この街にない?」


「ブルーローズ……久しぶりに聞いた名前ですが、おそらくこの街にはないと思われます」


「そうなの? 素材ショップだってあるんだし、どこかの倉庫に眠ってるとか……?」


「あの花は採取して半日もするとしおれてしまい、どんな手段を使っても保存ができないのです。その花が必要なのですか?」


「ブルーポーションの素材として必要なのよ。あと、これだけでいいんだけど」


 そう言いながら、あたしはロゼッタさんとルメイエの顔を見る。彼女たちは一様に難しい顔をしていた。


「ブルーローズはかつて、この街の近くのオアシスに生えていたよ。もっとも、ボクが子供の頃の話だけど」


 口元に手を当てながらルメイエが言い、最近は環境が変わってオアシスも消滅してしまい、まったく見なくなった……とロゼッタさんが続けた。


「そ、それでも、どこかに生えてるかもしれないじゃない! あたし、探してくる!」


 それを聞いたあたしは居ても立っても居られず、医務室を飛び出したのだった。

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