第五十三話『メイの錬金釜改造計画・その③』


「これはまた……盛大にやったね。メイ、大丈夫かい?」


 部屋に入って来たルメイエはその惨状を目の当たりにして、大きなため息をついた。


「へっ? いや、これは違うのよ。あたしじゃないの。フィーリが調合に失敗しちゃって……」


「何を言っているんだい。まだ素人の彼女がここで調合するはずがないじゃないか。レシピ研究は失敗の積み重ねだから、失敗するなとは言わないけれど、責任をフィーリに押し付けるのはよくないよ」


 とっさにそう弁解するも、ルメイエは呆れ顔で笑う。


 あれー? 何か勘違いされてない? いや、本当にあたしじゃないのに。フィーリなのに。


 そう考えつつ視線を泳がせていると、ルメイエの背後に立つフィーリの姿が目につく。彼女はあたしに向けて必死に手を合わせていた。


 それを見たあたしはルメイエに負けないくらい大きなため息をついて、掃除用具を手にしたのだった。


「……それでね。素材に時の砂を使うことで調合速度がぐんと上がることがわかったの。これは発見よ!」


 床を掃除しつつ、あたしは興奮気味にルメイエに伝える。その一方で、彼女は淡々としていた。


「可能かもしれないけど、時の砂は貴重な素材だよ。新しい錬金釜は量産を視野に入れているのだから、とてもコストに見合わない」


「ふっふっふー。実は時の砂、地下迷宮で大量に手に入れてるのよねー」


「ボクたちが出会った、あの場所かい? 確かにあの迷宮は作られてかなりの年月が経っているだろうし、時の砂が存在していてもおかしくはないけど」


「理由はわからないけど、小部屋いっぱいの時の砂を見つけたのよねー。今回の調合に使ったのはほんのひとつまみだし、錬金釜に換算すれば、結構な数が作れると思うわよ?」


 あたしは鼻高々に語り、キーアイテムの一つは時の砂だと確信した。


 そうなると、次は成功率そのものを上げないといけないわね。いくら調合が早くても、成功率が低かったらどうしようもないし。




 ……それから数日が経過した。


 調合成功率を上げるため、あたしは試行錯誤を続けていたけど、結果は芳しくなかった。


「うーん……あと少しなんだけど、何かが足りない……!」


 先日と同じように机に向かうフィーリの傍らで、あたしは大の字になって床に寝そべる。


「今日明日にも完成しそうな感じだったのに。あの時の勢いはどうしたんですか?」


 あたしをチラ見して、フィーリが呆れたような声を出す。


「そのはずだったんだけどねー……はぁ、伝説のレシピ本にレシピが載ってれば、こんな苦労しなくて済むんだけど」


「わたしにはよくわかりませんが、なんで載ってないんですか?」


「誰も作ったことがないからに決まってるでしょー。うーむ、わからん……」


 手書きのレシピメモを見ながら、頭を抱える。


 あたしの持つチートアイテム……伝説のレシピ本は、古今東西のあらゆるレシピが載っている。


 ルメイエによると、そのレシピは全て過去に誰かが作ったものらしい。


 誰も作ったことがない道具となるとレシピ本には載っておらず、こうしてトライアンドエラーを繰り返して正解を探すしかないのだ。


「成功率を上げるもの……うーん。うーん……」


「……それこそ魔法のように、ぱぱっと成功率が上がればいいですのにね」


「それができたら苦労はしないわよー……うん?」


 “魔法”というワードに、あたしはピンときた。すかさずフィーリに質問してみる。


「魔法っていえば、フィーリたち魔法使いは魔力を使って精霊と契約して、魔法を使ってるのよね?」


「そうですね。わたしの場合はその契約に属性媒体を使わないといけないわけですが」


「それなら、属性媒体と魔力をセットにすれば、魔力がない人でも精霊に願いを聞いてもらえるってこと?」


「渡した魔力をどう具現化するか契約書を作る必要がありますが……極論を言えば、そうなりますね」


「ふむふむ……よし、ダメ元で作ってみよう」


 彼女との会話で俄然意欲が湧いてきたあたしは立ち上がり、錬金釜へと向き直る。


 まず入れるのは、素材用の錬金釜に時の砂、魔力結晶。ここまでは同じだ。


 それに続いて、八属性分の属性媒体を加えてみる。錬金釜内部に取り込んだ属性媒体と魔力結晶を利用して精霊と契約し、調合をサポートしてもらおう……そう考えたのだ。


 錬金術師が魔法の力に頼りたくはないけど、四の五の言ってられない。ここは錬金術と魔法のハイブリットだと思うことにしよう。


「よーし、完成!」


 いつも以上に時間がかかって、新しい錬金釜の調合に成功した。


 目の前に現れたそれは、淡い緑色の光をまとっている。いかにも魔力を含んでいそうな見た目だった。


 さっそくその錬金釜で万年筆を作ってみる。すると5分足らずで立派な万年筆が吐き出された。


 完成した万年筆を一度素材分解し、もう一度同じものを調合してみる。その作業を10回繰り返し、その成功率を算出してみる。


「おお……調合成功率100%。これはいけたかも」


「え、もしかしてできたんですか?」


「この成功率の高さはそうかもしれないわよー。フィーリ、ちょっと試してみて」


「ほ、本当に大丈夫ですか? また爆発したりしませんよね?」


 笑顔で手招きするも、フィーリはいぶかしげな顔をしていた。その手を引いて立ち上がらせ、錬金釜の近くへと連れてくる。


「大丈夫よー。ほら、また調合の宿題やっちゃいなさいな」


「わ、わかりました。わかりましたよ」


 笑顔で言うと、フィーリは根負けした様子で素材を鞄から取り出した。


 それを見た限り、どうやら先日の万年筆に加え、万能地図と全自動つるはしも調合するようだ。


 その中でも、万能地図はかなり高度な調合だったはずだ。メイの錬金釜の登場によって授業内容も変化しているのかもしれない。


「木炭と水と銅を入れて、ぐるぐるーっと……」


 フィーリは手早く素材を入れて、錬金釜をかき混ぜる。その手つきも慣れたものだった。


 元々賢い子だし、彼女はこの短期間でますます錬金術の知識をつけている気がする。


 それはもちろん嬉しいのだけど、このままだと錬金魔法少女フィーリ爆誕! とかなってしまうかもしれない。


 そうなると、あたしのアイデンティティーが……!


「おおー、すごいです! サクサク作れます! 失敗しません!」


 そんなことを考えている間にもフィーリは調合作業を続け、万年筆に万能地図、全自動つるはしを完成させていた。


「最後に全自動ほうきを作ってしまえば宿題はおしまいです! メイさんのおかげで助かりました!」


 唖然とするあたしをよそに、フィーリはニコニコ顔で最後の調合に取り掛かる。まったく、どれだけ宿題溜め込んでるのよ……。


「……ふんぎゃ!?」


 その矢先、フィーリがかき混ぜていた錬金釜が盛大に爆発した。以前のように虹の噴水を吹き出すことはなかったけど、もくもくと黒煙が上がっている。


「ちょ、ちょっとフィーリ、大丈夫?」


「けほけほ……むー、失敗しないって言ったじゃないですかー」


 その顔と髪を真っ黒にしたフィーリが不満げに呟く。そんな彼女にタオルを渡しながら平謝りをしていると、ある違和感を覚えた。


「……あれ? 錬金釜がまとっていた光が消えてる」


 不思議に思いながら錬金釜を調べると、すぐに原因が判明した。どうやら内部に蓄えた魔力を使い切ってしまったようだ。


「あー、魔力結晶に含まれる程度の魔力じゃ、十数回の調合で魔力を使い切っちゃうわけね……それ以後は、これまでの錬金釜と変わらないと……」


 口元に手を当てながら、あたしは納得する。


 方向性は間違っていないと思うけど、これはまだまだ改善の余地がありそうだった。

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