第五十二話『メイの錬金釜改造計画・その②』


 フィーリとのやり取りから発想を得たあたしは、嬉々として錬金釜に向き直る。


「時の砂を使えば、調合時間は確実に短縮できるはずよ。さっそく素材を用意して……」


「なんか急に元気になりましたね。そのほうがメイさんらしいですけど」


 宿題に向かいながらフィーリがニコニコ顔で言う。その声色には、安堵感が含まれているような気がした。


「よーし、でっきたー!」


 それからものの数分で、あたしは新たな錬金釜を完成させた。メイの錬金釜に魔力結晶と時の砂を加えたそれは、見た目は大して変化していなかった。


「……もうできたんですか? わたしの持っているものと同じに見えますが」


 その直後、フィーリがトコトコとやってくる。


「調合速度は確実に上がってると思うわよー。見ててねー」


 適当にポーションでも調合してみようと容量無限バッグに手を伸ばした時、ある考えが浮かんだ。


「……そうだ。せっかくだし、フィーリが使ってみる?」


「え、わたしがですか?」


「そう。メイの錬金釜と基本は同じだし、フィーリも授業で調合実習くらいはやったことあるでしょ?」


「それはまぁ……ありますが」


「それなら復習を兼ねて、いつも使ってる錬金釜で一度調合してみなさいよ。調合速度がどれくらい変わったのか参考にもなるしさ」


「そういうことなら……ポーションでいいんですよね?」

 あたしの提案に彼女は納得してくれたようで、学習鞄から錬金釜を引っ張り出す。


 小さな鞄から大きな錬金釜が出てきて一瞬目を疑ったけど、ルメイエのリュックだって見た目に反して容量が大きいのだ。


 この街では、似たような道具が主流になっているのかもしれない。


「さすがにポーションの素材はわかるでしょ?」


「それくらいわかります! 植物と水を入れて、ぐるぐるーっと……」


 少し不機嫌そうにしながら、フィーリは素材を錬金釜に投入し、かき混ぜる。


 おお……あのフィーリが錬金術をしてる……。なんか感傷深い……。


「……あの、見られていると緊張するんですが」


「どうぞお気になさらず。あたしのことはその辺に生えてるキノコだとでも思って」


 こちらをちらりと見て言うフィーリにそんな言葉を返しつつも、あたしは子どもの成長を見守る母親のような気分でフィーリを見ていたのだった。


「で、できました!」


 ……それから2分ほど経過し、完成したポーションが錬金釜から飛び出してくる。


 フィーリが調合に慣れていないということもあって、かなり時間がかかっていた。


「うんうん。立派なポーションだわ。味は……ちょっと薄いけど」


「それはまだ初心者ですし……それより、次はこっちですね!」


 言うが早いか、フィーリはあたしが作った錬金釜へと向かう。先程と同じように素材を投入し、かき混ぜる。


「……おおっ!?」


 すると、今度は30秒足らずでポーションが完成した。元の錬金釜に比べ、明らかに早い。


「めちゃくちゃ早い……これは成功かも」


「この錬金釜、すごいですね! ちょっと宿題の調合もやってみていいですか?」


 感心していると、気を良くしたフィーリは鞄を漁り、いくつかの素材を手にする。


「調合の宿題とかあるのねー。何作るの?」


「万年筆です! 完成したら授業で使う予定なんですよ!」


 声を弾ませながら素材を入れ、彼女は調合を進めていく。


 この街の学園では以前、万年筆を作るのに30分はかかっていた。


 メイの錬金釜によってその調合時間が半分になっていると考えると、約15分だ。


 さっきのポーションの調合時間から計算すると、万年筆は5分足らずで調合できるはず……。


「ふぎゃ!?」


 ……なんて考えていた矢先、その錬金釜が豪快に虹色の水を吹き上げた。それに驚いたフィーリは叫び、尻餅をついた。


「あわわわわ……やっちゃいました」


「うわー、豪快に失敗したわねー。調合速度は上がっても、成功率はあまり高くないのかもしれないわ」


 放心状態のフィーリを引き起こしながらそう説明するも、彼女の耳には届いていないようだった。ショックだったのだろう。


「あたしの素材を分けてあげるから、万年筆はまた今度調合してみましょー。今はここを片付けないと」


「そ、そうですね。ここ、ルメイエさんの部屋ですし。見つかったら怒られます。早く掃除しましょう。わたし、道具取ってきますね」


 横倒しになった錬金釜を起こしながら言うと、フィーリは顔を真っ青にして掃除道具を取りに走る。


 ……そうだった。ここ、ルメイエの部屋だった。


 その事実を思い出し、あたしは血の気が引く思いがした。


 レシピ開発に失敗はつきものとはいえ、錬金釜がひっくり返るほどの大失敗はそれこそ素人しかやり得ない。


 あたしが失敗する時も、せいぜい煙が出たり、小さな爆発が起こったりするくらいだ。


 それに比べて、今回の失敗は被害が大きい。


 本棚に並べられた高そうな本や仮眠用のベッドに至るまで、部屋全体が虹色に染まっている。


「これ、二人で何とかなるのかしら……」


「……今の音はなんだい?」


「げ」


 思わぬ絶望感を味わっていた時、部屋の扉が開いてルメイエが戻ってきた。その姿を見た瞬間、あたしとフィーリの声が重なった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る