第五十一話『メイの錬金釜改造計画・その①』
「えーっと、ここってレシピ研究所?」
ロゼッタさんとルメイエに連れてこられたのは、マナニケア学園の近くのレシピ研究所だった。
「そうだよ。とりあえず、ボクの研究室に来ておくれ」
ルメイエちゃん、おかえりなさい……という女性研究員の言葉を流しつつ、ルメイエは研究所の奥へと向かう。
やがてたどり着いたのは、大量の書類といくつもの錬金釜が置かれた部屋だった。
「ずいぶん広い部屋だけど……ルメイエはここで何をしているの?」
「メイの錬金釜の改良を行っているんだよ。錬金術の未来のために必要だとロゼッタに言われてね」
「錬金術の未来のため……どういうこと?」
疑問に思いつつ、あたしはロゼッタさんを見る。
「そのままの意味です。世界に錬金術を広めるため、メイの錬金釜の性能をさらに高めようと試行錯誤しているのですよ」
彼女ははっきりとした口調で言い、これはその結果です……と続けた。
室内に乱雑に置かれた錬金釜の見た目はどれも似ていたけど、サイズが小さかったり、欠けていたりした。
「メイさんにもお伝えしました通り、この街ではメイの錬金釜がかなり普及し、錬金術の革命が起きました。次の我々の目標は、この新たな錬金術を世界に広めていくことなのです」
「はー……」
あたしは驚きのあまり、言葉を失ってしまう。
なんだか話がどんどん大きくなっている気がする。あたしの作った錬金釜、そこまで影響を与えていたのね。
「……というわけでボクはその目的のためにロゼッタに缶詰にされて、ずっと調合作業を続けていたんだ」
無造作に放置されている無数の錬金釜を哀愁の目で見ながら、ルメイエが言う。
「あー……見た感じ、やっぱりうまくいってないの?」
「そうだね。悔しいけど、何度やっても結果は芳しくない」
彼女は腕組みをしつつ、大きなため息をついた。伝説の錬金術師の力をもってしても、メイの錬金釜の改良は難しいようだった。
「そもそもこの錬金釜自体、メイが生み出したものじゃないか。ボクにどうこうできる代物じゃないよ。やっぱり、キミがやらなきゃ」
続いてルメイエは怒りの感情を含ませながら言い、あたしの持つレシピ本と、メイカスタムの力を借りたいと申し出てきた。
「そうねぇ……どのみちフィーリも学校でしばらく動けないわけだし、手伝ってあげてもいいけど……」
少し考えて、あたしはそう答えた。回答を聞いたロゼッタさんとルメイエは顔を見合わせ、安堵した様子だった。
……錬金術が広まっていないこの世界に、錬金術を広める。
それはあたしがこの世界に来た時に掲げた、目標の一つでもあったはずだ。
メイの錬金釜を改良できれば、その目標に大きく近づくことができるかもしれない。
そう考えると、すごくワクワクしている自分がいた。
……その翌日から、日中はレシピ研究所に入り浸る日々が始まった。
朝一番にフィーリを学校へ送り出したら、そのままレシピ研究所へ向かい、ルメイエと一緒に調合作業を行う。
「わかっているとは思うけど、メイの錬金釜の必要素材は錬金釜とエルトニア鉱石、それに魔力結晶だ。特に魔力結晶により、性能が格段に上がっている」
「自分で作っといてなんだけど、よく魔力結晶を入れようと思ったもんねー」
「まったくもってその通りだよ。調合成功率を上げるために魔力結晶……つまりは魔法の力に頼るなんてことは、錬金術師では考えつかなかったことだ」
ルメイエからそう説明を受けつつ、あたしは考える。
ということは、今以上の錬金釜を作るとしても素材として魔力結晶は必須だろう。
それ以外の必要素材はトライアンドエラーで見つけていくしかない。
「考えられる素材はこちらで用意するから、メイは究極の錬金釜を使ってひたすら調合を試してみてくれればいい。一度でも成功すればそのレシピを元に、生まれ変わったメイの錬金釜で調合作業をすればいいのだからね」
ルメイエはそう言いながら、大きな木箱を押してきた。考えたくないけど、あの中身は全て素材なのだろうか。
「素材用の錬金釜はそこまで数を用意できなかったから、ここにある失敗作を使ってくれて構わない。容量無限バッグの素材分解機能なら、それも可能だろう?」
「あ、それなんだけど……ルメイエ、ちょっといい?」
そこまで話を聞いて、あたしは一つ気になることがあった。
「この街に錬金釜専門店があるじゃない? あそこ、錬金釜が全然売れなくて困ってるみたいなのよ」
「ああ……それはそうだろうね。言った通り、この街ではメイの錬金釜が普及している。一般的な錬金釜は売れないだろう」
「だからさ、あの店の在庫、あたしが買い取って素材にしても構わない?」
「それは可能だけど……いいのかい? かなり高くつくよ?」
「困った時はお互いさまよー。あとでまとめて支払うから、ここに運んでもらっといて」
困惑するルメイエにそう伝えて、あたしは究極の錬金釜を取り出し、調合を始めたのだった。
○ ○ ○
……それから数日間、ひたすら調合に明け暮れるも、なかなか満足のいく結果は得られなかった。
調合時間を短縮できたと思えば、成功率が極端に下がってしまったり、逆に成功率が上がったかと思えば、元の数倍の調合時間がかかったりと、両方を兼ね揃えた錬金釜というものは、メイカスタムを使ってもなかなか生み出せなかった。
「あー、なんか煮詰まってる気がする。ちょっと休憩!」
「……なんだか、レシピ開発うまく行ってないみたいですねぇ」
大の字になって床に寝っ転がった時、研究室の入口から声がした。見ると、制服姿のフィーリがあたしを見下ろしていた。
「フィーリ、おかえりー。今日もここで宿題するの?」
「そのつもりです。今日はレシピの穴埋め問題が出ているんですが、ここなら教えてくれそうな人がたくさんいますし」
研究室の中をぐるりと見渡しながら、フィーリは悪戯っぽく笑う。
「確かにここは、この国でもトップレベルの錬金術師だらけだけど、自分でやらなきゃ知識は身につかないわよー?」
「むー、伝説のレシピ本に頼りっきりのメイさんに言われたくないです。レシピ覚えるの、大変なんですからね!」
フィーリは頬を膨らませながら言って、すっかり指定席となりつつある隅の机に腰を落ち着けた。
そんな彼女を見ながら、あたしは思わず笑ってしまう。まさか、フィーリと錬金術について語る日が来るなんて思わなかった。
「……ところでメイさん、時の砂時計のレシピって覚えてますか?」
「それくらい覚えてるわよー。時の砂と、神木フェルツ……って、危ない! 全部言っちゃうところだった! それ、宿題でしょ!」
「……ちっ」
慌てて自分の口をふさぐと、フィーリは明らかに舌打ちをした。
まさか、学園で変な連中と友だちになってるんじゃないでしょうね? 少し心配になってきたんだけど。
「……そっか、時の砂! それがあったわ!」
参考書に視線を戻したフィーリを何とも言えない気持ちで見ていると、あたしの中にとある考えが降ってきたのだった。
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