第五十話『再訪! 錬金術師の隠れ里! その③』



 ……やっとのことで宿屋に帰り着き、一息つく。


 外に出ればまた騒ぎになるかもしれないので、その日はもう外出せず、宿で過ごすことにした。


「わたし、ちょっと宿の中を見てきますね」


 ソファーへ座り込むあたしを見て、フィーリがそう言って扉へと向かう。


 そんな彼女を見送ってすぐ、あたしの意識はまどろみの中へと落ちていった。



「……はっ」


 そして気がつけば、部屋の中はすっかり暗くなっていた。


 ずいぶん長いこと寝ていたようだけど、精神的に疲れていたのだろうか……なんて考えつつ、体を起こす。


 すると窓際に、ランプを持ったフィーリが立っているのが見えた。


「あー、ごめんごめん。フィーリ、お腹空いたんじゃない?」


 謝りながら近づくと、彼女は窓の外を見ていた。


 その視線を追うと、煌々と明かりが灯るマナニケア学園の校舎が目に飛び込んでくる。この宿は、学園の真向かいに建っていたようだ。


「……錬金術の学校、ですかぁ」


 その時、フィーリが誰に言うでもなく呟いた。


「そういえば、フィーリって学校行ったことあるの? 魔法使いの街に住んでいたんだし、魔法の学校とかありそうだけど」


「奴隷だったので、行ったことはないです。魔法は前の買い主さん……マスターに教えてもらいました」


 前の買い主……と言われて、以前フィーリに暴力を振るった男性買い主の顔が一瞬浮かんだけど、彼女が言うのはその前の買い主のことなのだとすぐに理解した。


 それと同時に、あたしはフィーリにとって『買い主』でないのだと改めてわかり、安心感を覚えた。


「時々口にするけどさ、フィーリの言うマスターって、どんな人だったの?」


「マスターはですねぇ……すごい人だったんですよ。わたしに魔法の才能があると見抜いて、字を教えてくれて、たくさん勉強をさせてくれたんです」


 共に過ごした日々を思い出しているのか、顔をほころばせながら言う。


「掃除が嫌いだったり、少しだらしないところもあったんですけど、メイさんみたいに優しくて、料理が下手で……」


 ランプを揺らしながら嬉しそうに話すフィーリを見ていると、胸の内が温かくなる一方、そのマスターさんに嫉妬している自分がいることに気づく。


「……でもある日、マスターは西の国に向かうと言って家を出たきり、帰ってこなかったんですよ」


「……そうなの?」


「はい。旅にはいつも連れて行ってくれるのに、その時ばかりは留守番を言いつけられたんです」


 話を聞く限り、明らかに奴隷と買い主以上の関係になっている。


 それなのに、その時に限ってフィーリを置いていくなんて。よっぽどな事情があったのかもしれない。


「それからは家賃が払えなくなって家を追い出されるわ、路頭に迷っているところを捕まって売りに出されるわ、散々でした」


 フィーリはあっけらかんと言う。やっぱりこの子、10歳ですごい人生歩んでるわねー。


「なるほどねー……それから色々あって、あたしと出会うことになると」


「そういうことになりますね!」


 この話はこれで終わり、と言わんばかりに弾んだ声で言い、フィーリは再び窓の向こうに見える学び舎に目をやる。


「……ねぇフィーリ、学校、通ってみたくない?」


「え?」


 そんなフィーリを見たあと、あたしは自然とそう口にしていた。


「この街にあるのは錬金術の学校だけどさ。学校であることに変わりはないわけで……学校生活ってのも楽しいわよ?」


 努めて笑顔でそう口にする。何故か急に、フィーリに学園生活というものを体験させてあげたいと思ったのだ。


「まさかメイさん、わたしに錬金術を学ばせて、良いように使おうと思ってるのでは……!」


 そんなあたしの気持ちなどつゆ知らず、フィーリはジト目で見てきた。


「そんなわけないでしょー。やっぱり興味ない?」


「学校に通ってしまうと、メイさんと旅ができなくなるので嫌です」


 フィーリは金色の瞳で、まっすぐにあたしを見ながら言った。


 ……この子ってば、それだけあたしのことを大切に思ってくれてるのね。


「……でも、体験入学なら、してみたいです」


 そう内心喜んでいた時、続いてそんな言葉が飛んできた。


 ……なるほど。一緒に旅ができなくなるのは嫌だけど、学園生活そのものには興味があると。


「そーいうことなら、あたしが体験入学させたげようじゃない」


「……はい? メイさん、そんな権限があるんですか?」


「ふっふっふー。伊達に臨時講師してないわよ。学長のロゼッタさんとも知り合いだし、なんとかなるわよ」


 驚くフィーリに対して、あたしはそう言って胸を張る。


 善は急げって言うし、明日にでもロゼッタさんに話を通してみよう。


 そう結論付けてから、あたしは調合スペースに錬金釜を設置。夕食作りを始めたのだった。



 ……翌日。あたしは朝からマナミケア学園の学長室を訪れていた。


「体験入学……ですか?」


「そうなの。フィーリに錬金術を学ばせようと思うんだけど、いきなり入学させるのは敷居が高いし。体験入学が可能なら嬉しいんだけど」


 あたしが用件を伝えると、ロゼッタさんは書類整理の手を止め、考え込む。


「体験入学自体は行っていますが……どういう風の吹き回しです? フィーリさんは魔法使いでしょう?」


「ずっとあたしと旅してるし、多少は錬金術に興味があるみたいなのよ。錬金術の基礎を学ぶのに、この街以上の場所はないしさ」


 この街と錬金術を持ち上げながらそんな提案をし、あたしはロゼッタさんの顔色をうかがう。


「そうですね……しばらくこの街に滞在する気があるのなら、半月ほどの体験入学は可能です。それでも構いませんか?」


 慣れた手つきで書類の山の中から体験入学の願書を探し出しながら、彼女は言う。


 半月も入れれば十分だと、あたしはそれを了承。手渡された書類に、自前の万年筆で必要事項を記入していく。


「えーっと、保護者名はあたしで、入学希望者名が……」


 すらすらと筆を走らせていると、フィーリの名前を書くところで手が止まる。


 ……今思えば、あの子って名字ないわよね。奴隷だから、剥奪されてるとかかしら。


 かくいう自分も転生者なので、名字はないのだけど……なんて考えたあと、とりあえず名前だけ書いておいた。


「……記入漏れもなさそうですね。それでは明後日の早朝、フィーリさんに学園に来るように伝えてください」


 その後、書類のチェックをしてもらうも不備はなく、フィーリの体験入学は無事承認された。


「フィーリをよろしくお願いします。ところで、この学園の制服ってどこで手に入れれば?」


 お礼を言ってから、そんな疑問を投げかけてみる。


「錬金釜専門店はわかりますか? あそこで制服の採寸もしてくれるので、フィーリさんと訪れてください」


 ロゼッタさんは『体験入学許可証』と書かれた紙を手渡してくれながら、そう教えてくれた。


 ふむふむ。あのお店、そんなこともしてくれるのね。


 思い返してみれば、店員さんが学園指定の錬金釜がどうこう言っていたような気もする。いわゆる提携店みたいなものなのだろうか。


 そんなことを考えながら、あたしは今一度ロゼッタさんにお礼を言い、学長室を後にしたのだった。



 ……それから二日が経ち、フィーリの体験入学初日がやってきた。


「うー、やっぱりスカート短いです。なんかすーすーします」


「制服なんてそんなもんよー。ほら、髪結う前にしっかり梳かないと。寝癖ついてるわよ」


 準備万端整えたつもりだったけど、当日になると焦る。あたしも、フィーリも。


「胸元のスカーフ、歪んでるわよ。きちんと鏡見て結ばないと。そうそう、ハンカチは持った? ちり紙は?」


「……まるで母親だね」


 フィーリの周囲を右往左往していると、いつの間にかルメイエが宿屋の部屋までやってきていた。


 久しぶりにその姿を見た気がするけど、今のあたしはそれどころじゃなかった。


「へぇ。似合ってるじゃないか。どこからどう見ても、立派な学生だよ」


 鞄を手にして荷物の最終確認をしていると、ルメイエがフィーリを見上げながら言う。


「えへへー、そうですか?」


 言われた本人は嬉しそうに、その場でくるくると回っていた。


「ほらほら、回ってる場合じゃないわよ。それじゃ、行ってらっしゃい!」


「はい! 行ってきます!」


 チェックの終わった鞄をその胸に押し付ける。フィーリはそれを軽やかに肩にかけると、元気に宿屋から飛び出していった。


 フィーリが人の行き交う大通りの中を駆け抜けて学園へ向かっていくのを、あたしは宿の二階から見守ったのだった。


「……どうやら無事に学園へ向かったようですね」


「へっ?」


 ようやく息をついた時、背後から知った声が聞こえた。振り向くと、そこにはロゼッタさんの姿があった。


「どうしてここに? フィーリの相手、てっきりロゼッタさんがしてくれるものと思ってたんだけど」


「あの子には担当の職員を手配していますので、大丈夫です。何も心配はいりません」


「そうだよ。何も心配はいらないよ」


 ロゼッタさんとルメイエはそう言いながら、笑顔でにじり寄ってくる。


「えーっと、二人ともどうしたの? なんか怖いんだけど」


「……フィーリさんが学校に通うようになったということは、これでしばらく時間的余裕ができましたね」


「余裕ができたね」


「そ、そう言われればそうねー。これからは、まったりスローライフを……」


「……いえいえ。スローライフの前に、メイさんにはやってほしいことがあります」


「そうだよ。メイにも手伝ってもらわなきゃ。一人自由を満喫するなんて、許さない」


 会話の間にも、二人はますます距離を詰めてくる。そして左右から、がっしりとあたしの手を掴んだ。


「メイさん、ちょっとこちらへ来てください」


「悪いようにはしないから、ほら早く」


 そう言うが早いか、二人はあたしの手を引いていく。


 ……突然現れた二人に多少の違和感はあったけど、まさか二人の目的はあたしだったの?


 もしかすると、フィーリの体験入学を認めてくれたことも全部、仕組まれていたとか?


 そんなことを考える間にも、あたしはぐいぐいと引っ張られていく。


 ちょ、ちょっと! どこに連れていくのよー!?


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