第四十九話『再訪! 錬金術師の隠れ里! その②』



 ロゼッタさんやルメイエと別れたあと、あたしとフィーリは街の中央通りを歩く。


「見たことのないお店がいっぱいあります。あれ、何のお店ですか?」


「あそこは素材ショップねー。魔法使いの国って、こういう専門的なお店なかったの?」


「……ほうき専門店とかあったような気もしますが、あまり入ったことはないです」


 キラキラと瞳を輝かせたまま、フィーリが言葉を紡ぐ。


 錬金術の道具は変わったものが多いし、彼女にとっては見るもの全てが珍しいのだろう。


「あのお店はなんですか? メイさんが使っているような釜がいっぱい並んでいます」


「錬金釜の専門店よー。入ってみる?」


「はい! 気になります!」


 予想以上に興味津々のフィーリに苦笑しながら、あたしはお店の扉に手をかけた。


「……って、あれ?」


 表から見える位置にはたくさんの錬金釜が並べられていたものの、店内は何も置かれていない広い空間が目立っていた。


「おっかしーわねー。以前はお店の中にも、所狭しと錬金釜が並んでいたのに」


 思わずそう口にしながら、周囲を見渡す。明らかに展示されている錬金釜の種類が減っている。


「これはいらっしゃいませ。メイの錬金釜をお求めでしょうか?」


 そんな時、女性店員さんが営業スマイルを浮かべながらあたしたちの傍へとやってきた。笑顔だけど、どこか疲れているようにも思えた。


「申し訳ありませんが、メイの錬金釜は現在入荷待ちとなっております。入荷時期は未定でして……」


 続けてそう言い、壁の一点を指し示す。そこには一枚の張り紙がされていて『メイの錬金釜・現在入荷待ち』と書かれていた。


「あーいえ、別にそういうわけじゃなくて……この子が……」


「……もしかして、普通の錬金釜をご所望だと!? それはそれは! ありがとうございます! こちらにどうぞ!」


 ……次の瞬間、店員さんのテンションが明らかに変わった。


 いやいや、買うつもりはなくて、見に来ただけですー……なんてとても言えず、あたしたちは店員さんに案内されるがまま、並べられた錬金釜へ近づいていく。


「いやー、メイの錬金釜が人気なのはわかるんですが、そのせいで普通の錬金釜をお買い求めになるお客さんがめっきり減ってしまいましてー。専属の錬金釜職人たちと頭を悩ませていたところなんですよー。そちらは妹さんですか? もしかして学園に入学予定です? マナニケア学園公認の錬金釜はこちらになりまして、今なら半額セール中……」


 ニコニコ顔のまま、彼女のマシンガントークは止まらない。どうやらこの人、店員さんである以前に、なかなかの錬金釜マニアのよう。


 それに気づいたあたしはフィーリと顔を見合わせるも、もはやどうすることもできず。そのまま彼女の錬金釜談義に付き合う羽目になってしまった。


 ……そして一時間あまりが経過し、あたしたちは根負け。初心者向けの錬金釜を買う羽目になった。


 2000フォルの出費は痛かったけど、店員さんの熱意はいやというほど伝わってきた。ここは、そんな彼女の思いに少しでも応えることができたと思うことにしよう。


「……わたし、錬金術やるんですか?」


 店を出た直後、錬金釜が収まった容量無限バッグに視線を送りながらフィーリがなんとも言えない顔をする。


「この際、手を出してみるのもありかもしれないわよー。いっそ、学校に通ってみるとか」


「……勉強は好きですが、この街には錬金術の学校とかあるんです?」


「あるわよー。向こうにある大きな建物がそう。中には入れないけど、見に行ってみる?」


「はい!」


 そう言って駆け出すフィーリについていく。


 やがて白い柵に囲まれた、クリーム色の校舎が見えてくる。


 街のどこからでも見える、一際大きな建物。それが錬金術の学校、マナニケア学園だった。


 ……ちなみに学園に向かう道中、気になって見てみたけど、それなりに繁盛していたはずの貸しスペース屋は廃業していた。


 元々、集中して長時間調合作業を行うための場所だったはずだし、メイの錬金釜の普及によって調合時間が短縮されたことで、施設としての需要がなくなってしまったのだろう。


 錬金釜が売れなくなった話を聞いた時にも思ったけど、技術革新の裏で消えていくものがある……悲しいけど、それが現実のようだった。


「大きな建物ですねぇ。それに、同じような服を着た人たちがたくさんいます」


「制服よー。学生は皆あの服を着て学校に通うの」


 目を見開くフィーリにそう答えてあげながら、周囲を見渡す。


 ちょうど放課後なのか、正門から多くの学生たちが出てきていた。中にはフィーリと同じくらいの歳の子もいる。


 ……もしかしてこの学園、初等部とかあるのかしら。


「あっ、もしかしてルメイエ先生!?」


「ホントだー! お久しぶりです!」


 ……その時、学生たちの中からあたしに向けて声が飛んできた。


 思わず視線を向けると、そこには三人の男女がいた。


 記憶をたどってみると、以前この学校で臨時講師をした時、その授業に参加していた生徒たちだと思い出した。


 名前は確か……一番に声をかけてきた赤髪の男子がルシアで、その隣の緑髪のツインテールの子がミネットだったっけ。


 もう一人の眼鏡の子は……委員長さんだったのは覚えているけど、名前は聞いていなかった気がする。


「覚えててくれたのねー。三人とも、元気にしてた?」


「はい! ルメイエ先生こそ、戻ってきたんですね!」


「へっ? まぁ、少しの間だけねー」


「そうそう! 先生、これ見てくれよ! 新しい錬金釜のおかげで、こんなものも作れるようになったんだぜ!」


 どこか懐かしい気持ちになっていると、ルシアが嬉々としてあたしに一枚の地図を見せてくる。それは万能地図だった。


「へー、万能地図、調合できるようになったの?」


 以前臨時講師をした時は、万年筆の調合すらまともにできなかったというのに。今や立派な万能地図を作るまでに至っていた。


 それだけ、あたしが作った錬金釜の影響は大きいということだろうか。


「ルシア、卒業したら冒険者になるんだもんねー」


「おう! 万能地図は旅の必需品だもんな!」


 ミネットが茶化すように言うも、ルシアは少年らしい笑顔を見せる。


「委員長は最近、ポーション極めてるんだもんね。相変わらず地味だよねー」


「……だってルシアってば、最近は冒険の予行演習だとか言って、毎日傷だらけなんだもの。私がポーションを作らないと、そのうち倒れちゃいそうで」


 同じくミネットに言われ、委員長が消え入るような声でそう口にした。


 ……この二人、もしかして付き合ってるのかしら。うーん、青春ねー。


「……ところで気になっていたんですが、ルメイエ先生って誰です? この人はメイさんですよ?」


 そんな会話をしていると、フィーリが不思議そうにあたしの顔を見ながら言った。


 ……そういえば、彼らには誤解されたままだった。この際、きちんと説明しておこう。


 というわけで、あたしは伝説の錬金術師ルメイエではなく、旅する錬金術師のメイなのだ……と丁寧に説明し、これまで騙していたことを陳謝した。


「……ということは、あのメイの錬金釜を作ったメイさんなんですか?」


「すっげー。サインください!」


 すると、彼らは全く気にしないばかりか、そう言って尊敬の目であたしを見てきた。


 加えて、その会話が耳に入ったのか、周囲を歩いていた学生たちも足を止めて一斉に視線を向けてくる。


「……まさか、あの人がメイさん?」


「ロゼッタ学長が言っていた、凄腕錬金術師の?」


 どこからともなく、そんな声も聞こえてくる。


 まさかとは思うけど、例の錬金釜を作って広めた結果、あたしはこの街でルメイエと同じくらい有名になってしまったのでは?


「そ、それじゃー、これからも勉強頑張って! フィーリ、逃げるわよ!」


 あたしは背後のフィーリにそう声をかけながら、素早く飛竜の靴を履く。


 そしてその手を取ると、一目散にその場から逃げ出したのだった。


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