第四十八話『再訪! 錬金術師の隠れ里! その①』
やがて夜になった。
この飛行船は数名の乗組員によってコントロールされていて、夜間だろうと無数のライトを頼りに航行を続けていた。
むしろ鳥が飛んでいない分、夜のほうが安全に飛行できるのかもしれない。
一度操舵室にお邪魔してみたところ、中央に置かれた万能地図を頼りに、操縦士さんが船を動かしていた。
ゲームとかでよく見る、ワールドマップを見ながら飛空艇を動かすあれと似た感覚のようだ。
超進化した錬金術にあたしは言葉を失いつつ、宿泊用の部屋へと戻る。
といっても、少しでも船体を軽くするためか、飛行船内部に余分なスペースはなく、あたしたちは全員ロゼッタさんの部屋で寝泊まりすることになっている。
「すごすぎて言葉も出ないわねー。この飛行船が量産されて空を飛びまくるようになったら、それこそ移動手段の革命ねー」
「飛行船の調合には膨大な量の素材が必要ですので、おいそれと量産はできませんよ。二号機の調合予定はありませんし、今回の飛行も試運転を兼ねたもので、本格的な運用は未定です」
部屋に戻ってそう口にすると、皆の寝床を用意してくれていたロゼッタさんが苦笑する。
確かにいくら錬金術が進歩したとはいえ、その調合に素材が必要なことに変わりはない。
これだけ巨大なものを作る場合、さぞかし大量の素材が必要になるのだろう。
「そういえば、この飛行船の燃料って何?」
「テンカ石です。たくさんあるに越したことはないので、積めるだけ積んで飛行しています」
「うひー、それじゃあ、燃料をくべるだけで大変ねー」
「言ったでしょう。まだ試作段階だと。乗組員の多くは、錬金エンジンに絶えず燃料を補給するために搭乗しているのです」
ロゼッタさんは眼鏡の位置を直しながらそう口にした。試したことはないけど、テンカ石は火打ち石のようなものなので、専用の炉で燃やすと石炭のようにエネルギーを発生させるのかもしれない。
……そんなことを考えているうちに、ベッドが完成した。
それは元からあったベッドの周囲にソファーや椅子を寄せ集め、クッションやシーツをかけてサイズを大きくしたものだった。
「なにぶん狭い船内ですので、これで我慢してください。明朝には錬金術師の街に到着する予定ですし、一晩の辛抱です」
「……ロゼッタと一緒に寝るなんて、何十年ぶりだろうね」
そう言ってから着替えに向かったロゼッタさんの背を見送った直後、ルメイエが呟く。
「ルメイエってロゼッタさんと幼なじみだって聞いたけど?」
「そうだよ。何もなかった砂漠の地下に、一緒に秘密基地を作ったんだ。懐かしいよ」
彼女はそう言うと、もそもそとベッドの中へと潜り込んでいった。
それからロゼッタさんが戻ってくるのを待って、あたしとフィーリも同じようにベッドに入り、目を閉じたのだった。
……そして翌朝、飛行船は錬金術師の街の上空に到着した。
「むー、どこに街があるんですか? 見渡す限り砂だらけですよ?」
眼下に見える砂の海を見ながら、フィーリは首を傾げる。
「……そういえば、フィーリは錬金術師の街、初めてだったわねー。きっと驚くわよー?」
あたしがそう伝えるも、フィーリはいぶかしげな顔をしたままだった。
その間にも飛行船はゆっくりと高度を下げ、やがて縄ばしごが下ろされた。
それから半信半疑のままのフィーリを連れて砂漠へと降り立つと、隠されるように設置されたワープ装置をロゼッタさんが起動させる。
一瞬の光に包まれた後、あたしたちは地下にある錬金術師の街へと空間転移した。
そこには以前と同じドーム状の黒い天井に覆われた街があった。
上空に浮かぶ、ちょっと頼りなさげな明るさの人工太陽も、それに照らされるカラフルな街並みも、以前のままだ。
「はー、ここ、砂漠の下なんですよね? いったいどうやってこんなところに街を……」
フィーリは初めて見る錬金術師の街に興味津々といった様子で、キョロキョロと周囲を見渡す。
あの飛行船を見た限り、この街の錬金術がどれだけ進歩しているのか気になっていたのだけど……今のところ、見てわかる変化はないようだ。
「……ボクの作った人工太陽、まだ動いているんだね」
「ええ、時間のずれもほとんどなく、正確に動き続けていますよ。さすが伝説の錬金術師の作品ですね」
ロゼッタさんからそんな言葉を返されたルメイエは、どこか気恥ずかしそうに顔を背け、静かに歩き出した。
あたしたちもそれに付き従うように、街の中へと足を踏み入れる。
……すると、次第に違和感を覚えるようになってきた。
まず、街全体が活気に溢れている。
以前も活気はあったのだけど、あの時以上に街全体が明るいのだ。
歩みを進めながら近くの家を見ると、全自動草刈り鎌が庭草を切り整える光景が目に飛び込んでくる。
かと思うと、自律人形を連れて歩く人の姿も見える。
街の各所で使われている錬金術の道具、その数が明らかに増えていた。そのどれもが、前回訪れた時には見なかったものばかりだった。
「驚きましたか? 新しい錬金釜のおかげで調合が容易になった結果、様々な道具が一般化したのです」
「すごいわねー。なんか皆、楽しそうだし」
「日々新しい技術が生み出されるのですから、それは楽しみでしょうね。とはいえ、錬金術による技術革新はこの街だけの現象です。外の世界に広がっていくには、まだまだ時間がかかるでしょう」
ロゼッタさんはそう言った後、錬金術は未だ、怪しげな術と思われていますから……と付け加えた。
「そりゃそうよねー。この街みたいに錬金術が根付いてる土地のほうが珍しいのよ」
思わず笑いながら言う。あたしが旅したほとんどの街や村では、錬金術は知られてもいない。
この世界は、錬金術不毛の地なのだ。
「ですが、メイさんの錬金釜のおかげで錬金術師は今後魔法使いと並ぶ力を持てるようになるかもしれません。少なくとも希望は見えましたし、これから錬金術師を志す者はますます増えるでしょう」
そう言うロゼッタさんの顔には、確固たる自信が見てとれた。
……それからしばらく街の中を歩いた後、ロゼッタさんはあたしたちの宿を手配してくれた。
「街まで案内してもらった挙げ句、宿まで確保してもらっちゃって、悪いわねー」
「いえ、これから私たちは用事がありますので。メイさんたちはしばらくの間、この宿を拠点に錬金術の街を楽しまれてください」
「ロゼッタさん、ありがとうございます!」
「わかったよ。頑張ってね。ロゼッタ」
「……ルメイエ、何を当然のようにメイさんのそばにいるのですか。あなたはこっちです」
何食わぬ顔でフィーリの背後から手を振っていたルメイエを、ロゼッタさんが引きずり出す。
「イヤだ! 離して! ボクもスローライフしたい!」
「駄々をこねないでください。ここまで来たのですから覚悟を決めて。まずはレシピ研究所の皆さんにご挨拶です。それから学園のほうにも顔を出してもらって……」
「うわーん! こうなると思ったから帰りたくなかったんだー!」
泣き叫ぶルメイエを、ロゼッタさんはずるずると引っ張っていってしまった。伝説の錬金術師の威厳も何もあったもんじゃない。
「傍から見てると幼なじみって言うより、おばあさんと孫って感じよねー」
「本当ですねー」
呟くあたしに相槌を打ちながらも、フィーリは心ここにあらず。遠くに並ぶお店に興味津々のようだった。
しょーがないわねー。それじゃ、久しぶりの錬金術師の街、フィーリと一緒に楽しみますか!
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