第四十七話『錬金術超進化論!?』



 ロゼッタさんと一緒に行くと決めたあたしたちは、図書館島を管理しているカーナさんに挨拶をしにいく。


「皆さん、お帰りになるのですね。またのお越しを、お待ちしています」


「カーナさん、ありがとねー」


「お世話になりました!」


 口々にお礼を言うと、柔らかな微笑みを浮かべて見送ってくれた。


 そんな彼女と別れ、図書館の港へ向けて歩き出す。


「……ところでロゼッタ、キミはどうやってここまで来たんだい? 海賊が出るから、図書館島行きの船はないはずだよ?」


 先頭を行くロゼッタさんにルメイエがそう尋ねる。確かにどうやって来たのだろう。


「ふふ、実はあれに乗って来たのです」


 そして彼女が指差した先には、巨大な船があった。


 いや、見た目は船なのだけど、その甲板にはいくつものプロペラがついている。


「こ、これってまさか……空飛ぶ船?」


「さすがメイさん。ご存知でしたか。これは飛行船です」


 とっさにそう口に出すと、ロゼッタさんは少し驚いた顔をして言った。


 ……ええまぁ、知っていますとも。ゲームとかだとよく出てくるしさ。この目で実物を見ることになるとは思わなかったけど。


「……この世界、飛行船があったの?」


「ありました。いえ、正確にはレシピとして存在していた、ですね」


「レシピ……ってことは、まさか」


「そうです。これは錬金術で生み出されたものなんですよ」


 その言葉を聞いて、あたしは言葉を失った。


「いやいや……ロゼッタ、ありえないよ。確かにボクは以前、飛行船のレシピを発見した。けれど、あまりにも部品の調合に時間がかかりすぎるからと、作るのを諦めたんだ。それを、いったいどうやって……」


 そそり立つ壁のような船体を見上げながら、ルメイエがあたしの代わりに言葉を紡ぐ。フィーリに至っては話についていけず、口と目を丸くして完全に固まっていた。


「詳しいことは空の上でお話しましょう。さぁ、どうぞ」


 ロゼッタさんは自信ありげに言い、飛行船の甲板から伸びた縄ばしごに手をかけた。



 ……あたしたちが乗船してしばらくすると、飛行船は大きな音を立てながら空へと舞い上がった。


 なるほど。これなら海賊がいようが関係ない。


 ちなみに、あたしたちが乗ってきた魔導船まどうせんは空間法則を無視して容量無限バッグへと収納されている。


 魔導船もなかなかにすごい道具のはずなんだけど、この飛行船を前にしたらその存在も霞んでしまう。


「……船が空を飛んでいます。こんな大きいものが」


「あんまり端に行くと落ちるわよー」


 甲板の縁を持ちながら下を覗き込むフィーリにそう声をかけながら、あたしもその隣に立つ。


「それにしても、群島の街もこんな乗り物で来られちゃ商売上がったりでしょうねー」


 はるか眼下の諸島群を見つつ、そんな言葉を漏らす。


「問い合わせたところ、自前の船なら図書館島まで移動可能と言われたので、この『船』で来たのです」


「まさか空を飛んでくるなんて思わないでしょうしねー」


 からからと笑っていると、船内を調べに行っていたルメイエが戻ってきた。


「船の骨組みは錬金鉄骨だね。それに機関室も見たけど、あの錬金エンジンは調合に半年はかかるはずだよ。しかも調合成功率は極めて低い。それを4基も。いったいどうやって調合したんだい?」


「あらあら、すっかり錬金術師の顔になっていますよ。ルメイエ」


「ごたくはいいよ。ロゼッタ、そろそろ話しておくれ」


 笑顔で言うロゼッタさんを、ルメイエは一蹴する。


 それで何かを察したのか、彼女も真剣な表情になり、あたしたちに一緒についてくるように促した。


 ……そんなロゼッタさんに案内されたのは、船内のとある部屋だった。


 書類が乱雑に置かれた机や、本が積み重なって役目を失ったベッドが置かれた部屋の中央に、大きな錬金釜が置かれている。


 四本脚にモスグリーンの見た目は、どこかあたしの持つ究極の錬金釜を連想させた。


「……これは、メイの錬金釜です」


 ロゼッタさんはその錬金釜を指し示しながら、大真面目な顔で言った。


 ……その直後、フィーリとルメイエの視線が同時にあたしに向けられた。


「へっ? あたし、何も知らないわよ?」


 二人の顔を交互に見ながらそんな言葉を返すも、ロゼッタさんは表情を変えずに続ける。


「ご冗談でしょう。以前錬金術師の街を訪れた際、レシピ研究所にこの錬金釜のレシピを残してくれていたではありませんか。ご丁寧に名前まで決められて」


「え? あー……」


 ……言われて思い出した。


 そういえばあたし、あの街の錬金術発展のために新しい錬金釜のレシピを書き残しておいたんだっけ。


「じゃあ、この錬金釜がそうなの?」


「ええ。メイさんが教えてくれたこの錬金釜は、これまで存在していたどの錬金釜より調合時間が短く、それでいて成功率は格段に上がっているのです」


 ロゼッタさんは目の前にある錬金釜に触れながら言った。


「もちろん、このメイの錬金釜を最初に調合するのは至難の業でした。ですが一度成功してしまえば、あとは完成したメイの錬金釜を用いることで、短期間で同じ錬金釜を量産することができたのです」


「じゃあ、今はこの錬金釜が、いっぱいあると……」


「そういうことになりますね」


 ロゼッタさんは興奮気味に言う。


「……なるほどね。本来なら調合に膨大な時間がかかるはずの飛行船の部品も、メイの錬金釜を使えばそこまで時間をかけずに調合できてしまうわけか」


「その通りです。この飛行船の調合に要した時間は半年ほど。その間に、ルメイエがレシピ研究所に残したレシピの多くも解明され、調合可能となっています」


「そ、そうなの……?」


 それを聞いたルメイエは明らかに動揺していた。


 以前レシピ研究所で見たルメイエのレシピは所々必要素材が欠落していて、その多くが未完成だった。


 あたしも伝説のレシピ本を使って多少補填はしたけど、それでも詳細不明のレシピが山のようにあったはず。


 新しい錬金釜によって調合速度が上がったということは、これまで調合時間の関係で試行錯誤すらままならなかったレシピ研究も飛躍的に進歩した……ということらしい。


「じゃあ、ロゼッタさんが万能地図を持っていたのも……?」


「ええ。メイの錬金釜を使ったからに他なりません。これはまさに、錬金術の革命です」


 彼女はそう言って、心の底から誇らしげな顔をした。


 ……これまでは時間がかかる上、失敗も多かったこの世界の錬金術。


 あたしが書き残したレシピによって、それがより実用的な技術へと変わった。


 にわかには信じられない話だったけど、この飛行船が何よりの証拠だった。


 ……錬金術の革命。実に的を得た言葉だった。



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