第四十六話『やってきた客人』


 フィーリに連れられて宿泊棟に戻ってみると、そこには見知った顔があった。


「これはメイさん、お久しぶりです」


 ワインレッドの長髪を束ね、眼鏡をかけた女性。彼女は以前、錬金術師の街で出会ったロゼッタさんだった。


「え、ロゼッタさんがどうしてここに?」


「メイさん、この人を知ってるんですか?」


 フィーリはあたしとロゼッタさんの顔を見比べ、頭に疑問符を浮かべていた。


「知ってるも何も、この人はね……」


 そんなフィーリのために、あたしはロゼッタさんと出会った経緯を話して聞かせた。


 偶然たどり着いた錬金術師の街で伝説の大錬金術師に間違われたところを、街の有力者である彼女に救ってもらったことや、ルメイエの親友であることなどだ。


「……お話はわかりましたが、どうしてそんなすごい人がこんな場所に?」


「それはあたしも気になってたのよー。ロゼッタさん、どうしてここに?」


「元々、とある本を探しに来たのですが……それはもう、どうでも良くなってしまいました」


 思わず尋ねると、ロゼッタさんはそう言いながら部屋の奥へと視線を送る。


 そこにはベッドに潜り込み、未だに震えるルメイエの姿があった。


「……まさか、こんなところでルメイエと出会えるなんて思いませんでした」


「チ、違ウヨ。ボクハソンナ名前ジャナイヨ」


 次の瞬間、ベッドの中から明らかに声色を変えたルメイエの声がした。


「嘘をおっしゃい! どんなに隠れても、この地図にしっかりと名前が表示されていますよ! ルメイエ!」


 手持ちの地図を叩きながら声を張り上げる。そこにあるのは、どう見ても万能地図だった。


「……ロゼッタさん、どうして万能地図を持ってるの?」


 それを見て、あたしは驚愕する。


 ロゼッタさんの住んでいる錬金術師の街は、この世界では錬金術が浸透しているほうだけど、あたしの錬金術に比べると明らかにレベルが劣っていた。


 それこそあたしなら一瞬で終わる万年筆の調合に、30分はかかっていた覚えがある。


「ふふ……色々ありましてね。調合に成功したのですよ。おかげでほら、ルメイエの名前もバッチリです」


 そう言って見せてくれた万能地図には、あたしやフィーリの名前に加えて、しっかりとルメイエの名前が表示されていた。


「あー……これは言い逃れできないわねー」


「そういうことです。なので、ルメイエがいくら姿を隠そうと、お見通しなのです」


「はぁ……仕方ないなぁ……」


 ロゼッタさんがそう言った直後、大きなため息が聞こえ、ルメイエがもそもそとベッドから這い出てきた。


「……あらまぁ、可愛らしい姿になってしまって」


 その人形のような容姿を目にしたロゼッタさんは口元に手を当て、驚いた表情を見せる。


 本来のルメイエはロゼッタさんと同い年だという話だし、驚くのも無理はない。


「見た目なんてどうでもいいじゃないか。それこそ、色々あったんだよ……」


 ルメイエは腰に手を当てながら言い、これまで自分の身に起こった出来事をロゼッタさんへ説明する。


「……若返りの薬で30年近く若返ったところに、異世界からメイさんがやってきて体を取られたと。にわかには信じられない話ですね」


「全部本当のことなんだよ。信じられないとは思うけどさ」


「いえいえ、もちろん信じますとも。親友の言葉ですし、メイさんの体がかつてのルメイエのものだというのなら、過去の出来事も色々とつじつまが合います」


 ロゼッタさんはそう言いながら、あたしとルメイエを交互に見る。


 過去の出来事とは、初めて出会った時にあたしとルメイエを見間違えたことを言っているのだろうか。


「それでも、人形の体で旅をするというのは不便でしょう。一度、錬金術師の街に戻りましょう」


「……イヤだ! ボクは帰らないよ!」


「見た目が子どもになったからって、わがままを言わないでください。お二人にも迷惑をかけているのでしょう?」


 そう口にしながら、ロゼッタさんはあたしたちを見る。


「いやいやいや、あたしたちは迷惑だなんて思ってないわよ!」


「そ、そうですよ!」


 眼鏡越しの鋭い視線に射抜かれながら、あたしとフィーリはそう口をそろえる。


「例えそうでも、ルメイエには一度錬金術師の街に戻ってもらいます。あの街は今、大変なことになっているのですから」


「大変なこと?」


 続くロゼッタさんの言葉を聞いて、あたしとルメイエは声を重ねた。


「そうです。ここで説明するより、実際に来てもらったほうが早いと思うのですが」


 その口ぶりからして、ルメイエを連れ戻すための方便……というわけでもなさそうだ。


 あたしたち三人は顔を見合わせたあと、ロゼッタさんについていくことを決めたのだった。


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