第四十五話『絵本を旅する錬金術師!?・その⑤』
あたしたちは旅を続け、最後の家来が待つ山の頂上へとたどり着いた。
「どうも」
「ブラッドさん!?」
そこにいたのは、吸血鬼の街で出会った吸血鬼、ブラッドさんだった。
この人、いたわねー。転生者なんだけど、存在感ないからすっかり忘れてた。
「魔女さん、その真珠をくれないかい? そうすれば……」
「あー、はいはい。あげるわよ。ちなみに、あたしは錬金術師だから」
三回目ともなれば、もう慣れたもの。あたしはフランクに言葉を返して、彼に真珠を手渡した。
「ありがとうございます。貴女様のため、必ずや盗賊たちを退治してご覧に入れましょう」
何か言ってたけど、あえて突っ込まなかった。それより、吸血鬼だから噛みつく……つまり犬の枠ってことかしら。うーむ。
彼がやる気に満ち溢れる一方、あたしは頭を抱えていた。
騎士と青い鳥、吸血鬼……このパーティーで40人の盗賊相手に勝てるのかしら。
一抹の不安を抱えつつ山を下り、あたしたち一行は盗賊のアジトへと向かった。
「ついたー。結構遠かったわねー」
山を下りた先にあった荒野を少し進むと、目の前に大きな岩の扉が現れた。
「いよいよクライマックスっぽいわねー。皆、準備はいい?」
そう声をかけてみたものの、ランスロットさんが剣を抜いた以外、特に動きはない。
……まぁ、準備万端だってことにしておこう。うん。
「……正直不安しかないけど、ここまで来たらどうにでもなれ! ひらけー、ゴマ!」
重厚な扉に向かってそう叫ぶと、地響きを立てながら左右に割れていく。
開いてくれたから良かったものの、あの合言葉、実際に口にしてみるとすごく恥ずかしかった。
そんな感情を押し殺しながらアジト内部に足を踏み入れると、そこには予想通り、40人の盗賊が待ち構えていた。
「げ……ライアス王子がいっぱい!?」
そこにいた40人の盗賊は全員が全員、以前人魚の国で出会ったタコ王子と同じ顔をしていた。
もちろん盗賊なので、下半身は人間のそれなのだけど、同じ顔がズラッと並ぶ光景は圧巻を通り越して、不気味だった。
「おや、お客さんかな。その扉は合言葉を言わないと開かないはずだけど」
「えーっと、オーロラ姫の妹さんを返してもらいに来たわよ!」
「……誰かと思えば、オーロラ姫からの差し金か。彼女も執念深いね」
集団の中心を指差しながらそう口にするも、彼らは動じる様子はなかった。
「盗賊のアジトにわずか数人で乗り込んでくるなんて、シャチの前に出るイワシだね」
……独特の言い回しだけど、つまりは無謀だって言いたいわけね。
そんな彼らの背後には巨大な金魚鉢のようなものがあって、そこに人魚らしき姿があった。どうやらあれが妹さんね。
まだ無事のようだし、この盗賊たちはさっさと片付けちゃいましょ。
「……もしや、君はあの時の錬金術師さんじゃないかい?」
「へっ?」
家来たちに攻撃指示を出そうと思った時、一番奥に座っていたライアス王子が立ち上がり、あたしの顔を見ながら言った。
全員顔は同じなんだけど、身につけた装飾品が豪華なところからして、彼がボスのようだ。
「……まさか、あたしを覚えてるの?」
絵本の中だから関係ないと思いつつも、錬金術師と呼ばれて一瞬嬉しくなり、そんなことを口走る。
「ああ、僕の初恋の人に瓜二つだ」
「……明らかに違います。他人の空似です。人違いです」
続く言葉に一気に興奮が冷めたあたしは、できるだけ冷たい声でそう言い放つ。
「……確かに、あの錬金術師さんがこんなところにいるはずがないね。つまり君は、錬金術師の名を語る不届き者というわけだ」
「い……いやいや、あたしは本当に錬金術師だけど!?」
慌てて弁解するも、彼らは腰から下げた剣を一斉に抜き放った。
あっれー、展開が急に時代劇っぽくなってない? 印籠とか持ってないし、ここは戦うしかなさそう。
「……ええい、あんたたち、やってしまいなさい!」
直後、あたしは三人の家来たちに号令を飛ばす。
すると彼らは猛烈な勢いで敵陣へと突っ込んでいき、敵味方入り乱れての戦いが始まった。
騎士は斬りかかり、吸血鬼は噛みつき、青い鳥は目を突っついて盗賊をやっつけていく。
また桃太郎っぽくなってきた……なんて考えつつ、物は試しと爆弾を投げ込んだりしてみたけど、地面を虚しく転がるだけだった。
やっぱり、この世界では道具が使えないらしい。
というわけで、戦えないあたしは一人後退して、予想外に頼もしい家来たちの戦いを見守ることにした。
……やがて30分もしないうちに、家来たちは40人の盗賊を圧倒。戦いは終わってしまった。
「……妹を助けていただいて、ありがとうございました」
「うわぁお」
あたし、本当に出る幕なかったなぁ……なんて考えていた時、何の前触れもなくオーロラ姫が現れた。
ここ、海からだいぶ離れてるんだけど……色々設定無視してない? 大丈夫?
「それで……妹さんって、あの金魚鉢の中にいる人魚よね?」
そう言いながら奥の金魚鉢を指差すと、そこには見慣れた顔の人魚がいた。
「はい。妹のフィーリ姫を助けていただいてありがとうございます」
「いやいや、人魚姿のフィーリは確かに可愛いけど、もうめちゃくちゃじゃないのよー!」
思わず叫んだのと時を同じくして、周囲の景色が白んでいく。
すったもんだありつつも、どうやらこの物語は終わりを迎えたらしい。あたしとしては不完全燃焼で、微妙に納得できないけどさ。
――どう? 面白かった?
……周囲が完全に白く染まった時、目の前に輪郭だけの少女が現れて、そう声をかけてきた。
「あー、なんか色々なお話が混ざってたけど、面白かったわよ」
――ふふ、小さい頃に聞いたお話を混ぜ合わせたの。ちなみに登場人物は全て、あなたの記憶の中にいる人物を投影しているわ。
「そーでしょーねー。これでもかってくらいにわかりやすかったわよ。ところで、あなたはあの絵本の作者さん?」
――そういうことになるわね。この本を読んでくれたのは、あなたが初めてよ。
姿はわからないけど、その子はどこか嬉しそうな声色で言った。
――せっかく書いた絵本だし、誰かに読んでもらおうと夜な夜な本を光らせていたの。念願叶ってよかったわ。
「光らせてたりしたら、不気味に思って普通は誰も近づかないわよー。それ以前に、今の図書館島には自律人形のカーナさん以外、人はいないの」
――そうなのね……魂がある人じゃないと、このお話は体験できないから。残念だわ。
そう言ってため息をついた。そういうことなら、自律人形のカーナさんに体験してもらうわけにもいかないわね。
「……メイさーん、ちょっとー。メイさーん。なんでこんなところで寝てるんですかー」
その時、どこからともなくフィーリの声が聞こえてきた。
――あら、呼ばれてるわね。それじゃ、楽しませてくれてありがとう。
「あ、ちょっと待って。最後に教えてよ。あなた、名前は?」
彼女の気配が霧散していくのを感じて、慌ててそう問う。
――マリエッタよ。バイバイ、錬金術師さん。
その言葉を最後に、真っ白い世界は暗く閉じられ、あたしの意識も闇に落ちていった。
○ ○ ○
「メイさーん、起きてください!」
「ふぁ!? い、妹さん!?」
次に気がついた時には、あたしは蔵書棟の通路に仰向けにひっくり返っていた。
覗き込んでくるフィーリの向こうに、薄暗い天井が見える。
「……はい? わたしは妹でもなんでもありませんが。寝ぼけてるんですか?」
「あー、ごめん。変な夢見ちゃって」
上体を起こしてから、ぶんぶんと頭を振る。今までの出来事は本当に夢だったのかしら。
そんな事を考えた矢先、あたしは手の中に大きな宝玉があることに気づいた。
それはまるで黒真珠のようで、淡い光沢を放っていた。あたし、なんでこんなもの持ってるのかしら。
「それよりメイさん、大変なんですよ! わたしにはよくわかりませんが、すごい人が来たそうなんです!」
「へっ、すごい人?」
「そうです。ルメイエさんは部屋の奥で震えてますし、わたし、どうしたらいいかわからなくて」
あのルメイエが? 震えてる? どういうことかしら。
手にした宝玉を容量無限バッグにしまいながら、あたしはますます困惑する。
「いいから早く来てください!」
フィーリはあたしを引き起こすと、そのまま自分のほうきへとまたがり、蔵書棟の出口へ向かって飛んでいく。
あたしも放置していた絨毯へと飛び乗ると、急ぎフィーリの後を追ったのだった。
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