第五十六話『時を旅する錬金術師・その①』
……やがて時間移動が終わり、その身を包んでいた光が消え去ると、猛烈な砂嵐が襲ってきた。
「うぎゃーーー! ぺっぺっぺ!」
思わず叫んだ拍子に、口の中に大量の砂が飛び込んでくる。
それを必死に吐き出しながら、その場に身をかがめる。
目も開けられないし、ここは迅速に安全な場所へ避難しないと!
とっさにそう判断し、手探りで容量無限バッグを漁る。
やっとのことで引っ張り出した万能テントに、体を滑り込ませた。
「はー、さすがに40年前の天気までは予想できないわよー」
全身についた砂を払い落としながら、あたしはため息をつく。
「いきなり砂嵐に遭うとか、前途多難だわ……早く止んでくれないかしら」
時々揺れるけど、このテントはかつて猛吹雪にも耐えたことがあるし、今回も大丈夫だと思いたい。
「それにしても……本当に時を超えちゃったのかしら」
砂をあらかた落とし終わってから、万能地図を開いてみる。
そこには、先程まであったはずの錬金術師の街はなく、砂漠がどこまでも広がっていた。
あの街はルメイエが若い頃に作ったという話だし、どうやら時間移動には成功したようだ。
「あとは、この砂漠のどこかにあるオアシスでブルーローズを見つけなきゃいけないんだけど……って、あれ?」
二本の指で万能地図を操作し、オアシスの場所を確認しようとした時、テントのすぐ近くに人の名前が表示されているのを見つけた。
砂嵐に耐えながらも進んでいるのか、ゆっくりと動いている。
「この二人って……もしかして……」
その様子を見ながら、あたしは困惑していた。表示されている名前に見覚えがあったからだ。
そうこうしていると、二人は万能テントの存在に気づいたらしく、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「だ、誰かいるのかい!? 砂嵐で困っているんだ。中に入れておくれよ!」
ややあって、テントの扉がノックされ、そんな声が飛んできた。
あたしは一瞬躊躇するも、意を決してその扉を開け、二人をテントの中へと招き入れた。
「いやー、ありがとう! 助かったよ!」
「お姉さん、ありがとうございます」
やがて中に入ってきたのは、二人の少女だった。
彼女たちはテントの入口で全身の砂を払い落としながら、お礼の言葉を口にする。
「ボクはルメイエ。それで、こっちの赤髪の子が親友のロゼッタだよ!」
それから改めて自己紹介をしてくれる。
万能地図で確認していたからわかってはいたけど、あたしの目の前にいるのは、紛れもなく40年前のルメイエとロゼッタさんだった。
その見た目はどちらも10歳前後といったところで、ルメイエに至っては、白藍色の髪や桃色の瞳など、あたしとまったく同じだった。
それこそ、時の砂時計で小さくなった時の自分の容姿が思い起こされる。
……まぁ、あたしの体は元々ルメイエのものなのだから、そっくりなのも当然なのだけど。
「困った時はお互い様よー。あたしは旅の錬金術師メイ。よろしくねー」
「れ、錬金術師だって!?」
当たり障りのない挨拶を返したつもりが、ちっちゃいあたし――ルメイエは目を輝かせる。
「つまりここは、錬金術師のアトリエということかい!?」
続いて弾むような声で言うと、彼女は万能テントの中を見渡す。
「あのガラス瓶とか、いかにも錬金術師っぽいよ。ロゼッタ、見てみなよ!」
「へっ? そ、そうだね……お姉さん、本当に錬金術師なんですか?」
ルメイエに言われ、ロゼッタさ……ロゼッタちゃんが戸惑いながらあたしを見る。
……この二人の間に、どこか温度差があるような気がした。
「そうだけど……ちょっとルメイエ、落ち着いて」
ベッド脇の本棚に視線を移し、興奮気味といった様子のルメイエをあたしはなだめ、近くのソファーに腰を落ち着けてもらったのだった。
○ ○ ○
「それで二人は、どうしてこんな砂漠の真ん中にいたの?」
疲れているだろうと、ハーブティーとクッキーを出してあげながら、あたしは二人に問いかける。
ちなみにこのお茶とお茶菓子も錬金術で作ったのだけど、ルメイエはその様子を食い入るように見ていた。
「ボクはこう見えて、錬金術を学んでいるんだ。今日は素材探しさ!」
クッキーをかじってから、ルメイエが得意げにテントの入口を指差す。そこには中に砂が溜まった錬金釜らしきものと、かき混ぜ棒があった。
「砂嵐が来るって村長さまが言うのに飛び出すなんて……信じらんない」
「だって、素材が呼んでたんだよ。結果的にメイさんに出会えたんだから、よかったじゃないか」
カップを両手で抱くようにしながらお茶を口にするロゼッタちゃんにルメイエは言う。
素材の声……ルメイエってば、子どもの頃から素材の声が聞こえていたのね。
「それで、メイさん……いや、メイ先生にお願いがあるんだ」
ルメイエはそう言うと、姿勢を正してまっすぐにあたしを見てくる。そして言った。
「ボクに錬金術を教えておくれよ!」
「へっ?」
そんな彼女の言葉を受けて、あたしは思わず間の抜けた声を出してしまった。
ゆくゆく伝説の錬金術師となるルメイエに、あたしが錬金術を教える……そんなの、さすがに無理よ。
「そ、そんなこと言われても……あたしは今日明日中にはここから出ていくのよ。旅する錬金術師なんだから」
そう説明しながら、時渡りの懐中時計を取り出す。
その文字盤全体が光っていて、丸い円が少しだけ欠けていた。
この円はこちらの時代での残り時間を表しているようで、これがなくなると強制的に元の時代へ戻されるようだ。
「そこをなんとか……! なんでもするから! メイ先生、お願いだよ!」
言うが早いか、ルメイエはソファーから立ち上がり、その場で土下座をした。
自分にそっくりな人間が額を地面にこすりつけているのを見るのは、いい気持ちがしなかった。
「わ、わかったわよ。先に済ませなきゃいけない用事があるから、それを手伝ってくれたら、教えてあげる」
根負けしたあたしがそう言うと、彼女は顔を上げ、その大きな目を輝かせた。
「ありがとう! どんなことでも手伝うよ! ね、ロゼッタ?」
「へ? わ、私も手伝うの……?」
「当然じゃないか! キミも一緒に教えてもらえばいい!」
「私はそこまで錬金術に興味は……はぁ。わかったよ。ルメイエのために、手伝うよ」
そのキラキラの瞳で射抜かれてか、ロゼッタちゃんはこめかみを抑えながらも了承した。
この二人、子どもの頃から仲が良かったのねー。
「それでメイ先生、用事というのはなんだい?」
「この辺りのオアシスにブルーローズって花が生えてると思うんだけど、知らない? あたし、それを採取しに来たの」
「ブルーローズ……もしかして、あの大きくて青い花のことかな。心当たりがあるよ」
「本当!? じゃあ、さっそく採りに……」
反射的に体が動き、万能テントの扉に手をかける。
直後、その隙間から猛烈な風と砂が吹き込んできた。
「そうだったー! 砂嵐の真っ只中にいたの、忘れてたー!」
体当りするように扉を閉める。時々風の音が聞こえるくらいでテントはまったく揺れないから、すっかり忘れてしまっていた。
「……砂嵐が止むまで、待ったほうが賢明だと思いますが」
「そ、そうね……せっかくだし、しばらくお話しましょ」
再び砂まみれになった床を見ないようにしつつ、あたしは服をはたいて、ソファーへと戻る。
そして彼女たちからこの時代のことを色々と聞きつつ、砂嵐が過ぎ去るのを待ったのだった。
……それにしても、あのルメイエに、あたしが錬金術を教えることになるなんて。
元の時代に戻れば、彼女たちからあたしに関する記憶は消え、全てなかったことになる。
それがわかっていても、どこか嬉しい気持ちになっている自分がいた。
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