第四十三話『絵本を旅する錬金術師!?・その③』


 あたしは浜辺を離れ、草原を進む。


 地図が使えないので、遠くに見える森を目指してひたすら歩いていた。


「思えば、久々の一人旅よねー」


 左右に広がる景色を見ながら、そう声を漏らす。


 ここ最近はフィーリやルメイエとずっと一緒に旅をしていたのもあって、こんな状況は久しぶりだった。


 静かでいいような、どこか寂しいような……なんとも言えない気持ちになっていると、足元にまた銀色の石が落ちていた。


「……これ、拾っていい?」


 ――ええ、構わないわよ。


 あたしは落ちている素材を指差しながら、見えない存在に採取の許可を得る。


 声からして女の子のようだけど、この子が一緒にいるという点では、正確には一人旅ではないのかもしれない。


 そして使えない道具が多々ある中、容量無限バッグだけは使えたので、彼女に手伝ってもらいながらこうやって素材集めをしていたわけだ。


 といっても、落ちているものは全部拾えるのではなく、見えない声の主が許可をくれたものだけ、拾うことができた。


 それ以外のものは地面にぴったりと張り付いていて、どうやっても持ち上げることができなかった。


 ……やがて、黒々とした森が近づいてきた。


「魔女様、お待ちしていました。どうか私を家来にしてください」


「リチャードさん!?」


 そして森の入口には、見たことのある騎士が立っていた。メノウの街の騎士団長、リチャードさんだった。


「リチャード……? いえ、私はランスロットと申します」


「ダウト! どこの円卓の騎士よ!」


 その口から発せられた言葉に、あたしは思わずツッコミを入れる。


 どうやら先のオーロラ姫と同じく、見た目だけ同じらしい。これは気にしても仕方なさそう。


「それで、どうしてランスロットさんはあたしの家来になりたいの? アーサー王になった記憶はないんだけど」


「その輝く真珠こそ、我が主の証。私を迎え入れてくだされば、必ずや盗賊どもを退治してご覧に入れましょう」


 そう言いながら、ランスロットさんはひざまずいた。


「あー、この真珠ってもしかしてお札じゃなく、きびだんご的なポジション?」


 オーロラ姫にもらった真珠を差し出しながら、あたしはそう口にする。


「キビダンゴ……というものがよくわかりませんが、私はあなたに忠誠を誓いましょう」


 それを受け取った彼はうやうやしく頭を下げてから、あたしの仲間に加わった。


 うーん、後々盗賊たちと戦うのだし、騎士さんが仲間にいるのは心強いけど……この不安感の正体は何かしら。



 ……それからはランスロットさんと二人で森の中をゆく。


 例によって飛竜の靴も使えず、普通の靴と変わらない性能だったので、黙々と歩くしかなかった。


 落ち葉を踏みしめながら歩みを進めるも、全く生き物の気配を感じることはなく、森の中は静まり返っていた。


 聞こえる音といえば、背後からのガチャガチャという鎧の音だけだ。


「……ランスロットさん、すごく重そうだけど、大丈夫?」


「も、申し訳ありません。なにぶん、森の中の行軍に慣れていないので」


「そりゃそうでしょうねー」


 思わず笑ってしまう。なんとかしてあげたいけど、今のあたしはまともに道具も使えない。次第にペースが落ちていく彼に合わせるしか方法がなかった。


「……って、あれ? なんか変わった木がある」


 後ろを気にしながら進んでいると、唐突に開けた場所に出た。そこには淡い光を放つ木が一本生えている。


「この木、どこかで見たことあるような」


 全く葉をつけていない白っぽい木を見上げながら、あたしは記憶を辿ってみる。


「……わかった。この木ってもしかして、神木フェルツ?」


 そして思い出した。これって時の砂時計を作る時に素材にしたやつだ。なんでこんな場所に生えてるのかしら。


 ――地面に落ちてる枝なら拾っていいわよ。


 その時、また声が聞こえた。この声はランスロットさんには聞こえていないようだったけど、あたしは気にすることなくお礼を言って、地面に落ちていた枝を数本、容量無限バッグへと回収させてもらった。


 そんなふうに採取作業を交えながら歩みを進め、そろそろ森を抜けようかという頃。無数のキノコが生える場所へたどり着いた。


「うへぇ……なにこのキノコ。こんなにたくさん生えてると不気味ねぇ」


 周囲を見渡したあと、たじろぎながら言う。


 何を隠そう、あたしはキノコが大の苦手なのだ。


 食べるのはもとより、その見た目も駄目で、一刻も早くここを離れたい気持ちでいた。


「ランスロットさん、どこかに迂回路がないか探してくれない? この中を突っ切るのはさすがに気持ち悪くてさ」


 無数に生えているキノコたちを流し見ながら、背後のランスロットさんにそんな提案をする。ややあって、彼はあたしに背を向けて周囲を調べ始めた。


「……うん?」


 その矢先、あたしの視界の端で何かが動いた気がした。


 目を凝らした次の瞬間、目の前のキノコたちからにょきにょきと手足が生えて、元気よく動き出した。


「ぎゃあぁぁーーっ! キノコが動いた! 向かってくるー!」


 あたしは森中に響き渡るような声で叫んで、全速力でその場から逃げ出した。


 背後から「魔女様、どうかされたのですか?」なんて呑気な声が聞こえたけど、あたしは振り返らない。


 森の外へ向かい、無我夢中で走ったのだった。

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