第四十二話『絵本を旅する錬金術師!?・その②』
「薬を作っていただけないのなら……魔女様、私の代わりに妹を助けていただけませんか。この通りです」
そう言うが早いか、彼女は深々と頭を下げた。
だーかーらー、あたしは魔女じゃないって言ってるのに。まったくもー。
「しょうがないわねー。このままだとストーリー進まなさそうだし、手伝ってあげるわよ」
やがて、あたしは大きなため息をつきながらその願いを了承した。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「うぎゃ!?」
すると、オーロラ姫は嬉しさのあまり抱きついてきた。
……嬉しい気持ちはわかるけど、いきなり突撃されると貝殻が痛い。どこのとは言わないけどさ。
「……それで、行くのは構わないんだけど、せめてお供がほしいわ。単身で盗賊40人の相手とか無理だし」
「ご安心ください! この3つの真珠があなたを守ってくれます!」
オーロラ姫はキラキラの笑顔で言うと、どこからか七色に輝く真珠を取り出した。
「あー、言い方からして、三枚のお札……みたいな?」
「オフダというのがよくわかりませんが、頼りになるのは確かです!」
笑顔のまま言って、あたしに真珠を押し付けてきた。一つがてのひら程ある、大きな真珠だった。
「ここから一番近い浜辺から陸に上がりますと、すぐに大きな森が見えます。その森を抜けると川と山があって、それを超えると盗賊たちのアジトです」
今後の旅路を説明してくれるオーロラ姫に相槌を打ちながら万能地図を開くも、レシピ本と同じく真っ白だった。これも使えなさそう。
万能地図も使えないなんて……やっぱりここ、本の中なのかしら。
「……それで、もし無事に盗賊のアジトにたどり着けたとしても、一つ問題があるんです」
あたしがショックに打ちひしがれていると、オーロラ姫が人差し指を立てながらそう口にした。
「へっ、問題?」
「はい。アジトの入り口には大きな石の扉があるのですが、合言葉を言わないと開かないのです」
「ふーん、40人の盗賊のアジトと合言葉ねぇ……」
あたしは自分の知る童話を思い浮かべる。確か合言葉は……『開けゴマ』。
「……大丈夫。その合言葉、大体予想ついたから」
「さすが魔女様」
「魔女じゃないってのに……それで、40人の盗賊から妹ちゃんを助け出せたとして、どうやって海まで連れて帰ればいいの? 話を聞いた限り、結構な道のりよね」
「そこはお任せします!」
「いやいや、任されても困るんだけど!?」
「それでは、最寄りの浜辺までご案内します! それー!」
「わああああーーー!?」
例によって話を聞かないお姫様は、あたしの手をむんずと掴むと、そのまま超高速で海の中を泳ぎ始める。
苦しくはないものの、水の流れに翻弄されて目が回る。も、もっとゆっくりお願いー!
○ ○ ○
一気に海面まで浮上したオーロラ姫は、猛スピードで浜辺へと近づいていく。
次に、その細い腕からは想像もできない怪力であたしを陸へ向かって放り投げた。
「……ぶへっ!?」
「それでは、健闘をお祈りしていますね!」
頭から砂浜に突っ込んだあたしの耳に、そんな言葉がかろうじて聞こえた。直後に水音がして、彼女の気配は海の中へと消えた。
「……急転直下すぎて訳がわからないけど、このまま盗賊退治といきますか。それしか脱出手段、なさそうだし」
あたしは上体を起こすと、半分浜辺に埋もれた帽子の砂をはらい、頭に被り直す。
それから立ち上がって容量無限バッグへ手を突っ込み、移動手段の絨毯を探す。
……けれど、いくら探してもバッグの中に絨毯はなかった。記憶を呼び起こしてみる。
「……そういえば光る本に触れる直前、絨毯から下りたんだっけ」
しばらく考えて、そんなことを思いだした。ここが本の中なら、絨毯は今も蔵書棟の一角に浮かんだままということになる。
「それならバッグに入っていないのも納得ね……とりあえず、歩きますか」
一つ息を吐いてから、あたしは歩き出す。
浜辺の先には青い空と緑の大地が続いているけど、全く生き物の気配を感じない。
うまく説明できないけど、必要最低限のものしか用意されていない気がした。耳を澄ませても、波の音しか聞こえない。
「なーんか、作り物の世界って感じよねー」
独り言を呟きながら浜辺を進んでいると、足元に見たことのない銀色の石が転がっていた。
「なにかしら。見たことない石だけど」
思わずそんな感想を口にしながら、その石に触れる。
――拾っていいわよ。
「へっ?」
直後、背後から声がした。
反射的に振り向くも、そこには誰の姿もない。
――その石、欲しいのなら拾っていいわよ。
首を傾げていると、再び声がした。
あたしは驚きつつも、その石を手に取る。
手のひらより少し大きなサイズの石で、見た目は銀色なのだけど、角度によって無数の虹が見える。初めて見る石だった。
「誰かわかんないけど、ありがとー」
あたしは見えない誰かに向けてお礼を言うと、その名前もわからない石を容量無限バッグへとしまい、再び歩き始めた。
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