第四十一話『絵本を旅する錬金術師!?・その①』



 本を開いた瞬間、あたしの視界は白く染まり……。


 ……気がつくと、海の中にいた。


 ちょ、ちょっとちょっと! 何よこれ!? どういうことーー!?


 このままじゃ死んじゃう! 酸素ドロップ!


 反射的に容量無限バッグへ手を伸ばしたところで、はと気づく。


「……あれ? 普通に息ができる」


 どういうわけか、何の問題もなく息ができていた。水中にいるにも関わらず。


「あー、わかった。あたし、夢を見てるのね」


 そんな結論に至り、こつんと頭を軽く叩く。夢なら早く目覚めるに限る。


 というわけで、ほっぺをつねってみた。古典的な方法だけど、これで目が覚め……。


「あいたたた……」


 ……目覚めない。痛いだけで、状況は何も変わらなかった。


「……まさか、ここって本の中なのかしら」


 頬をつねったことで少し冷静になり、周囲を見渡す。この景色、以前行った人魚の国に似ているような気がする。


「あ! ようやく見つけました!」


 その時、聞き覚えのある声がした。思わず視線を向けると、人魚の国のおてんば姫、セリーネ姫がこちらに向かって一直線に泳いでくる。


「セリーネ姫、久しぶり! そしていいところに!」


 あたしがそう声をかけると、セリーネ姫は眼前で止まり、首をかしげた。


「セリーネ姫? はて、人違いではないですか?」


「え、違うの?」


 反射的にその全身を見やる。アクアマリンのように透き通った瞳に、肩ほどまである水色の髪、胸を隠す大きな二枚貝に、特徴的な魚の下半身。どう見てもあたしの知っているセリーネ姫その人だった。


「ごめんなさい。知っている人魚にあまりに似てたから。アクアシア王国のお姫様なんだけど、似てるって言われない?」


「言われないですね。ちなみに、私はオーロラ姫と申します」


「ダウト! オーロラ姫は人魚じゃない! 針で眠る姫よ!」


「そう言われましても……釣り人の針には引っかからない自信があります」


 そう言いつつ胸を張る。それは針違いと思いつつ、あたしはもう一度気持ちを落ち着かせる。


「それで、オーロラ姫様はどうしてこんなところに?」


「実はですね。私はあなたを探していたんです!」


 言いながら、彼女はあたしの両手を握ってきた。その瞳は期待に満ち溢れている。


「へっ、あたしを?」


「はい! そのお姿。察するに、あなたは旅の魔女様ですね?」


「いいえ、旅する錬金術師です」


「私、自分の声と引き換えに人間になる薬が欲しいんです!」


 速攻で否定するも、オーロラ姫は全く話を聞いていなかった。


 ……それにしても、声と引き換えに人間になる薬? まるで童話の人魚姫のストーリーそのまんまね。


「お願いします! 人間になる薬をください!」


「うー、一応調べてみるけど、そんな薬あるわけ……あれ?」


 オーロラ姫の勢いに気圧されつつ、あたしは容量無限バッグからレシピ本を取り出してページをめくる。


 すると、全てのページが白紙だった。


「ええ、どういうこと? もしかしてレシピ本、使えないの?」


 あたしは驚きながら何度もページをめくる。いくらめくっても、レシピ本は白紙のままだった。


 えー、どーなってるのよこれ。まさか、ここが本の中だから?


 あたしは首をかしげたあと、本を閉じた。


「……魔女様、どうかしましたか?」


「な、なんでもないわ。とにかく、今のあたしにそんな薬は作れないの。それより、あなたは人間になってどうするの? 地上の王子様にでも会いに行くつもり?」


「いえ、40人の盗賊にさらわれた妹を助けに行きたいのです」


「……それ、かなり絶望的な状況じゃない?」


 そんな言葉を返しつつ、あたしは直前まで見ていた本のタイトルを思い出していた。


 ……確か『人魚姫と40人の盗賊』。まさか、そういう話だっていうの?

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