第三十九話『図書館島にて・その②』


「うーん、どれにしましょうか……これもいいですねぇ。こっちも気になります……」


 ……その後、フィーリは魔導書が並んだ一角に赴き、本棚の前をチョロチョロと動き回りながら本を選んでいた。


「メイさん、私は少し奥の書庫へ向かいますので」


 ルメイエと二人、絨毯の上でその様子を微笑ましく見ていたら、階下からカーナさんの声が聞こえた。


 相変わらず、錬金術に関する蔵書を探してくれているらしい。


「ねぇ、ここにある本、借りてもいいの?」


「貸し出しは可能です。こちらの書類にお名前と、本の表題を記入しておいてください」


 フィーリの様子から、本の帯出を視野に入れて尋ねると、そう教えてくれた。


 続けてカウンターから一枚の書類を取り出すと、カーナさんは大きな鍵を手に、どこかへ消えていった。


「……なんか、蔵書探し大変そうねぇ」


「まぁ、いいんじゃないかい。自律人形にとって、仕事を与えられることは嬉しいことだからね」


 そう言って微笑むルメイエを見ながら、あたしはどこか不思議な感覚を覚えたのだった。


「……決めました。この本を借りようと思います」


 しばらくして、フィーリが4冊の本を手にやってきた。あたしはカーナさんから渡された書類に、その本の表題を書き記していく。


 タイトルから察するに、中級魔法と複合魔法に関する本らしいけど……。


「……ねぇフィーリ、なんかその本、分厚くない?」


「魔導書は扱う魔法のレベルが上がると、どんどん分厚くなるんですよ。中級魔法の本なので、これでも薄いほう……うぬぬぬぬ!」


 フィーリはそう言いながら、記入が終わった本から順番に鞄へ収めていくも、すでに二冊目の段階で入りきれていなかった。


「さすがに無理なんじゃない? 一度に4冊借りるのは諦めたほうが……」


「むー、せっかくなので借りたいのですが……」


 明らかに入り切らない本を床に置き、フィーリがため息をつく。この際、あたしの容量無限バッグに収納してあげようかしら。


「メイ、せっかくだし、フィーリに容量拡大バッグを作ってあげたらどうだい?」


 そんな様子を見かねたのか、ルメイエがそんな提案をしてきた。


「え、そんなバッグがあるの?」


 彼女の口から出た聞き慣れない道具名に、あたしは思わず聞き返す。


「ボクが使っているバッグだよ。見た目の数倍の量を収納することができるんだけど……容量無限バッグを持っているくせに、知らないのかい?」


「うん、知らない……そんな道具あるんだ」


 言われてみれば、ルメイエのバッグは彼女が楽に背負えるサイズなのに、大きな錬金釜を楽に収納できている。そんな道具があっても不思議はなかった。


「ある意味、キミの持つ容量無限バッグの下位互換だね。レシピを教えてあげるから、フィーリに作ってあげなよ」


 ルメイエはそう言い、続けてレシピを口にする。


 いつもの癖でレシピ本を開くと、全く同じ素材を使った道具が載っていた。


「布素材とかはわかるけどさ、なんで怪鳥の羽根が必要なわけ? まぁ、鳥の街で採取はしてるけど」


「重さを軽減する効果があるんだ。考えてもごらんよ、小さなカバンにこんな本が何冊も入るわけだし、そのままの重量なら持ち上がるはずがないだろう?」


 確かにその通りだ。フィーリなら身体能力強化魔法を使えば持ち運べないこともないかもしれないけど、常時発動しっぱなしというのも無理がある。


 そんなことを考えながら素材を投入したあとは、無念無想で錬金釜をかき混ぜる。


「よーし、完成!」


「さすがの早さだね。ボクが同じものを作った時は、数時間はかかったというのに」


「チートだしねー。はい、フィーリ」


「ありがとうございます!」


 完成した容量拡大バッグをフィーリに手渡すと、彼女は嬉々としてバッグの中へ荷物を移していく。


 見ていると、先程は到底入らなかった4冊の本も全部入ってしまった。本当に容量が増えているのだと、あたしは感嘆する。


 同時に、あたしの持つ道具の下位互換的なものが作れることに、少なからずの驚きと、感動を覚えたのだった。



 ○ ○ ○



 ……やがて夕方になり、カーナさんが戻ってきた。


「申し訳ありません。書庫のほうを確認しましたが、錬金術に関する蔵書は見つかりませんでした」


 あたしたちにそう伝えると、すぐに頭を下げた。


「そんな、気にしなくていいのよー。カーナさん、ありがとう」


 ここに来て収穫なしかぁ……と内心落胆しつつも、取り繕いながらお礼を言う。


 加えて、カーナさんにこれから魔導船で島の宿に帰る旨を伝えると、図書館島の周辺は夜になると潮の流れが変わって危険だと教えてくれた。


 続けて、「せっかくですし、本日は宿泊棟にお泊まりください」と言ってくれたので、あたしたちはそのお言葉に甘えることにした。


「こちらが宿泊棟になります」


 案内されたのは、蔵書棟から少し離れた場所にある平屋の建物だった。


 その造りは蔵書棟の一階部分に似ていて、中央に円形のテーブルが置かれている。


 唯一違うのは、そのテーブルを囲むように、壁にいくつも扉が並んでいる点だった。


「どのお部屋を使っていただいても構いません。食事は、しばらくしたらお持ちいたします」


 そう言いながら、室内を指し示す。この建物にも、全く人の気配が感じられなかった。


「ここも現在は無人です。簡易的な宿泊施設なので、以前は熱心な学者さんが数名、滞在されておりましたが、海賊が現れたと聞いて、退去していかれました」


「人がいなかった割には全然汚れていないけど、定期的に掃除をしているのかい?」


「はい。清掃活動も業務の一環ですので」


 ルメイエが尋ねると、カーナさんはあっけらかんと言った。この建物だけでも結構な広さだけど、他の建物も全部一人で掃除しているのかしら。


「ところでカーナ、いくつか質問をしてもいいかい?」


「構いませんよ。私にわかることでしたら」


 そんな事を考えていた矢先、ルメイエがカーナさんに質問を投げかけていた。


「キミは自律人形だね。いつ、誰に作られたんだい?」


「わかりません。錬金術師によって作られたことは間違いありませんが、情報が欠落していまして」


「ふむ……創造主の名前もわからないのかい?」


「はい。情報が欠落しています」


「そうか……ありがとう」


「どういたしまして。それでは、失礼します」


 ルメイエがお礼を言うと、カーナさんは一礼して、去っていった。


「……カーナさんの挙動を見てると、やっぱり違和感があるわよね。感情がないっていうか」


「そりゃあ、実際に人間の魂が入っているボクと違って、純粋な自律人形だからね。元々こんなものだよ。以前ボクが作ったのも感情の起伏のない、まさに人形のような子だった」


 ルメイエはどこか懐かしむように言い、近くの扉に向かって歩き出す。あたしとフィーリも、急ぎその後に続いたのだった。


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