第三十八話『図書館島にて・その①』


「はー、何ここ……」


 海賊団を退けたあたしたちは、そのままの勢いで図書館島へとやってきた。


 やはり海賊たちの影響が大きいのか、港には一艘の船もなく、人の姿もない。規則的な波音と、海鳥の声だけが優しく響いている。


 そして目の前に、まるで巨大なビルのような建物がそびえ立っていた。


 赤レンガ造りで、灰色の屋根。窓の数からして、5~6階建てくらいはありそうな、大きな建物だった。


「宿から見ても大きかったですが、近くまで来るとすごいですねぇ」


 ふらふらと左右に揺れながら、フィーリがその建物を見上げる。


 大量の蔵書があるって話だし、これくらい大きくないといけないのかしら。


 周囲を見渡すと、同じようなデザインの建物がいくつも見える。それらは高さがなく、どれも平屋だった。


「旅の方、ようこそいらっしゃいました」


 その時、目の前にあった扉が開き、中から長い黒髪をサイドポニーにまとめた女性が現れた。


「こ、こんにちは。旅の錬金術師で、メイといいます」


 純白のブラウスに黒のロングスカート。いかにも司書さんといった雰囲気に、思わずかしこまって挨拶をする。


「メイさん、ですね。覚えました。お連れの方は?」


「あの金髪の子が錬金術師のルメイエで、その隣にいる銀髪の子が魔法使いのフィーリです」


 女性の口調に僅かな違和感を感じながらも、あたしは連れの二人を紹介する。


「どちらも覚えました。私、この島の管理を任されている、カーナと申します」


 その女性はそう名乗り、恭しく頭を下げた。その動作といい、表情といい、どことなく硬いような。


「……メイ、気づいたかい?」


「え、なにが?」


 首をかしげていると、ルメイエがあたしの服を引っ張りながら言った。思わず聞き返す。


「彼女、自律人形だよ」


「え、そうなの?」


 言われて、反射的にカーナさんを見やる。肌の露出がないせいか、見た目は普通の人間と見分けがつかない。


 フィーリも全く同じ感想だったようで、目と口を大きく開けてしまっていた。


「ようこそ、図書館島へ。皆様が92日ぶりのお客様になります。まずは、蔵書棟へご案内しましょう」


 状況がうまく飲み込めないまま、あたしたちは僅かなほほ笑みを浮かべる彼女に案内され、目の前のビルへと足を踏み入れることになった。


 ○ ○ ○


 カーナさんが蔵書棟と呼んだその建物は、内部が吹き抜けになっていて、二階から上は本棚が壁一面にびっしりと並んでいた。


 それに対して、一階部分は円形のテーブルや空っぽの棚、カウンターがあるくらいで本は一切置かれていなかった。


 なぜ一階に本がないのかと尋ねると、地面の近くはどうしても湿度が高くなるので、湿気に弱い本を守るためだと教えてくれた。


「すごい本の数ですねぇ……ところで階段がないんですけど、どうやってあの本を取りに行くんですか?」


 天井まで届きそうな迫力満点の書棚を見上げながら、フィーリがカーナさんに尋ねた。


 言われてみれば、壁周りに手すりのついた細い通路があるものの、そこへ登るための階段らしきものが見当たらなかった。


「本を収納するスペース確保のため、階段はございません。普段はこのはしごを使います。魔法使い様でしたら、ほうきを使うのも良いでしょう」


 そう言って、カーナさんはどこからかはしごを運んできてくれた。


 ほうきが許可されるのなら、空飛ぶ絨毯も使えるだろうし、建物内の移動については問題なさそう。


「あたしたち、ここで探したい本があるんだけど……錬金術の本ってある?」


「錬金術……ですか? はて、久しく聞かれなかった蔵書です」


 問いかけたところ、彼女は頬に手を当て、思い出すような仕草をする。それがすごく人間っぽくて、思わず笑ってしまった。


「少しお時間をいただけませんか。お調べしますので」


 続けてそう言い、カーナさんはカウンターの中へと入っていく。


「待ってる間、ここの本読んでもいい?」


「ええ、ご自由にどうぞ」


 がさごそと書類を漁る背中に問いかけると、そんな声が返ってきた。


 許可はもらえたし、図書館島を堪能することにしよう。



「……『世界の料理百科』、『編み物今昔物語』、『ディープな裁縫の世界』……」


 蔵書棟の三階まで絨毯で登って通路に降り立つと、そこに並ぶ本の背表紙を見ていく。


「本当に色々な本が置いてあるんだね。これだけあると、目当ての本を探すだけで日が暮れそうだ」


 背後に浮かぶ絨毯に乗ったルメイエが、横になったまま言う。探すだけで一苦労だからこそ、カーナさんのような司書がいるのだろう。


「向こうには武器の本がずらっと並んでたわよ。『華麗なる騎士の世界』とか、『両手剣大全』とかさ」


「一部の愛好家にとっては垂涎ものかもしれないね……ところで、フィーリは何をしてるんだい?」


「向こうで本を見てたけど。魔法の指南書でも探してるんじゃない?」


 視線を巡らせると、二階の通路に腰を下ろし、こちらに背を向けて熱心に本を読むフィーリの姿があった。


 ふと、どんな本を読んでいるのか気になった。絨毯に戻り、ゆっくりと近づいていく。


「フィーリ、何か気になる本でもあった?」


 そう問いかけるも、フィーリは無反応。すごい集中力だと感心していると、何か呟いていた。耳を澄ませてみる。


「……その時、オズワルドの右手が頬にそっと触れ、わたしの唇を……」


「ちょーっと、何読んでるの!」


「あー!」


 その内容に気づいたあたしはとっさに本をひったくる。そして表紙に目をやると『リルルの恋・滝の街セレム編』と書かれていた。明らかに恋愛小説だった。


「い、いいじゃないですか。小説くらいー!」


「小説はいいけど、恋愛小説はまだ早いわよ! かなりその、濃い内容っぽいし……」


 ぱらぱらとページをめくり、思わず顔を赤くしながら本を閉じる。うん。この本は教育上よろしくない。


「恋愛小説くらい、別にいいじゃないか。フィーリはすでに恋人がいるんだし、今後の参考にするのかもしれないよ」


「リディオもフィーリも、まだ10歳でしょ! こういうのは年頃の乙女になってから! 5年早いわ!」


 あたしは言って、フィーリの手に触れないよう、その本を容量無限バッグへと収納した。後でこっそり返しておこう。


「そういうメイこそ年頃の乙女だけど、それらしい浮いた話はないのかい?」


 その時、悪戯っぽい笑みを浮かべながらルメイエが訊いてきた。


「……え、なに? この話、続けるの?」


「メイさんの浮いた話、わたしも聞いてみたいです」


 動揺していると、フィーリも笑顔を浮かべながら絨毯に乗り込んできて、その場に正座した。


「お生憎様。あたしは錬金術が恋人よ。それに二人と四六時中一緒にいるんだから、そんな話があるわけないでしょー」


「そう言われればそうでした……」


 本当に期待していたのか、フィーリはがっくりとうなだれた。リディオと出会ってから精神的にも成長した気がするし、そういうのが気になるお年頃なのかも。


「じゃあ、ルメイエはどうなの? 本来ならあたしよりだいぶ長く生きてるんだし、過去にそれっぽい話のひとつやふたつ、みっつやよっつ……」


「残念ながらないよ。メイと同じ、錬金術が恋人さ」


 カウンター攻撃を仕掛けるも、全く同じ手でかわされてしまった。どうやら錬金術師は恋愛とは無縁らしい。


 10歳のフィーリにはリディオという恋人がいるというのに。魔法使いと錬金術師、こんなところでも差が出てしまうのかと、あたしはなんとも言えない気持ちになった。


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