第三十七話『群島の街にて・その④』



「メ、メイさん、どうするんですか?」


 操縦席のフィーリに状況を伝えると、明らかにうろたえていた。


「どーしよーかしら……」


 万能地図で海賊たちの動きを把握し続けながら、あたしはこめかみを押さえる。


 何事もなくこの場を切り抜けられれば最良だけど、海賊相手に交渉するなんて危なすぎるし。船に乗ってるのが女子供だけだとわかったら、どんな手段に出てくるかもわからない。


「こちらの様子を見ながら、ゆっくりとだが近づいてきているよ。どうするんだい」


 考えを巡らせていると、ルメイエもやってきた。あまり時間的猶予もなさそう。


 もしかしなくても、図書館島へ渡る船が運休になってるのって、あの海賊たちのせいよね?


 てゆーか宿の人も、知ってたんなら止めてくれればよかったのに! 今更だけどさ!


「……フィーリ、魔導砲、発射準備!」


「え、この船にそんな武器が!?」


「……ついてないわよ。言ってみただけ!」


 色々考えすぎて、妙なことを口走っていた。冷静になれ、あたし。


「メイ、ここはキミに交渉を任せるよ。ボクやフィーリが出ていったところで、子どもということで相手にされないだろうからね」


「そりゃそうだろうけど……やっぱり、あたしが交渉するしかないのよね?」


「多分戦ったところで勝てるとは思うけど、後々面倒だ。できるだけ穏便に済ませるようにね。頼んだよ」


 ルメイエはそう言うと、フィーリのそばに座り込んだ。これはもう動くつもりはないらしい。


「わかったわよー。行ってくるわねー」


 あたしはガックリと肩を落とし、来た道を戻っていった。航海士だけど、後悔してる場合じゃない……頑張らないと。



 ○ ○ ○



 覚悟を決めたあたしは、少しでも威嚇になればと自律人形(液体)数人を引き連れ、船の縁に立つ。


「その船の船長は女か。この先に行きたきゃ、通行料を払いな」


 あたしの姿を見て、一番近くにいた船から一人の男性が姿を見せる。その風貌からして、どうやら彼がこの海賊団のボスのよう。


「その通行料とやら、おいくら?」


「船員一人につき、2万フォルだ」


「……足元見過ぎじゃない? 普通、船って船員20人とか平気で乗ってるものよね?」


「払いたくないってんなら、ちょっと痛い目にあってもらうことになるぜ?」


 指をボキボキ鳴らしながら、今にも乗り込んできそうな勢い。一応最低限の距離は保っているけど、結構な威圧感がある。


「うちの船、魔法使いも乗ってるのよねー。下手に刺激しないほうが良いと思うんだけど」


「へっ、魔法使いが怖くて海賊稼業が務まるかってんだ」


「まったくだ。そんな脅し文句、これまで何度聞いたか知れねぇ」


 試しに魔法使いの名を出してみるも、全く動じる様子はない。彼らの様子から察するに、『魔法使いが乗っているから手を出さないでくれ』というのは、民間船の常套句なのかもしれない。


「金が無いってんなら、体で払ってくれても良いんだぜ、お嬢さん」


 近くの船に乗っていた誰かが叫び、それに賛同するように下品な笑い声が広がっていく。


 あー、堪えろあたし。今すぐ黙らせたいけど、それは錬金術師としてエレガントじゃない。


 容量無限バッグに伸ばしかけた手を引っ込めて、次なる言葉を探す。


「その見た目からして、お嬢さんも魔法使いなのかい?」


「失礼な! あたしは錬金術師よ!」


 反射的に叫ぶと、先程までの笑い声が一層大きくなった。明らかに、錬金術師をバカにした笑い声だった。


「……フッ」


 ……その瞬間、あたしの中で何かが切れた。


「自律人形たち、攻撃開始! 動けなくなる程度に痛めつけちゃって!」


 そう指示を出すと、あたしの両サイドにいた自律人形たちはびしっと敬礼をして、まるでゴム毬のように飛び跳ね、直近の船へと飛び移っていった。


「な、なんだこいつは!?」


「お前ら、怯むな! やれ!」


 海賊たちは突如として襲来した銀色の物体に群がり、次々と斬りかかるも……液体金属を主な素材とする自律人形には全く通用せず。


 お返しとばかりに黄金の……じゃない、銀色の右ストレートを決められ、マットならぬ甲板に沈んでいった。


「なめやがって……! お前ら、乗り込むぞ!」


 ボスの乗った船が大混乱になっているのを見て、魔導船まどうせんに乗り込もうと、周囲の船が一斉に鉤爪の付いたロープを投げてきた。


「ああいう道具、本当にあるのね……フィーリ、全力後退!」


 直後に船の縁を掴みつつ、背後に向け叫ぶ。


「アイアイサー!」


 少しの間をおいて、魔導船が凄い勢いでバックした。


 虚を突かれた海賊たちの一部は、あたしたちの船に渡したロープから逆に引っ張られ、海に落ちていった。


 この世界の一般的な船はこんなスピードで後退なんてできないだろうし、そりゃ驚くわよねー。


「ちょ、ちょっとメイ! 何をやってるんだい?」


 船が急に動いたからか、ルメイエが転がるようにあたしの近くにやってきた。


「ごめーん。錬金術をバカにされたから、つい」


「気持ちはわかるけど……まるで海戦の装いを呈してきたね。どうするんだい。これ」


 後退を止めた魔導船に再び群がろうとしてくる海賊団を甲板から見渡しながら、ルメイエがため息まじりに言う。


「こうなっちゃったら、なるようにしかならないでしょー。うっりゃあ!」


 その近づいてこようとする船に対し、近くの海中へ水中ボムを投じて脅しをかける。


「ルメイエ、あんたも悔しくないの? 錬金術師がバカにされたのよ?」


「ボクはもう慣れているからね。頃合いを見て、包囲網を脱出しよう」


「わかってるわよー。フィーリー! あんたも魔法の練習、していいわよー! 気絶させるくらいで!」


「はーい! ライトニングレイピア!」


 一瞬の間を置いて、威力を弱めた初級雷魔法が周囲に放たれた。無数の雷撃は的確に海賊たちを捉え、次々と気絶させていった。


 はー、言っておいてなんだけど、初級魔法とはいえ、船を操舵しながら攻撃魔法を放てるなんて。さすがフィーリね。


「ほ、本当に魔法使いが乗ってやがった!?」


「に、逃げろー! 退却だー!」


 ……そんな魔法攻撃を受けた海賊たちは、一目散に逃げ出していった。


 最後のひと押しが魔法だってのが腑に落ちないけど、まぁ、完全勝利ということで。


 海賊団を蹴散らしたあたしたちは自律人形たちを回収し、悠々と図書館島へ向けて舵を切ったのだった。

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