第三十六話『群島の街にて・その③』



 魔導船まどうせんの全長は約25メートルで、一段高くなった甲板後方に大きな魔法陣が設置されていた。どうやらこれが操縦席のよう。


 その魔法陣の中央に座ったフィーリが魔力を流すと、大きな船がなめらかに動き出した。


「おおおー! メイさんこれ、楽しいです!」


 最初はたどたどしかった操舵も、ものの数分で感覚を掴んだらしく、すぐに海の上をすいすいと進みはじめた。


 フィーリの様子を見る限り、それこそ魔法使いのほうきと同じように、念じるだけで自在に動いているらしい。


「さすが飲み込みが早いわねー。だけど、船は海の中も気にしないとだめよー?」


 あたしは言って、フィーリに万能地図を見せる。そこには周辺の海底の様子が表示されていた。


「え、目に見えない島がこんなにあるんですか?」


「正確には島じゃなくて暗礁ねー。海面近くに突き出た岩で、こういう島が無数にある場所に多いのよ。ぶつからないように注意してね」


 さすが万能地図だけあって、陸上だけでなく海底の地図まで見ることができる。


 人魚の国に行ったときもそうだったし、本当に便利ね。


「わ、わかりました。近くに見えない島があったら、教えてください」


 ……小さな船長はそう言って表情をこわばらせ、少しだけ速度を落とした。


「りょーかい。それじゃ図書館島に向かう前に、ルメイエを回収しなきゃ。フィーリ船長、宿のある小島に向かってもらえる?」


「あいあいさー!」


 元気よく返事をして、完璧なウィリアムソン・ターンを決める。


 華麗な操縦技術を目にしながら、フィーリが船長ならば、さしずめあたしは……船を導く航海士ってとこかしら。なんて、考えたのだった。



 ○ ○ ○



 宿屋のある島の近海へと戻り、トークリングを使ってルメイエに船ができたことを伝える。


『さすがに早いね……うわぁ!?』


 そんな声がトークリングから聞こえた直後、驚きのあまり宿屋の窓から身を乗り出すルメイエの姿が見えた。


「あたしにかかればこんなもんよー。ほらほら、出発するわよー!」


 その様子を見ながら、あたしは誇らしげに言う。しばらくして、荷物をまとめたルメイエが船に乗り込んできた。


「立派な船だね。その魔法陣で動かすのかい?」


「そうよー。魔力で動く船だから、操縦はフィーリ船長にお任せなの」


 いつの間にかキャプテンハットまで用意していたフィーリを指し示しながら言う。本人もすっかり乗り気だし、このまま頑張ってもらいましょ。


「なるほどね。魔力が燃料の船とは、考えたね」


 あたしの意図を察したのか、ルメイエが頷いた。そうこうしているうちに船は小島を離れ、図書館島へと針路をとった。


 魔導船は結構な速度で走るので、ぐんぐん図書館島が近づいてくる。この調子だと、あと一時間もしないうちに到着しそう。


 そして天気は快晴。波は穏やか。航海に何の問題もない。


「はー、潮風が心地良いわねー」


「そうだね。太陽を反射した海面が輝いていて、とても美しいよ」


 あたしとルメイエは船の前方で、その縁にもたれながら海と空を眺めていた。


 メノウ群島へ向かう船でも似たような景色を見たはずだけど、あの時はたくさんの人が船に乗っていたし。


 今みたいに『綺麗な海と空を独り占め!』みたいな状況じゃなかった。なんか、すごく癒やされる。


「ちょっとー! 二人とも楽しててずるいですよー!」


 そんな矢先、後ろの操縦席からフィーリ船長の悲痛な声が聞こえた。


 魔導船は魔力で動く分、常にあの魔法陣から魔力を供給していなければ止まってしまうらしい。


 魔力をストックしておけるタンクのような仕組みもないので、一度出港するとフィーリはずっと働きっぱなしなのだ。


「変わってあげたいのは山々だけど、あたし、魔力ないしさ」


「ボクも動力は魔力だけど、フィーリのように外に放出することはできないんだ」


「だからフィーリ、頑張って」と、ルメイエと二人で声を揃えた。


「むー、だったら二人もせめて働いてくださいー! 甲板を掃除するとかー!」


 納得できないのか、フィーリがそう憤慨する。掃除と言われても、この船は作りたてほやほや。甲板にはシミ一つない。


「そうねぇ……じゃあ、あたしが航海士だから、ルメイエは見張りをお願い」


「……その万能地図があるなら、わざわざ見張りをする必要はないと思うけど?」


 容量無限バッグから万能地図を取り出しながら言うと、そんな言葉が返ってきた。


「た、確かにそうだけど……そこは『アイアイサー』って従っておくものでしょ?」


「ボクは事実を言ったまでだよ。それにマストもないのに、どこで見張りをするのさ」


 ルメイエは頭上を指差しながら言う。魔力で走るこの船は風の力を必要としない。つまりは帆がないわけで、マストもないのだ。


「あー、うー、船首に立ってればいいでしょ。いいからほら、持ち場について」


 冷静に突っ込まれて、急に気恥ずかしくなったあたしは万能地図に視線を落とす。


「……うん?」


 すると、万能地図に無数の船影が表示されていた。


 何かしら……と首をかしげ、縁から身を乗り出すようにして海を見る。


 すると、その姿が肉眼でも確認できた。この船より小さな手漕ぎ船だけど、ものすごく見慣れたドクロマークの旗を掲げていた。


「……メイ、どう見ても怪しい船団が近づいてくるよ」


 その直後、船首にいたルメイエが近寄ってきて、声を低くしながら言った。


「あたしも気づいたわ。あれ、どう見ても海賊よね」


「この船に一直線に近づいてくるし、あの旗。ほぼ間違いないだろうね。どうするんだい?」


「……ひとまず、フィーリに報告しましょ」


 ただならぬ気配を感じたあたしは、万能地図を開いたまま、後方のフィーリの元へと走ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る