第三十五話『群島の街にて・その②』



「え、図書館島行きの船がない? 要予約とか、そんなのではなく?」


「はい。図書館島行きの船は現在運休となっています。少し問題が発生していまして」


 宿の受付にいた女性に話を聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。


 図書館島で錬金術の調べ物をする作戦は早速暗礁に乗り上げてしまった。


「船が駄目なら……空飛ぶ絨毯があるんですけど、それで飛んでいってもいいです?」


「駄目です。島々を船以外の手段で移動することを禁ずる……と、街の法律で決まっています」


 そんな提案をしてみるも、すぱっと断られてしまった。そこまでしてお金を稼ぎたいのかしら……と呆れるも、法律を盾にされてはどうしようもない。


「あのー、魔法使いのわたしでも駄目なんですか?」


 その時、いつの間にか背後にやってきたフィーリが床にほうきの柄を立てながら言った。


「たとえ魔法使い様でも駄目です。これは決まりですので」


 受付の女性は魔法使いのフィーリを前にしても、動じることなく凛とした態度で言った。これは取り付く島もない。群島の島だけに。


「……はぁ」


 あたしとフィーリは同時にため息をつきながら、部屋へと戻ってきた。


「二人の顔を見た感じ、結果は芳しくなかったようだね」


 いつの間にか柔らかそうなベッドに休息場所を移していたルメイエが、顔だけこっちに向けながら言う。


「なんかねー。図書館島、船でしか行かせないくせに、その船は運休中らしいの」


「問題が発生してるらしいですよー」


 口をとがらせながら言うと、同じような口をしたフィーリがあたしに続いた。


 本当、問題って何かしら。本来就航してる船が壊れちゃったとか? でもそれなら、代わりの船を用意すれば良いだけじゃないの?


「それは残念だったね。なら、運行が再開されるまで気長に待つか、メイが船を作るしかなさそうだね」


 あたしたちの報告を聞いたルメイエが、冗談とも本気ともとれる口調で言った。


「……そうですよ! メイさん、船がなければ作ればいいんです! 前に作ったことあるって、言ってましたよね!?」


 そんなルメイエの言葉を真に受けたフィーリが、瞳を輝かせながら何か言っていた。


「いやいや、確かに船を作ったことはあるけど、あれは一人用だったし! 三人乗れる船となるとサイズも違うし、材料だってたくさん……うん?」


 胸の前で手を振って否定するも、直後に以前採取した沈没船のことを思い出した。あれを素材に使えば、思ったより簡単に船が作れるかも。


 そんな考えに至ったあたしは、もう一度宿屋の受付へと向かった。ちょっと確認したいこともあるしさ。


「あのー、移動に使う船って自前で用意して良いんですか?」


「自前……ということは、レンタルですか? それとも、購入されます?」


 フロントへやってくるや否やそんなことを言うあたしに、受付の女性は戸惑いの表情を見せながら対応してくれた。


「素材はあるので、自分で作ろうかと思いまして。自前の船があるなら、周辺の海を自由に動いて良いんですよね? 後で代金とか発生しません?」


「も、もちろん発生しません。この街の住民は皆、自前の船を使って移動していますので」


 後で謎のお金を請求されないよう念押しして尋ねると、受付の女性はしどろもどろになりながらそう答えてくれた。


 つまり、あの強欲な渡し船は街の公共機関というわけではなく、観光客のための乗り物だった……というわけなのね。


「じゃあ、ちょっと船作るわね。浜辺の一角、借りるから」


 確認を終えたあたしはそう言って、外へと向かう。


「お客様、腕のいい船大工を紹介しましょうか?」


 ……なんか背後から声が聞こえたけど、錬金術で作るからそんなものは不要よ。さーて、どんな船にしようかしらねー。



 ○ ○ ○



 宿屋から出て少し歩いたところに、いい具合の浜辺があった。波打ち際に錬金釜を設置して、レシピ本を開く。


「んー、船……船……どれがいいかしら……」


 さすがは伝説のレシピ本。大型帆船から足漕ぎボートまで、様々な船の作り方が載っていた。どれも大量の木材が必要だけど、木だけはある。


「ここは小島だらけだから、大きな帆船は必要ないわねー。むしろ小回り利かないし、小船のほうが良さそう」


 パラパラとレシピ本をめくりながら、考えを巡らせる。センガイキは以前作ったし、どうせなら全く別の船を作ってみたいけど……。


「メイさん、どんな船を作るんですか?」


 その時、後ろから声がした。見るとフィーリが後ろ手を組んで立っていて、体を左右に揺らしていた。


 お金を払わないと別の島へ移動できないということもあり、フィーリも暇なのだろう。


「そうねー。どうせなら一風変わった船を作りたいところだけど」


 そう言いながらレシピ本を見ていると、ある船が目に留まった。


「……ほう。魔導船まどうせんとな」


 名前からして月に飛んでいけそうだけど、言うならば魔力を燃料にして動く船だ。


 動力部に妖精石が大量に必要らしいけど、鉱山都市でたくさん採取してあるから問題なし。なにより魔導船って響きが良い。決めた。これ作ろう。


 善は急げ。あたしは容量無限バッグから、船の素材となる大量の木材と布、鉄を引っ張り出し、どかどかと錬金釜へ入れる。


 いやー、人魚の国で手に入れた沈没船、ついに役に立ったわ。


 最後に要となる妖精石を投入し、ぐるぐると錬金釜をかき混ぜる。やがて色々な法則を無視して、大きな船が錬金釜から飛び出してきた。


「よーし、できたー!」


「おおー!?」


 その一部始終を見ていたフィーリが感嘆の声を出す。


 ぷかぷかと海に浮かぶ船は全長25メートルいかないほどの、なかなかに立派な船だった。


「……ところでこの船、帆がついてませんがどうやって動くんです? まさか、オールで漕ぐんですか?」


 出来上がった船に近づき、フィーリが不思議そうな顔をしていた。


「違うわよー。魔導船だから、燃料は魔力なの」


「魔力」


 笑顔で言うあたしとは対象的に、フィーリの顔がひきつった。


「……わたし、急に用事を思い出しました。帰ります」


「フィーリ、お待ちなさい」


 くるっと背を向けたフィーリの肩をしっかりと掴む。やがて振り向いた彼女は、本当に嫌そうな表情をしていた。


「えー、この船、わたしが動かすんですかー?」


「そんな顔しないの。魔導船の船長フィーリ、かっこいいわよ」


「かっこいいかもしれないですが、結局わたしの魔力に頼る気満々じゃないですかー。錬金術師のくせにー」


「毒吐かないの。操縦する感覚はほうきと似たようなものだと思うし、たぶん」


「たぶんって、一気に不安になるんですが」


「そう言わないで。操縦してみたら、きっと楽しいわよ。ほら、操縦席はこっちよ」


「うう……なんだか、メイさんの口車に乗せられている気がします……」


 なおも気乗りしてなさそうな口ぶりのフィーリの手を引き、あたしは船に乗り込んだのだった。


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