第三十四話『群島の街にて・その①』



 海祭りを楽しんだ翌日、クレアさんやティム君たちと別れて、メノウ群島行きの船に乗った。


 一時間ほど大海原を進むと、前方に無数の小島が見えてきた。それは次第に数を増やし、気がつけば四方を島に囲まれていた。


「おおー、すっごーい」


「綺麗ですねー」


 フィーリと二人、船首に立って周囲を見渡す。どこまでも続く島々による、一面の多島美。本当にエーゲ海か瀬戸内海のよう。


「……確かに綺麗だけど、これだけ島が多いと船が座礁しないか心配だよ」


「縁起でもないこと言わないの、ルメイエも景色楽しみなさいよ」


「もちろん楽しんではいるさ。それよりボクは、クレアの言っていた言葉が気になるんだよ」


「クレアさんの言葉?」


 船の縁にもたれながら、どこか気怠げに言うルメイエにそう言葉を返し、あたしも口元に手を当てながらその言葉を思い出してみる。


「……確か、群島の街は観光客に優しくない……的な話だっけ?」


 メノウ群島の中にはキボトという大きな街があるそうだけど、クレアさん曰く、そんな噂がある場所らしいのだ。


「そう。もしかすると、島の住民は外部の人間に対して排他的なのかもしれないね」


 ぐるりと島々に視線を送りながら、ルメイエが呟く。たとえ観光客でも、よそ者はお断り……みたいな風潮があるのかしら。



 ○ ○ ○



「群島の街、キボトへようこそいらっしゃいましたー!」


 ……そんな考えとは裏腹に、街の玄関口である港へ到着するや否や、あたしたちは熱烈な歓迎を受けた。


 呆気にとられていると、少人数のグループに分けられて小さい船へと乗せられ、再び海へと繰り出した。


「このまま宿に案内されるんですかねぇ」


 キョロキョロと周囲を見渡しながら言うフィーリに、あたしは首を傾げて返した。


 ゆっくりと動き出した手漕ぎ船は、やがて最寄りの小島へと立ち寄った。


 ……ここにも小さな建物があるけど、宿というわけではなさそう。


「ご乗船、ありがとうございましたー。住宅地に向かう船はあちら、市場に向かう船はその反対側になりますー」


 疑問に思っているうちに船頭さんがそう言って、船から降ろされる。加えて、一人50フォルの運賃を要求された。あたしたち三人で、150フォルだ。


 目と鼻の先の島に移動するだけで結構な金額取るわね……なんて思うも、他の皆は運賃を払っていたし、あたしたちだけ払わないわけにもいかなかった。


「あのー、あたしたち宿に行きたいんですけど、ここからだとどう行けばいいんですか?」


「宿でしたらこの船に乗って市場に向かい、そこから役所行きの船に乗っていただいて、そこからさらに……」


 道を尋ねると、そんな長々とした説明が返ってきた。


 ……どうやらこの街、各主要施設が点在する島を有料船で結ぶというやり方を取っているよう。


 しかもそのルートは決められていて、直行便などはないらしい。


 ……つまり、この街は移動するだけでお金がかかると。そういうことらしい。



 それから一時間ほどかけ、あちこちの島を散々巡った果てに、ようやく宿へとたどり着いた。


「……あー、死ぬほどお金かかったー。信じられなーい……」


 できるだけお金を巻きあげるためなのか、観光客が必ず使うであろう宿泊施設は街の最奥にあった。


「いやー、優雅な旅だったね。船旅はお金持ちの遊びだと言うけど、まさにその通りだった」


 部屋に備え付けられた立派なソファに体を半分沈みこませながら、ルメイエが皮肉を込めて言う。


 この部屋も子供料金に対応してくれたとはいえ、三人で一泊1000フォル。決して安くはない。


「この街の移動手段は優雅だけど、全然お財布に優しくないのよ……! いくら取られたか、計算するのも億劫だわ」


 あたしはベッドにひっくり返りながら、大きなため息をつく。それぞれの金額は大きくないんだけど、じわじわとボディーブローのように効いてくる。


 観光客に優しくない街……ってクレアさんが言ってた意味、わかった気がする。


「メイさん、あれが図書館島なんですかね?」


 ……その時、一人窓際にいたフィーリが外を指差す。あたしも起き上がってフィーリの隣に立つと、窓の向こうに広がる島々の中に、ひときわ大きな島が見えた。


 そこには赤レンガ造りの塔のような建物があり、さながら灯台のようにも見える。島の大きさからして、建物自体もなかなかのサイズだ。


「大きな建物ねー。もしあれがそうなら、どんな本でも揃いそう」


「特別な魔導書とか、ありますかね?」


 フィーリは期待に満ちた目をあたしに向けた。


「わかんないけど、あったとしてもそう簡単には読ませてくれないでしょーねー」


 からからと笑いながら言う。それを聞いたフィーリはがっくりとうなだれていたけど、そのタイミングでふと、あの図書館島への行き方が気になった。


 これだけ移動にお金を取る場所だし、もしかしたら事前許可とかも必要かもしれない。


 あたしはそう考えながら部屋を出て、宿の受付へと向かったのだった。


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