第三十三話『祭りの後のお楽しみ?』



 ……やがて、夜になった。


 お祭りも終わってしまうと、あれだけ賑やかだった浜辺に人の姿はなくなり、一気に静かになる。


 今聞こえるのは規則的な波の音と、子どもたちが遊ぶ声だけ。


 ……というのも、あたしたちやクレアさんに加え、リティちゃんたちも今夜はこの浜辺で夜を明かすことになったのだ。


 その姉弟は今、フィーリと一緒になって夜の浜辺で焚き火をし、元気に遊んでいる。


「いやー、申し訳ない。子どもたちの面倒を見てもらっただけでなく、寝場所まで提供してもらえるとは」


 あたしが用意してあげた万能テントの入口に座り、申し訳なさそうに笑うのはダナンさん。リティちゃんとティム君の父親だ。


 ……ちなみにこの人、昼間は何をしていたかというと、魚のつかみ取り大会に参加していたらしい。


 海のない村に住んでいるにも関わらず、ちゃっかり優勝したらしく、賞金の2000フォルをゲットしていた。


「帰りの旅費です」と言っていたけど、もし賞金がなかったらまた村まで一週間歩くつもりだったのかしら。


 ……まぁ、その流れで彼らが今晩野宿すると知れたから、テントを貸してあげられたんだけどね。さすがに子どもたちを外で寝かせるのは可哀想だし。浴室用に作った万能テント、かなり役立ってる。


「ダナンさん、一杯どうですか? 良い麦酒を持ってきているんですよ」


 その時、自前のテントからクレアさんが顔を出す。その手には小瓶が握られていた。


 中身はお酒らしい。麦畑があるし、クレアさんのところはお酒も作ってるのねぇ……なんて考えていると、「メイさんもいかが?」と誘われた。


 未成年だと伝えると、二人は少し残念そうに、少し離れた場所へと歩いていった。


 それを見届けてから、あたしは立ち上がって、子どもたちのほうへと向かう。


「あの子たちは本当に元気だね」


 その道中、砂浜に寝っ転がるルメイエがいた。


「なんてとこで寝てるのよ。全然気づかなかったじゃない」


「冷たい砂に身を委ねながら、星空を眺めるのが最高なんだよ」


 焚き火から離れているので表情は読み取れないけど、幸せそうな声だった。


「……ところで、あの姉弟にはお礼をしてあげたのかい?」


「へっ?」


 唐突に言われて、あたしは面食らう。お礼?


「あの二人のおかげで、得体の知れない食べ物だったはずの錬金焼きそばに皆が興味を持ってくれたんだろう? なら、お礼をするのは当然だよ」


「あんた、見てたのねぇ……」


 呟いてから、フィーリとおいかけっこをしているリティちゃんたちを見やる。


 もちろんお礼はしたいけど、お金を渡すのは何か違う気がする。うーん……。


「……あ、そうだ!」


 少し考えて、あたしは閃いた。祭りの締めと言えば、あれしかないでしょ。


 続いてレシピ本を開き、そのページをめくっていく。やがて探し出したのは、錬金花火のレシピだ。


「必要素材は火薬と紙、それと油に動物の骨……」


 素材を確認したあと、あたしは容量無限バッグから究極の錬金釜を取り出し、調合を開始する。


 一番のネックは火薬だったので、使っていない爆弾を素材分解して、火薬を用意した。


「よーし、錬金花火の完成!」


 素材一式を錬金釜に入れてかき混ぜると、少しの間をおいて、虹色の渦の中から茶色い球体が飛び出してきた。ご丁寧に導火線もついている。


 レシピ本の説明によると、この錬金花火はいわゆる水上花火で、この導火線に火をつけてから海に放り投げると、一定時間後に爆発する仕組みだ。


 海の中でも火が消えない理由は、導火線に練り込まれた油が燃焼剤としての役割を果たすから……らしい。


「みんなー、花火やるわよー!」


 同じものを複数作ってから、あたしは子どもたちに声をかける。


「……ハナビ?」


 すると三人が三人とも、同じように首をかしげた。


「綺麗だから、まぁ、見てて!」


 そう声をかけて、あたしは焚き火の炎を借りて花火に点火。そしてタイミングを見て、海へと投げ放った。


「おおおー!?」


 やがて爆発した花火は、オレンジ色の光を放ちながら海上に半球を描く。それを見た子どもたちから自然と歓声が上がる。


 手投げ花火だけあって、元の世界の打ち上げ花火に比べると規模が小さいけど、夜間は人工的な明かりが殆どないこの世界では、十分すぎるのほどの明るさだった。


 二発目、三発目と投げ込んでいるうちに、ルメイエやクレアさん、ダナンさんといった大人たちも何事かと集まってくる。花火だと説明して、せっかくなので皆で楽しんでもらうことにした。


「……そうだ。この際、花火の色を変えられないかしら」


 その後も数発の花火を投げるも、どれも同じオレンジ色の光。日本の色鮮やかな花火に慣れ親しんだあたしにとっては、どうも物足りなかった。


「確か、花火がカラフルなのって炎色反応のおかげよね。ずっと前にテレビで見た記憶あるし」


 そんなことを口にしながらレシピ本を広げ、再び錬金釜と向かい合う。いつの間にか、他の皆も興味津々といった様子であたしの周りに集まってきていた。


「あー……錬金花火は一種類だけなのねー……」


 ところが、調べてみても別色の花火のレシピは載っていなかった。となると、メイカスタムするしかない。


「さっきの花火がオレンジ色なのは、たぶん動物の骨……カルシウムが入ってるから。その色を変えるために必要な素材は……」


 こめかみを押さえながら、一人思案する。確か、ありふれた材料だったはず。思い出せ、あたし。


「えーっと……そうそう! 銅よ!」


 ようやくひとつの素材に目星をつけるも、銅なんて持ってたかしら。


 一抹の不安を感じながら容量無限バッグに手を突っ込み、銅よ出てこい……と念じると、片手で掴めるサイズの塊が出てきた。


 形からして、どうやら以前採取した沈没船の部品のよう。


「これを動物の骨の代わりに入れて……どうだ!」


 先程と同じように素材を投入して錬金釜をかき混ぜる。やがて、無事花火が完成した。


「見た目は変わっていないようだけど、できたのかい?」


「どうかしら……素材が返還されなかったし、調合は成功してると思うけど」


 背伸びするように錬金釜を覗き込みつつルメイエが尋ねてくる。


 一方、あたしも曖昧な言葉しか返せない。ここは実際に使ってみるしかなさそう。


「そーれ!」


 完成した花火に火をつけ、勢いよく海面へと投じる。


「すごーい! 緑だ!」


 やがて炸裂した花火は、見事な緑色をしていた。よーし、大成功!


「なんかコツ掴んだ気がする! 今度はナトリウム……塩を加えて! 黄色の花火よ!」


「わー!」


 続いて塩を素材にすると、予想通りに黄色い花火が咲いた。


「カルシウム、ナトリウム……なんだか魔法の呪文みたいですが、すごいです!」


「……フィーリ、魔法使いのキミがそれを言うのかい?」


 色とりどりの光に照らされながら、フィーリとルメイエがそんな会話をしていた。


 リティちゃんとティム君も目を輝かせてそれを見てくれていたし、この二人にも、一応お礼ができたかな……なんて、思ったのだった。



 ……そんな賑やかな花火大会も終わり、それぞれが寝床へ向かう中、一人後片付けをしていたあたしの元へルメイエがやってきた。


「メイ、ご苦労さま。あの花火という道具、なかなかに見事だったよ」


「ありがとねー。思いつきだったけど、うまくいってよかったわ」


「素材によって色が変わる……まさに錬金術の真骨頂といった感じだった。しかも、即座に対応する素材を導き出すなんてね」


「あははー、なんかフロー状態になってたっていうか、降りてきたのよねー」


 炎色反応とか説明してもわかってもらえないだろうから、そう誤魔化しておいた。


「……それにしても、新しいレシピそのものを平然と生み出してしまうなんて、キミは恐ろしい存在だね」


 ルメイエは呆れ顔で言う。彼女の言う通り、あたしは今日、メイカスタムで新しいレシピを二つも生み出した。


 それぞれ『錬金花火(緑)』と『錬金花火(黄)』という名前で、伝説のレシピ本にしっかりと載っている。


 このレシピ本にはあらゆる道具の作り方が記載されているので、あたし自身が生み出したレシピも即座に載るというわけ。


 二つの花火のレシピは、一度レシピ本を見た時には確実に載っていなかったし、リアルタイムで更新されたということで間違いない。


「いっそ、世界各地を回って花火大会を催してみてはどうだい? 今よりは錬金術を有名にできると思うよ」


「お生憎様。あたしは錬金術師であって花火師じゃないの。頼まれてもやらないから」


 冗談とも本気ともとれる口調で言うルメイエに、あたしはそう言葉を返し、空を見上げる。


 花火師になるつもりなんて毛頭ないけど、いつか、空高くで花開く打ち上げ花火を調合して皆に喜んでもらいたいなぁ……とも、考えるのだった。

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