第三十一話『焼きそば対決!?・その①』
「ちょ、ちょっとクレアさん、大丈夫ー!?」
あたしは思わず叫んで屋台の内側へと回り込み、その体を抱き起こす。
少しの間をおいて、「え、どうしてクレアさんがここにいるんですか?」というフィーリの声と、ぱたぱたと駆け寄ってくる足音がした。
「フィーリ、回復魔法!」
「えぇ!? いくらなんでも使えませんよ! クレアさん、どうしたんですか?」
反射的に口から出た言葉をフィーリは一蹴し、続けて心配そうにクレアさんの顔を覗き込んだ。
「どうしたのかしら。突然倒れちゃったのよ」
「……顔が赤いね。おそらく日射病だろう。今日は暑いし、あの鉄板の近くで料理をしていればなおさらだ」
あたしとフィーリが困惑しているところに、ルメイエがやってきてそう告げる。
言われてみれば、体も熱い気がする。こういう時ってどうすれば良いんだっけ。まずは水分補給してもらって、わきの下を冷やせば良いんだったかしら。
色々と考えながら、フィーリと協力してクレアさんを横たえる。
幸いなことに彼女の意識はあったので、水分補給を兼ねてポーションを飲んでもらい、容量無限バッグから取り出した氷でその体を冷やす。
「ご心配おかけします……少し休めば良くなると思うんですが」
加えて額に冷たいタオルを当てながら、申し訳なさそうにクレアさんが言う。
よくよく考えれば、大量の荷物を持って徹夜で移動して、そのまま灼熱の鉄板の前でずっと調理を続けているのだから、寝不足と過労で倒れるのも当然だった。
「しばらく安静にしてて。この手の病気は回復するのに時間がかかるんだから」
あたしがそう伝えると、クレアさんはため息をついて「でも……このままではせっかく用意した食材が駄目になってしまいます」と、隅に置かれた巨大な荷物を見ながら言った。
「そう言われても、体のほうが大事だから……」
そこまで口にした時、フィーリがそれを遮るように「じゃあ、あの焼きそば、わたしたちで売ります!」と声を張り上げた。
「ちょ、ちょっとフィーリ、言うのは簡単だけど、実際に売るのは大変なのよ!? 競争相手だって、これだけいるんだから!」
「大丈夫です! 魔法使いが焼く魔法の焼きそばってことにすれば、売れると思いませんか?」
なんか言いながら、両手に握りこぶしを作っていた。いや、思いませんかと言われても。
「そういうことでしたら、よろしくお願い、します……」
フィーリの言葉を聞いたクレアさんは安心したのか、糸が切れたように眠ってしまった。よほど食材のことが気がかりだったみたい。
「それじゃあ、ボクはこの人の介抱を続けるよ。焼きそばの販売は二人にお任せだ」
ルメイエがすかさずそう言い、クレアさんの付き添いを買って出た。
うまく逃げられた気がしないでもないけど、どのみち見守りは必要だし。となると、その先の流れは決まったようなものだった。
「しょーがないわねー。じゃあ、いっちょ頑張って売りますか!」
あたしは言って、腕まくりしながら立ち上がる。
まずは鉄板の上で半分炭になっていた焼きそばを片付けて、次に材料の確認をする。
「ソースはこれね……それで、麺がこの中で……」
大きな荷物をほどいて中を見ると、本当に大量の麺が入っていた。それこそ、50人前はありそう。
クレアさん、お祭りは稼ぎ時だと言っていたけれど、これを全部売り切るつもりだったのかしら。
「とりあえず、目立つように看板を書きましょう! 魔法使いの焼きそば……と」
あたしが食材をチェックしている間に、フィーリはどこからか木の板を見つけてきて、さらさらと文字を書いていた。
「用意がいいわねー。まぁ、あたしは錬金術師だし、魔法使いの焼きそば……ってネーミングで売るのはちょっと抵抗があるけど」
「……じゃあ、メイさんはメイさんで、錬金焼きそばって銘打って売ったら良いんじゃないですか? この鉄板広いですし、半分ずつ使っても大丈夫だと思いますけど」
そんな言葉が口から出ると、フィーリが悪戯っぽい笑顔で言ってきた。続けて「魔法使いと錬金術師の焼きそば対決ですね!」とも。
「ほほう。フィーリがその気ならやってあげようじゃない。どっちが多く焼きそばを売れるか、勝負よ!」
○ ○ ○
……その後、広い鉄板を2つに分けて、あたしとフィーリの売上対決が始まった。
「さてさて、皆様ご覧あれ! 取り出しましたるは何の変哲もないエルフ豆! これを錬金釜に入れますと……あら不思議! 高級ソースに早変わり!」
あたしはかつて豪華客船で行った大道芸の知識をフル活用して、大きな声とオーバーリアクションで人々の注目を集めつつ、調合作業を行う。
作っているのは正確には醤油であってソースではないのだけど、この世界の皆にはそっちのほうが馴染み深いと思ったのだ。
「海の幸が持つ旨味を引き立てる醤……ソースをふんだんに使った錬金焼きそば! おひとつ400フォル! ぜひご賞味あれ!」
言いながら、魚介と一緒に鉄板で焼かれる麺に醤油を垂らす。何とも言えない良い香りが周囲に広がった。
「はー、メイさんすごいですねぇ。プライド捨ててますねぇ」
そんなあたしを横目に見ながら、フィーリは淡々と焼きそばを焼いていた。
彼女が作っているのは、焼いた麺にソースを絡めただけの至って普通の焼きそば。
販売開始前に一度試食させてもらったけど、美味しくもありきたりな味だった。
一方であたしの錬金焼きそばは、魚介の旨味を醤油がうまく麺に絡ませていると、フィーリも絶賛。正直自信作だ。
また、醤油の素材であるエルフ豆は鳥の街で大量確保してあるし、いくらでも追加調合できる。準備は完璧のはず……だった。
「魔法使いのお嬢ちゃん、一つもらえるかな」
「ありがとうございますー! 300フォルになります!」
「小さいのに頑張ってるねぇ。どれ、二つもらおうかね」
「ありがとうございますー!」
……そして勝負を始めて数分。売れるのはフィーリの焼きそばばかりだった。
クレアさんが設定していた海鮮焼きそばの金額が少し高めだったということもあるけど、実際、フィーリの前には長蛇の列ができ、あたしの前は無人。早くも勝負がついた感がある。
「むぅ……ここまで差ができるとは」
魔法使いの焼く魔法の焼きそばと、錬金術師の作る錬金焼きそば。ここでも知名度の差が出る結果となったらしい。
ある程度の量を焼き終わり、手持ち無沙汰になったあたしは隣を見る。
「魔法の焼きそば、いかかですかー?」
フィーリは調理をしつつも、お店の前を行く人に天使の笑顔を向け、その可愛さを全面に押し出していた。
てゆーか、いつの間にかエプロンドレスに着替えてるしさ。どこで用意したのかしら、あれ。
魔法使いの知名度に、あの可愛さ。フィーリは自分が持つ武器を最大限に利用して戦っていた。そこに、あたしが勝てる要素は微塵もない。
……まぁ、結果的に焼きそばが売れるのなら別にかまわないんだけどね。勝負に負けるのは、少しだけ悔しいけど。
「……って、駄目駄目! 諦めたらそこで勝負終了なんだから!」
一瞬折れかけた心を奮い立たせて、あたしは今一度お客さんに声をかける。
「錬金焼きそば、今ならお試し価格で300フォル! お一ついかがですかー?」
そしてあたしの取った手段は、自腹を切る覚悟での値下げ。まずは食べてもらわないと話にならないし。
それでも、あたしの前で立ち止まった男性二人は「お前がいけよ」「いやお前が……」などと、お互いに譲り合っていた。
究極の錬金釜による調合も見るだけなら大道芸のようで楽しいけど、完成したものを食べるとなると話が別らしい。
それこそ、未知の食べ物。わざわざお金を払うのはリスクが高いと思うのも至極当然だった。
ぐぬぬ、食べてもらえればその美味しさは伝わるはずなのにー!
「あのー、錬金焼きそば、二つください」
その時、二人の男性の間を抜けて女の子が歩いてきた。
「お、お嬢ちゃん、本当に買うのか?」
「はい。向こう、いっぱい並んでますし。それにこの人、知り合いですから」
男性とそんな会話をする少女の声に、聞き覚えがあった。その顔をよく見てみる。
「え、もしかして、リティちゃん!?」
そこにいたのは、山裾の村で父親や弟と暮らす少女、リティちゃんだった。
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