第三十話『海祭りにて』



 ……海祭り当日。朝から外がやけに騒がしかった。


 何事かと思って外に出ると、万能テントのすぐ目の前までものすごい人だった。


 設営作業の邪魔にならないようにと、できるだけ浜辺の端っこにテントを設置したのに、そこまで迫る勢いで人が溢れていた。


「ちょっと二人ともー! 起きてー!」


 テントの入口から出した顔をすぐに引っ込めて、まだ惰眠を貪っていたちびっこ二人を揺り起こす。


「朝から大声出して、なんですかもー」と、フィーリは不満げな顔をするも、窓から外の様子を見るとすぐに顔色を変えた。


「とりあえず着替えて。さっさとテントを片付けたほうが良さそうよ」


 言いながら、あたしはテントの窓に布で目張りをする。


 周囲の人々もテントの中を覗くつもりはないのだろうけど、そんなことを言っていられない程の密度だ。はっきり言ってこのテント、すごく邪魔になっていた。



「本当にご迷惑をおかけしました。どっこいせ……っと」


 手早く身支度を済ませると、あたしたちは外に出て、テントをそそくさと容量無限バッグへしまう。その様子を皆が不思議そうに眺めていた。


「ひとまず港のほうへ行きましょ。ここ、人が多すぎるわ」


 未だ目覚めないルメイエを背負い、フィーリの手を握りながら言う。それこそ、鉱山都市より人が多いかもしれない。


「この人たち、どこから来たんでしょうか」


「さあねー。船が使えないんだし、街道を通ってきたんじゃない?」


 気を抜いたら流されてしまいそうな人波の中を突っ切るように進む。


 その左右には様々な屋台が並び、あちこちから香ばしいソースの匂いが漂ってきていた。


「……うん? ソース?」


 反射的に近くのお店に目をやる。そこではお好み焼きに似た食べ物が売られていた。


「うそぉ、この世界、お好み焼きあるんだ」


 そう呟いて、驚きのあまり立ち尽くしてしまう。続いて視線だけを隣の屋台へ移すと、そこには棒に刺さった真っ赤な球体があった。


 どう見てもりんご飴。いや、この世界にも砂糖とリンゴは存在するし、もちろん作れるだろうけど、まさかこんなところで……!


「メイさーん、止まってないで進みましょうよー。すごい迷惑になってますよー?」


「へっ? ああ、ごめんごめん。一旦抜けましょう」


 フィーリの言葉で我に返り、移動を再開する。これは後でいろいろ調べてみる必要がありそうね。


「……おや、もう朝かい」


 比較的人の少ない港まで戻ったところで、ようやくルメイエが目を覚ました。


 まだ寝たりなさそうな彼女を地面に下ろして事情を説明していると、背後から「どうだい、海祭りはすごいだろう?」なんて声が聞こえた。


 振り向くと、そこには昨日受付をしていた男性が立っていた。


「お祭りだから人が来るだろうとは思ってたけど、ここまでとはねー」


 その場から浜辺一帯を見渡しながら言う。


 本来は一面真っ白な砂浜なのだろうけど、今はそのほとんどを人が埋め尽くしていた。


「年に一度のイベントだからなぁ。朝からたくさんの馬車が人を運んできているよ」


 嬉しそうに指し示す先を見ると、そこには巨大な幌馬車が何台も連なるように停まっていて、次々と人が降りてきていた。


「皆、メノウの街に前日から泊まっていてな。この祭りに参加するため、夜明け前に出発するんだぜ」


 そう誇らしげに言う。さしずめ、あの馬車は観光バスのようなものなのね。


「なるほどねー。最初は人の多さに圧倒されたけど、そんなに人が集まるイベントなら、楽しまないと損よね」


「そうですね!」


 あたしとフィーリがお互いに笑顔になりながら言うも、ルメイエは「ボクは賑やかすぎるの、苦手なんだけど」と、あまり乗り気ではない様子だった。


「リンゴを使ったスイーツも売ってたわよ。溶かした砂糖で全体を覆っていて、パリパリでおいしいの。たぶん、食べたことないと思うけど?」


「ほう、スイーツかい?」


 これ見よがしに言うと、ルメイエが前のめりになる。あたしはすかさず「一緒に来れば買ってあげる」と付け加えた。


「相変わらず策士だね……この人の多さじゃ絨毯も使えないだろうし、よろしくお願いするよ」


 ルメイエはそう言うと、何を思ったのか再びあたしの背中に飛びついてきた。


「へっ? ちょっと!?」


「フィーリならまだしも、ボクくらいの大きさだと間違いなく人波に流されてしまうからね。こうするのが最善だと思うよ」


 困惑するあたしをよそに、「なんなら、肩車してくれてもかまわないよ」と付け加えながら、しっかりと首に手を回してきた。


「これならはぐれる心配もないし、一緒に動くことになるからスイーツも食べることができる。何か問題があるかい?」


「いや、ないけど……」


 そう言葉を返しつつも、内心ではどっちが策士よ……なんて思うのだった。


 ……それからお祭りに繰り出し、お店を回ってみることにした。


 行き交う人はますます増えているので、万一はぐれてもすぐに合流できるよう、フィーリにはトークリングをつけてもらった。


「うへぇ……人に酔いそう……」


「押しつぶされそうですー……」


 まるで芋を洗うように混雑する会場内を練り歩き、やっとの思いでりんご飴とお好み焼きを購入する。


 どこか落ち着いて食べられそうな場所……と視線を巡らせるも、少し離れたところに出されたテーブル席は全て埋まっていた。あたしたちは椅子に座るのを諦め、一度その場を離脱。港のほうへ戻ってきた。


「はー、初詣の神社ってこんな感じなのかしら。テレビの向こうの話で、実際に行ったことはないけどさ」


 その場の誰にも伝わらないようなことを口にしながら、砂浜の端に倒れるように座り、気になっていたお好み焼きを開けてみる。


 主な材料は小麦粉を使った生地とキャベツで、上にかかっているソースは味も香りも元の世界にあったものと何ら変わらなかった。


 少し気になったのでその場でレシピ本を開いてソースのレシピを調べてみると、しっかりと載っていた。


 必要な素材は様々な野菜と果物に、各種スパイス。実際のソース作りに必要なものと何ら変わらなかった。


「メイさん、半分ください!」というフィーリにお好み焼きを手渡して、あたしは人でごった返す会場を改めて見渡す。


 浜辺に人が溢れかえっているので、海に逃げ道を見出して泳いでいる人も見受けられる。確かに今日は朝から暑いし、海に入りたくなる気持ちもわかる。


「むぐむぐ……変わった味だけど、元は小麦なんだね。さすが麦畑が近くにあるだけあって、名物なんだろうね」


 フィーリからお好み焼きを分けてもらいながら、ルメイエが言う。その言葉を聞いたあたしは、今度は屋台の方に目をやる。


 彼女の言う通り、浜辺に出ているお店は小麦を使った料理が多かった。


 お好み焼きに、焼きそば。そしてたこ焼き。海も近いし、たこ焼きとかその最たるものだと思う。


「焼きそばかぁ……久しぶりに食べたいわねぇ」


 この世界で麺類といえば、基本パスタ。焼きそばなんて長いこと食べてない。


「……決めた。ちょっくら買ってこよう」


 すっかり焼きそばの口になったあたしは、近くの焼きそば屋台に狙いを定め、人が僅かに減ったタイミングを見計らって突撃した。


「すみませーん! 焼きそば一つくださーい!」


「ありがとうございますー……って、メイさん?」


「へっ?」


 店員さんから唐突に名前を呼ばれ、湯気が立ち昇る鉄板の向こうに見える顔を凝視する。


「……あれ? もしかして、クレアさん!?」


 そこにいたのは麦畑の一軒家に住んでいるはずのクレアさんだった。


「ちょっと待って。昨日家の近くを荷馬車で通りかかったんだけど、普通に農作業してなかった?」


「ええ、その日の夕方に荷物をまとめて、徹夜でこの浜辺までやってきたんです。徒歩で」


「徒歩ぉ!?」


 あの家からここまで、荷馬車でも結構かかったわよね? それを徒歩?


 驚愕するあたしに対し、「せっかくのお祭りで稼ぎ時だもの。頑張っちゃったわ」と、背後に見える巨大な荷物を見ながらあっけらかんと言う。


 あれを背負って夜通し歩いてきたの? ウソでしょ。商魂たくましすぎよ。


 実はこの人はフィーリの母親でもある。わけあって本人には内緒なのだけど、フィーリが時折見せるお金への執着は、やっぱり母親譲りなのかもしれない。


「焼きそば、300フォルだけど買っていく? 100フォル追加で海鮮やきそばにもできるわよ」


 のほほんとした表情で言う。広めの鉄板だなぁと思っていたら、左右で作っているメニューが違うらしい。


「えーっと、じゃあ、普通の焼そばください」


 そう伝えると、器にできたての焼きそばをよそってくれた。それを受け取って、代金を支払おうとした時……。


「……あら、あらら?」


 目の前にいたクレアさんの体がぐらついた。


 あたしが呆気にとられているうちに、どさりと音がして、彼女は屋台の中に倒れ込んでしまった。

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