第二十九話『荷馬車に揺られて』



 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、荷馬車に乗ってのんびりまったり、街道を進んでいた。


 どうして馬車になんて乗っているかというと、休憩がてらに立ち寄ったメノウの街で、ちょうど港行きの荷馬車を見つけたから。


 当然、絨毯で移動したほうが早いのだけど、荷馬車なんて乗ったことなかったし。いい経験になるだろうと思い、御者のおじさんと交渉して、タダで乗せてもらったのだ。


 というわけで、あたしたちは船に載せると思われる大量の荷物と一緒に、リャマとロバの中間のような薄茶色の生き物が引く馬車に揺られていた。


 ルメイエ曰く、あの動物はリャバというらしい。早くは走れないけどスタミナがあって、長距離に向いているとのこと。


「はー、こういう旅ものどかでいいわよねー」


 パカパカと一定のリズムを刻みながら、街道の石畳をゆくリャバの蹄の音を聞きながら、あたしは荷台から流れゆく景色に視線を送る。


 背の低い緑の草原が一面に広がり、時折鳥のさえずりが聞こえる。初めてこの世界に来た時の風景に似ているせいか、なんか落ちつく。


「えへへー、えへへー」


 ……一方、そんなあたしの対面に座るフィーリは美しい景色なんて興味なし。リディオからもらった髪飾りを手にして、終始ニヤニヤしっぱなしだった。


 フィーリの髪と同じ銀色をした髪飾りで、石のようにも、木のようにも見える材質だった。リディオ、なかなかセンスあるじゃない。


「……まだまだ子どもだと思っていたけど、フィーリもすっかり乙女だね」


 そんな様子を見て、荷台の床に寝そべっていたルメイエがそう言葉を漏らす。


「フィーリ、嬉しいのはわかったから少しは景色見なさいよ。きれいよー?」


 そう声をかけるけど、フィーリはどこ吹く風。


 しまいにはルメイエが「ひょっとして、メイは大好きなフィーリがリディオに取られそうで焦っているんじゃないのかい?」なんて冗談っぽく言ってくる始末。何の話をしてるのよ、まったくもー。



 ……道中にお昼休憩をはさみながら、荷馬車は街道を静かに進んでいく。


 気がつけば、周囲には先ほどまでとはまた別の植物が生い茂るようになってきた。


「もしかして、これって麦かしら」


「……そうだね。まだ収穫には程遠いようだけど」


 ふいにあたしの口から出た疑問に、ルメイエが答えてくれた。


 以前この場所を訪れた時には金色の大海原が広がっていたけど、どうやら今の時期は麦も生育途中のようで、まだまだ葉が青かった。


 でも、これはこれで綺麗よねー……なんて考えていた矢先、遠くに見知った家と一本の木が見えてきた。


「ねぇフィーリ、せっかくだし、クレアさんの家に寄ってく?」


「んー、そーですねぇ……」


 フィーリは立ち上がり、家のある方角を見やる。一緒になって見ると、建物から少し離れた麦畑の中で作業するクレアさんの姿が見えた。


「……いえ。忙しそうですし、また麦刈りの時期にしましょう!」


 少しだけ考える仕草をしたフィーリはそう口にし、再び腰を下ろす。


「……あの家に住む女性と、知り合いなのかい?」


 あたしとフィーリのそんなやり取りを見ていたルメイエがそう訊いてきたので、以前あの家で麦刈りを手伝ったことや、一連の出来事について話して聞かせた。


「……パンの自動販売機に、時の砂時計? 単なる収穫の手伝いかと思いきや、随分大掛かりなことをしていたんだね」


「自動販売機は渾身の調合だったわー。時の砂時計を使ったのは不可抗力のようなものだったけど」


 あたしは言いながら、容量無限バッグから時の砂時計を取り出す。だいぶ前にメノウの街で怪しい商人から買い取った品を素材分解し、再調合したものだ。


「……あ、そういえばこの砂時計を商人から買い取った時、ルメイエ本人が書いたっていう説明書を一緒にもらったのよ。これなんだけど」


 ふとそんなことを思い出したあたしはバッグからその説明書を取り出して、時の砂時計とともにルメイエへと手渡す。


「ああ……そういえばこんなメモを残していたような気がするね。どんな道をたどったのか知らないけど、ボクの作った道具が巡り巡ってメイの元に届くなんて、妙な縁を感じるよ」


 どこか懐かしむように言って、メモと砂時計をあたしに返した。


 ……この道具、本当に彼女が作ったものだったんだ。


「やっぱりルメイエって伝説の大錬金術師なのね。こんなすごい砂時計調合しちゃうなんてさ」


「褒めても何も出ないよ。偶然、砂時計になりたいという時の砂と神木フェルツに出会うことができたんだ。数回使っただけで、壊れてしまったしね」


 そう謙遜しつつも、ルメイエはどこか得意げだった。なんにしても、この砂時計のおかげでその後の困難を乗り越えることができたのだから、感謝しかない。


「その砂時計を素材にすれば、時を移動する道具すら作れるということがわかったけど、さすがのボクもその作り方まではわからなかったよ」


 へー、いわゆるタイムマシンってやつ? 確かにこの砂時計の性能を考えれば、できなくもなさそうだけど……。


 あたしはおもむろに伝説のレシピ本を取り出す。ぱらぱらとページをめくってみると、それらしい道具が見つかった。


 『時渡りの懐中時計』と書かれたその道具を作るには、時超えの石とガルマン鉱石、そして時の砂時計が4つも必要だった。とてもじゃないけど素材が足りない。


 ……まぁ、今は時間を旅する必要性も特に感じないし、この道具については保留にしておきましょ。



 ○ ○ ○



 そんなこんなで、馬車に揺られること半日以上。夕方近くになって、あたしたちは港へとたどり着いた。


 御者のおじさんにお礼を言って別れ、チケットを手に港の建物へと向かう。


「悪いねぇ、今は船が出ないんだよ」


 すると、受付で対応してくれた男性からそんな言葉が飛んできた。


「えぇ……なんで?」


 思わず言い寄ると、「明日は海祭りなんでね。海で遊ぶ人間も多いし、危ないから船は出せないんだ」と続けた。


「……ほう。海祭りとな」


 その単語を聞いて、あたしは外に出てみる。以前来た時には気づかなかったけど、この港はすぐ近くに広い浜辺があった。そこに無数の出店が並び、開店準備が進められていた。


 船が出ないのは残念だけど、タイミングよくお祭りと出くわすなんてそうそうない。これはある意味ラッキーだったかも。


「おおー、お祭りですか?」


「……やれやれ、騒がしいのは苦手なんだけど」


 少し遅れて外に出てきた二人が正反対の反応を見せるも、すでにあたしの頭の中はお祭りのことでいっぱいだった。


 どのみち船は出ないのだし、今日はここで泊まって、明日のお祭りを楽しむことにしよう。


 その旨を二人に伝えて、あたしは浜辺の端っこに手早く万能テントを設置したのだった。


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