第二十八話『再訪! 鉱山都市・その⑨』
リチャードさんから思わぬ報酬を受け取り、申し訳ない気持ちになっていると、リチャードさんはさらに「こちらもどうぞ」と言い、一通の封筒を差し出してきた。
中を見てみると、そこには『メノウ群島行き特別乗船券』と書かれた紙が入っていた。
「メノウ群島?」
「ええ。メノウの街北東の港はご存知ですか?」
そう尋ねられて、あたしはうなずく。以前、雪の街に行くときに使った港だ。だけど、メノウ群島は知らない。
「今度、あの港からメノウ群島へ向け、特別便が出ることになっていまして。その乗船券になります。本当は家族と行く予定だったのですが、仕事が入ってしまいまして」
リチャードさんは苦笑しながら言う。すっかり忘れていたけど、この人は結婚していて、子どももいるんだった。
「それでせっかくのチケットを捨てるのももったいないと、メイさんにお渡ししようと思った次第です。ご迷惑でなければ、どうぞ」
「全然迷惑じゃないんだけど……メノウ群島ってどんなとこ?」
「そうですね。私も噂で聞いた程度ですが、無数の島々が織りなす景観が素晴らしいと」
言われてイメージしたのは、エーゲ海や瀬戸内海。いわゆる多島美というやつだった。
「群島はそれ自体が大きな街であり、各島に様々な施設があるそうです。その中でも、群島の中央に位置する島には巨大な図書館があり、通称『図書館島』と呼ばれているようです」
「ほう、図書館島とな」
「そうです。古今東西のあらゆる書物が収められ、学者たちの憧れの場所だそうですよ。自分は騎士ゆえ、まったく縁がありませんが」
リチャードさんはそう言って笑うも、あたしは興味津々だった。
そんなにたくさんの本があるのなら、中には錬金術に関する本もあるかもしれない。その、かなりマイナーな分野にはなるだろうけどさ。
もしかしたらその中に、魂を入れ替えるような道具について書かれているのもあるかもしれないし。足を運ぶ価値はあると思う。
その後は他愛のない雑談に花を咲かせるも、あたしの頭の中はそのことでいっぱいだった。
○ ○ ○
「……ところでメイ、キミはどうして騎士団長と知り合いなんだい?」
やがてリチャードさんが帰ったあと、それまでずっとソファーで横になっていたルメイエが顔を上げ、そう口にした。
「あんた、起きてたのねぇ……これも錬金術が紡いだ縁なのよ」
「……抽象的すぎてわからないんだけど。どういうことだい?」
言いながら、その身を起こす。乱れた金髪を整えながら、銀色の瞳であたしを見る。
「この世界にやってきてすぐ、メノウの街近くの街道で傷ついた彼と出会ってね。いくつもポーションを作ってあげたの」
「ああ……そういえば、その時期にメノウ東の草原に魔物が現れたという話があったね。その討伐でもしていたのかな」
「あとは……砂漠の町で一緒に野盗団を退治したりもしたしさ」
「ちょっと待っておくれ。むしろ、そっちのほうが衝撃的なんだけど。キミは何をしてるんだい?」
「今となっては、スローライフのために必要だったのよ」
「野盗団相手に戦うことがかい? ボクならさっさと逃げるけどね」
呆れたように言って起き上がり、今度は真剣な顔になる。どうやら、ここからが本題のようだ。
「それで、メノウ群島……だっけ。そこへ行くのかい?」
「そうねぇ……できたら行きたい、けど……」
そこまで言って、あたしは言葉に詰まる。これまでならすぐに出発しただろうけど、今回は少し状況が違う。
「……フィーリのことが気がかりなのかい?」
そのとき、あたしの心中を察したのか、ルメイエがその名前を口に出す。
「そうなのよねー……あの子もせっかく友だちができたのに、すぐにお別れ……なんて、ちょっと可哀想でさ」
「……まぁ、フィーリも自分の立場は理解していると思うよ。あの子は賢い子だしね」
思い悩むあたしを見て、ルメイエがそう口にする。その口調は年長者らしく、物事を達観しているように思えた。
「でもほら、フィーリってここしばらく毎日リディオに会いに行ってるじゃない? 今日だってそうだしさ。やっぱりお別れが嫌なんじゃ……」
「……逆だよ。いつ別れの時が来ても後悔しないように、毎日会いに行ってるんだよ。そこをわかってあげないと」
「あ……」
ルメイエに少し強めの口調で言われ、あたしは雷に打たれたような感覚になった。そういうことだったのね。
「さっきも言ったように、あの子は賢い子だ。だから、きちんと伝えればわかってくれるさ。むしろ、ボクやメイの足かせになっていると感じることのほうが、彼女にとっては嫌なことだと思うよ」
そこまで言うと、ルメイエはソファーから飛び降りて、キッチンへ紅茶を淹れに行ってしまった。
その背中を見つつ、フィーリが戻ってきたら近いうちに旅立つ旨をきちんと伝えよう……と、あたしは心に決めたのだった。
「ただいま戻りましたー」
お昼を過ぎた頃、大きなバスケットを持ったフィーリが帰ってきた。
「おかえりー。今日もお昼ごはん用意してあげたの?」
「はい! 少し作りすぎたかと思ったんですか、喜んで食べてくれました!」
バスケットをテーブルに置きながら、ニコニコ顔で言う。
一応、鉱山でも無料の食事は出るらしいけど、鉱夫たちからはあまり評判が良くないらしい。
だからこそ、皆お昼休みになると、食事を求めて街に繰り出すんだろうけど……働き始めたばかりのリディオはそういうわけにもいかないのだろう。
「毎日怒られてるけど、お仕事楽しいって、リディオは言ってました。充実してるそうです」
荷物の片付けをしながら、なおも嬉しそうに話す。本当に仲良くなったみたいねー。
……でも、あたしはフィーリに伝えなきゃいけないことがある。一瞬、ルメイエと視線を交えてから、口を開く。
「あのねフィーリ、そろそろ次の街に行こうと思うんだけど」
「え」
意を決してそう伝えると、フィーリは一瞬固まった。
でもすぐに「そうなんですね! じゃあ、明日のうちにリディオにお別れを言っておきます!」と言って、笑顔を見せた。
「今度はどんな街に行くんですか? 楽しみですねぇ」
努めて明るく言っていたけど、その声は明らかに震えていた。
……ごめんね。せっかく仲良くなったのに。
わかっていたことだけど、やっぱり心苦しかった。
○ ○ ○
……そしてやってきた、旅立ちの日。
朝早くに出発しましょう! と急かすフィーリに背を押されるように、早朝に万能テントをたたみ、鉱山都市の入り口へとやってきた。
「フィーリ、そんなに急がなくても……もしかしたらお見送りとかしてくれるかもしれないのに」
「いいんです。お別れはしましたので」
思わず尋ねるも、フィーリはすでにほうきにまたがって空中に浮かんでいて、今にも飛び出していきそうだった。
あたしとルメイエも絨毯に座ってはいるものの、どこか腑に落ちず、その場から飛び立てずにいた。
「……よかった! まだいた!」
……その時、そんな声が聞こえた。見ると、街の方からギルドマスターとリディオが駆けてくるのが見えた。
「あーもー、だから早く出発しましょうって言ったのに……」
あたしたちと同じようにその姿を見たフィーリは戸惑いの表情を見せてそう言い、ゆっくりとほうきから降りた。
「何も言わずに出ていくなんて、ひどいじゃんか!」
そんなフィーリのもとへ駆け寄ったリディオは、一番にそう言った。
「え、ちょっとフィーリ、お別れしたって言ってなかった?」
「あー、うー、だって、ちゃんとお別れをしてしまったら、余計に悲しくなるじゃないですか。だから、黙って行こうとしてたのに」
視線を泳がせながら言うも、その瞳には涙が溜まっていた。ルメイエの言う通り、フィーリは確かに聡明だけど、溢れる感情は抑えきれない様子だった。
それでも本人はそれを表に出さないよう、必死に堪えていた。
「これ、餞別にやるよ!」
そんなフィーリの心境を察してか、リディオは底抜けに明るく言い、持っていた紙袋をフィーリの胸元に押しつけた。
彼女は困惑したままそれを受け取り、封を開ける。
「……髪、飾り?」
「初めて出会った時にさ、壊しちまった髪飾りのお詫びだよ! 朝一番に雑貨屋で買ってきたんだぜ!」
紙袋から出てきたのは、まともなラッピングなんてされていない、値札もついたままの髪飾りだった。それでも、リディオはそう言って胸を張った。
「……あんたたちが今日旅立つって話を坊主にしてやったらよ、こいつ、給料前借りさせてくれって土下座したんだぜ。それで何をするのかと思いきや、女へのプレゼントだと。ガキのくせに、ませてやがるぜ」
「おっちゃん、それ言わないでくれって言ったろ!」
「馬鹿が。こんな傑作な話、今言わずにいつ言う。あと、俺のことはギルドマスターと呼べと言ってるだろうが」
そして振り下ろされるゲンコツ。ごつんという良い音がして、リディオは心底痛そうに頭を押さえていた。
そんな二人のやりとりと、押し付けられた髪飾りを交互に見るうち、フィーリの顔に笑顔が戻っていった。
「旅に出るからって、もう会えなくなるわけじゃないだろ! また来いよな! フィーリ!」
彼自身も寂しいだろうに、それを微塵も感じさせない口調で言う。それを感じ取ったフィーリも自分の涙をローブの裾で乱暴に拭って、もう一度、しっかりと笑顔を作った。
「……絶対また来ますから、それまでにリディオも立派な鉱夫になってください。せめて、外にお昼ごはんを食べに行けない見習いは卒業していてくれると嬉しいです」
「わ、わかってるよ! 今度来た時は飯奢ってやる! まかせとけって!」
ようやくいつもの調子に戻ったフィーリに、リディオも少し照れくさそうに言葉を返す。
……うん。もう大丈夫そう。
あたしは隣のルメイエと視線を交わした後、「それじゃ、そろそろ行くわよー」と言い、静かに絨毯を発進させた。
それを見たフィーリもほうきに乗り、後に続く。
「またな! フィーリ!」
「はい! 行ってきます!」
フィーリは一度だけ振り向くと、大きく手を振るリディオに元気な声を返す。
その後は振り返ることなく、まっすぐに前を見つめ、あたしたちとともに鉱山都市を後にしたのだった。
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