第二十七話『再訪! 鉱山都市・その⑧』


「おや? そこにいるのはメイさんでは?」


 突如として目の前に現れた騎士団の中から、聞き覚えのある声がした。


「あ、もしかしてリチャードさん?」


 皆同じ格好をしていたので、誰となく声をかけると、先頭にいた人物が兜を取って素顔を見せてくれた。


 金色の短髪に鳶色の瞳。メノウの街の騎士団長、リチャードさんに間違いなかった。


 「こんなところでお会いするとは。メイさんの実力は存じていますが、さすがに廃坑は危険ですよ?」


 朗らかな笑顔を浮かべながら彼は言う。どうしてここにいるのかと、あたしは思わず尋ねた。


「依頼を受けて、この街に派遣されたのです。最初の任務が終わったので、続けてこの廃坑を下見に来たところです」


 リディオの騒動ですっかり忘れていたけど、採掘ギルドのギルドマスターが『盗賊団の討伐を騎士団にお願いしている』みたいな話をしていた気がする。本来ならあたしたちも、騎士団到着後にこの廃坑に潜る予定だった。


「……ちょっと待って。最初の任務は終わった……ってことは、盗賊団は?」


「ええ、籠城されて苦労しましたが、一人残らず捕らえることができました。彼らの頑張りのおかげです」


 そう言って、リチャードさんは自身の背後にいる騎士たちに敬意を払った。


 騎士団長に評価され、騎士たちは気恥ずかしそうにしていたけど、あたしの心中は穏やかではなかった。


 このタイミングで騎士団による盗賊団討伐が行われたということは、リディオは廃坑探索の成果を持ち帰ることなく、盗賊団を脱退したことになる。だって、戻る場所がないのだから。


 百歩譲ってそれはいいとしても、仲間を一網打尽にした騎士団が目の前にいるのだ。リディオは内心、ものすごい恐怖を感じていると思う。


「……しかし、しばらく見ない間にお仲間が増えましたね。皆さん、錬金術師なのですか? その少年も?」


 そんな時、リチャードさんがあたしたちを見渡し、リディオのところで視線を止めた。


 当然、リチャードさんはリディオが盗賊だということは知らないのだけど、その視線に射抜かれたリディオは動揺し、言葉に詰まってしまう。


「この街の鉱山で働いている男の子です! 鉱山に詳しいということで、道案内をしてもらいました!」


 盗賊は即縛り首というルメイエの言葉を思い出し、なんとかこの場をやり過ごさないと……と考えていた時、フィーリがそう言ってリディオの手を取り、笑顔を見せた。


「……はは、言われてみれば、その格好は確かに鉱夫ですね。素材収集もいいですが、ここは危険なので程々にしておいたほうが良いですよ」


 その様子を見て、あたしたちと彼の関係性を理解したのか、リチャードさんも笑顔を返してくれた。


 いやー、偶然とは言え、リディオに作業服着せてて本当に良かった。



 ○ ○ ○



 ……その翌日。あたしはリディオとともに、採掘ギルドを訪れていた。目的はリディオの就職活動だ。


「……雇ってほしいってのは、こいつのことかい」


 朝一番にギルドに押しかけたあたしとリディオを応接間に通し、何とも言えない顔をするのは、採掘ギルドのギルドマスターだ。


「話は聞いたぜ。盗賊団の流れもの……か」


 あたしたち以外には誰もいない室内に響き渡るような深い溜め息をついて、彼はリディオの全身を見やる。


「採掘ギルドは常に人手不足だし、入会金さえ払えば選り好みはしねぇ。それに、この街にやってくる出稼ぎ労働者の中には素性を隠している奴も多い。だが、よりによって元盗賊か……」


 もう一度深い溜め息をつき、今度は腕組みをして天井を見上げた。


「そこをなんとか。どうかお願いします」


 あたしは言って、深く頭を下げる。それを見たリディオも「お願いします」と、同じように頭を下げた。


「あー……しょうがねぇなぁ……お前の素性について、俺は何も知らん。それでいいなら、雇ってやる」


 天井を見ながら考えを巡らせていたギルドマスターは、やがて観念したようにそう言った。


 つまり今後、なにかの拍子にリディオの身の上が明らかになったとしても、ギルドとしては一切擁護しない……という意味なのだろう。


 それでもリディオにとっては大きな一歩で、仕事先が決まった彼は飛び上がって喜んでいた。


「……まぁ、この人の頼みじゃなきゃ門前払いだぞ。メイさんに感謝しとけよ、坊主」


 ギルドマスターははしゃぐリディオをどこか嬉しそうに見たあと、あたしに視線を送る。


「いやー、頼んでみるもんねぇ。ありがとー」


「断ると後が怖そうだからな……だが、採掘ギルドに入るには入会料が必要だ。払えるのか?」


 あたしがお礼を言うと、ギルドマスターは視線をそらしながら小声で言ったあと、そう続けた。


「あー、なんか以前も、そんなもの請求されたような……子ども相手でも取るの?」


「こればっかりは決まりだからな。2000フォル。耳を揃えて出してもらおう」


 そう言って真剣な顔でリディオを見る。彼はその場に立ったまま作業服のポケットを漁る。


「……金はないけど、これで代わりにならないか?」


 そして取り出したのは、先日の廃坑で集めた妖精石だった。


「……ほう。どこで手に入れたのか知らねぇが、良いもの持ってるじゃねぇか。いいだろう。お前の入会を許可する。ようこそ、採掘ギルドへ」


 ギルドマスターはそれを受け取ると、満足顔をしつつ、リディオへそう言い放った。あの時集めておいた妖精石が、思わぬところで役に立った形だった。



 ……それから一週間が経った。


 リディオは先輩鉱夫たちにしごかれながらも、充実した日々を送っている……と、これまた毎日のように彼に会いに行っているフィーリから聞かされていた。


「リディオ、頑張ってるみたいねー」


 あたしは万能テントの中で錬金釜をかき混ぜながら、誰ともなく言う。ソファーで横になるルメイエは寝ているのか、反応がない。


「それこそ、両親がいなくなってずっと盗賊として生活していたみたいだし、それ以外の働き方を知らなかっただけなのよ。根は真面目で、純粋そうな子だったし」


 完成した爆弾を容量無限バッグにしまいながら、あたしはさらに続ける。ちなみに、フィーリは今日も朝から鉱山へとでかけていて、テントの中にはあたしとルメイエの二人だけ。静かなものだった。


「……失礼します。メイさん、ご在宅ですか」


 そんな折、テントが外からノックされた。この声はリチャードさんだ。


「はーい! どうぞー!」


 ちょうど調合も一区切りついたので、その道具一式をしまいながら声を返す。


 少しの間をおいて「失礼します」と声がして、リチャードさんが入り口から顔を覗かせた。見慣れた甲冑姿ではなく、私服姿だった。珍しい。


「本当にテント生活をされているのですね。女性が多いのに、危険はないですか?」


「このテント、色々防犯設備整ってるから。それにこの街の宿、特殊だし……」


「我々ですら雑魚寝ですから、女性には厳しいでしょうね……お察しします」


 わかってくれますか……なんて話をしながら、リチャードさんをテントの中へと招き入れる。外見とはかけ離れたその広さに、彼は驚いていた。


「それで、今日はどうしたの? 普段と格好が違うから、一瞬誰かと思ったわよー」


「はは、今日は非番なもので。驚かれるのも無理はないですね」


 頭を掻きながら言って、あたしが促したソファーに腰を下ろす。ルメイエが寝ているのとはテーブルを挟んで、反対側のソファーだ。


「本日伺ったのは、お借りした地図をお返しにきたのです。おかげで調査もスムーズに進みましたよ。本当に助かりました」


 そう言ってリチャードさんは頭を下げ、万能地図を差し出した。あの廃坑の調査をすると聞いたので、一時的に貸していたものだ。


「魔物の位置がわかるとは摩訶不思議な地図です。さすがメイさんの錬金術ですね」


「えへへー、そうでしょー。役に立ったんなら何よりよー」


 普段は錬金術で作った道具は人に貸し出さないのだけど、リチャードさんは錬金術の力を認めてくれている数少ない人物の一人だし、廃坑の魔物を討伐するという目的上、この地図を貸すのが最善だと思ったわけで。


「それで、こちらは協力のお礼です」


 一人満足感に浸っていた時、リチャードさんがそう言って袋をあたしの前に置いた。


 テーブルに置かれた時に金属音がしたし、お金が入っているよう。


「あたし、そんなつもりじゃなかったんですけど」


 思わずそう口にするも「旅は物入りでしょうから、受け取ってください」と、そのまま押し付けられてしまった。


 申し訳ない気持ちになっているところに、リチャードさんは「こちらもどうぞ」と言い、一通の封筒をあたしに差し出してきた。封筒? 何かしら。

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