第二十六話『再訪! 鉱山都市・その⑦』



「いやー、集めたわねー」


 それからかなりの時間をかけて、大量の鉱石を収集した。滅多に来れる場所じゃないし、レア素材の宝庫。そう考えると、手が止まらなくなってしまった。


「メイねーちゃん、本来の目的忘れてるんじゃねーか」


「本当ですよ。これだから錬金術師さんはー」


「ごめんごめん。レアな素材がたくさんあったから、つい」


 仲良くため息交じりに言うリディオとフィーリに平謝りをして、採取に使った道具を容量無限バッグへとしまう。


「まったくもう、皆の迷惑も考えてほしいよ」


 ルメイエはそう言いつつも、ガルマン鉱石と妖精石を自分の鞄へ必死に押し込んでいた。


 彼女も錬金術師だし、やってることはあたしと変わらないと思うけど。


「それじゃ、改めて最深部へ向かいましょー。万能地図で見ればもう目と鼻の先だし、すぐに着くわよ」


 あたしはそう言いながら、置きっぱなしにしていた絨毯に腰を下ろす。他の皆が乗り込んだのを確認して、静かに絨毯を発進させた。



 ……ほどなくして、最深部付近へとやってきた。


「うーん……ちょっと一旦止まりましょ」


 そこまで来て、あたしは絨毯の速度を落とし、そう告げる。


「え、どうしたんだ? ここまできたら、突っ走ろうぜ?」


「んー、なーんかいるのよねー」


 万能地図を見た限り、廃坑の最深部に行くにはこの先の広い空間を抜ける必要があるのだけど、そこに大きな魔物の反応があるのだ。


 いわば、ボス的な何か。そんな強力な魔物がいる気がする。


「戦いになるかもしれないし、あたしが先に行くわね」


 警戒を強めながら言って絨毯を降りると、あたしは飛竜の靴を履いて、見えない盾を展開する。


「メイ、状況によっては、すぐに戻ってくるんだよ」


 そう言ってくれるルメイエに片手を上げて了解の合図をして、あたしはフィーリの照明魔法を頼りに奥へと進んでいった。


「……あれ?」


 おっかなびっくりその空間へ足を踏み入れるも、そこに魔物の姿はなかった。先ほどまでと変わらない、土と岩だけの景色が広がっている。


 もう一度万能地図を見るも、魔物の反応は同じくある。だけど、実際にその姿は見えない。


 光学迷彩みたいなので隠れてるのかしら……もしくは土の中? なんて考えながらじりじりと歩みを進めるも、結局何事もなく反対側へと抜けることができた。


「えー、どういうことー?」


 無事に広場を通り抜けたあたしが首をかしげていると、向こう側から「メイさーん、大丈夫なんですかー?」なんて、フィーリの声が聞こえた。


「よくわかんないけど、いないみたいなのよねー。絨毯に乗ったまま、こっちに来てー」


 手を振りながらそう言うと、ルメイエが操作する絨毯がゆっくりとこちらに近づいてきた。その間も、特に何かが起こることもなかった。


「魔物の奴、怖気づいてどこかに逃げちゃったんじゃないのか?」


「ちょっとリディオ、そういう事言うのやめてよ。フラグになるから」


 意味は通じないだろうと思いつつも、思わずそう口にする。


 それにしても、本当に何なのだろう。まさか万能地図に不具合が起こるはずがないし。


 疑問に思いながらも三人と合流し、気を取り直して最深部へと向かう。やがて折れ曲がった通路の奥から、照明魔法に負けない強い光が放たれていることに気づいた。


「あの光、なんでしょう?」


 フィーリの言葉に、何かしら……と心の中で答えて、慎重にその角を曲がる。


 するとあたしの目に飛び込んできたのは、3階建ての建物ほどはあろうかという巨大な光る石だった。


「え、なにこれ?」


 そのあまりの大きさに、あたしは言葉を失う。


「メイ、これは妖精石じゃないかい?」


 そのとき、ルメイエが巨石を見上げながら言った。


 近づいてよく見ると、淡いピンク色をした結晶体で、放っている光も先ほど採取した妖精石のそれと同じ。ルメイエの言う通り、これは妖精石だった。


「確かにそれっぽいけど……こんな大きいの、初めて見るわよ」


「ボクだってそうさ。だけど、それ以外に考えられないよ」


 ルメイエはその表面を触り、顔を近づける。そして「確かに、これは廃坑のお宝かもしれないね」と言った。


「じゃあ、これ持って帰ればボスに退団を認めてもらえるのか!?」


「リディオ、こんな大きいの、どうやって運ぶ気ですか?」


 声を弾ませるリディオに対して、フィーリは腰に手を当てて、ため息交じりに言う。


「そりゃあ、つるはしか何かで砕いて……」


「砕いちゃったらその辺に落ちてる妖精石と変わらなくなるじゃないですか!」


「あ、そっか……」


 それに気づいたリディオが、困ったように頭を掻いた。


「しょーがないわねー。ここはあたしが力を貸してあげる」


 胸を張りながらそう言って、あたしは腰の容量無限バッグをポンポンと叩く。


 それを見たリディオは「爆弾で粉々にしてくれんのか?」なんて言ってきた。


「砕いちゃ意味ないって、さっきフィーリに言われたでしょーが。あの巨大妖精石、このバッグに入れるのよ」


 そう伝えるも、イマイチわかっていない様子。そういう道具なのだと説明して、あたしは容量無限バッグの口を開く。


 すると次の瞬間、目の前にあった巨大な妖精石は光の粒子となってバッグへと吸い込まれていった。


 入れようと思えば、どんな大きなものだって収納できる。それがこの容量無限バッグなのだ。


「よーし、あとはこれをボスの前で取り出して見せれば万事解決ねー。それじゃ、戻りましょ」


 あたしが意気揚々と絨毯に乗り込むと、他の皆も首をかしげながらそれに続いた。


「あんなの、ありなんですか……?」


「予想はしてたけど、相変わらず豪快な採取方法だね……」


 フィーリとルメイエのそんな会話が聞こえたけど、あたしは気にしない。なんにしても、これで目的は達成したわけだし。



 そのまま来た道を戻り、最深部手前の広場を通過。変わらず魔物の表示はあるけど、例によって何事もなく……。


「ひっ!?」


 なんて考えていた時、背後から変な声がした。振り向くと、最後尾にリディオと並んで座っていたはずのフィーリの姿がない。


「フィーリ?」


 絨毯を急停止させてその名前を呼ぶと、上空から「メイさーん!」と叫び声がした。


 その声がするほうを見上げると、フィーリは何か白いものに縛られて空中に吊るし上げられていた。あれ、何かしら。


 即座に照明魔法の火球をフィーリのいる場所へと移動させて光量を上げると、その正体が明らかになった。


 ……巨大なクモだ。それこそ、胴体が軽自動車くらいありそうな、馬鹿でっかい奴。それが真っ白い糸を出して、フィーリを捕らえていた。


「うわぁあ」


 あたしは声にならない声を出す。この場所で、万能地図にずっと表示されていた魔物の正体はアレだったんだ。今まで暗くて見えなかったけれど、ここ、すごく天井が高い。その天井付近に巣を作って、獲物が通りかかるのを待っていたんだ。


「……よもや、あんな化け物がいたとはね。メイ、ボクとリディオはフィーリの救出に向かうから、キミはあの蜘蛛の気を逸してくれ」


 思いっきり気が動転しているあたしに、ルメイエがそう指示を出してくれる。


「き、気を逸らすったって、どうやって……」


 思案する間にも、フィーリを縛った糸はじわじわと蜘蛛の元へと手繰り寄せられていく。これは一刻の猶予もない。


「ええい、そこのお化け蜘蛛! あたしが相手よ!」


 それを見たあたしは一層大きな声で叫んで、飛竜の靴の力で壁を蹴り上がる。


 まさか、以前素材として使ったネオ・タランチュルを遥かに凌ぐサイズの蜘蛛と戦うことになろうとは!


「フィーリを離しなさい! こんにゃろ!」


 飛竜の靴の能力で巨大グモと同じ高さまで駆け上がると、そのまま空中に留まりつつ、爆弾を投げつける。


 だけど、さすがに足がいっぱいあるだけあって動きが素早く、かわされてしまった。


 一方、標的を失った爆弾はそのまま壁にぶつかって炸裂。その衝撃で周囲の壁が破壊され、パラパラと崩れる。


「うわっ、あぶねっ!」


「メイ、この場所で爆弾は使わないほうがいい! 下手したら、崩落するよ!」


 落下した岩壁はそのまま落石となって、フィーリの救助活動を行っていたリディオとルメイエを襲った。間髪を入れず、ルメイエからそんな忠告が飛んでくる。


 えぇ……爆弾を使うなって言われても。じゃあ、どう戦えばいいのかしら。


「……魔法使い! 手を伸ばせ!」


 あたしが悩んでいるうちに、二人が乗った絨毯はフィーリの元へたどり着き、リディオがフィーリにそう声をかけながら、思いっきり身を乗り出していた。


 粘着性のある糸に動きを制限されながらも、フィーリは必死に手を伸ばす。


 でも、すんでのところで蜘蛛に気づかれ、糸を巻き上げられてしまった。


「このっ……くそっ!」


 それを見たリディオは絨毯から飛び降り、そのままフィーリに抱きつく。


 どうやら二人分の体重で負荷をかけて、その糸を千切ろうという魂胆のようだけど、頑丈な糸はびくともしない。


「くっそぉ、なんだよこの糸!」


 次なる作戦として、リディオはフィーリを縛る糸を手持ちのナイフで切ろうとするも、それも無理な様子。ふたりまとめて、上へ上へと持ち上げられていく。


「リディオ、わたしのカバンの中に属性媒体と杖が入ってるんです。取ってください!」


「カバンってこれか!?」


「違います! どこ触ってるんですか! 背中のほうです! 今、手が届かなくて!」


「背中……あった! これだな!」


「あと、属性媒体……緑色のカードを取ってください!」


「緑色の、カード……こいつだな!」


 巨大な蜘蛛が眼前に迫る恐怖と戦いながら、リディオはなんとか杖と属性媒体を見つけ出し、彼女に手渡した。


 ……次の瞬間、フィーリの体を緑色のオーラが包み込む。


「うおぉお!?」


「リディオ、しっかり掴まっててください! この糸、ぶった切りますから! ウィンドカッター!」


 フィーリが叫んだ直後、杖の先から無数の風の刃が撃ち放たれ、あれだけ丈夫だった蜘蛛の糸を一撃で切断した。


 さすがフィーリ、やるわねー……なんて感心していると、その魔法攻撃はそこで終わらずに蜘蛛本体へと向かい、その巨体を切り刻んだ。


 その一撃で絶命した蜘蛛は、フィーリたちと一緒に地面へと落下していく。


「あああ、やばい!」


 それを見たあたしはとっさに壁を蹴って勢いをつけ、急降下。すれ違いざまに二人を両脇に抱えるようにして掠め取り、救出した。



 巨大グモを撃破したあと、なんとか廃坑の入口まで戻ってきた。現在の太陽の位置からして、時間はお昼を少し過ぎた頃だと思う。


「はぁぁ……死ぬかと思ったぁ……」


「べとべとのどろどろです……」


 リディオとフィーリは接地した絨毯の上でお互いに背中を預けながら、疲れ果てた様子。フィーリのローブも、リディオの作業服も、蜘蛛の糸と体液まみれになっていて、悲惨な状態だった。


 二人と同じように絨毯の上で休みながら、これは万能テントに戻ったら順番にお風呂ねー……なんて思っていた矢先、廃坑の入口に何人もの人がやってくる気配がした。


 やがて姿を見せたのは、銀色の甲冑に身を包んだ集団……メノウの街の、騎士団だった。


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