第二十四話『再訪! 鉱山都市・その⑤』
「……なぁ、このテントの中、なんでこんな広いんだ? 外から見たとき、普通のテントだったよな?」
あたしたちとともに万能テントの中に足を踏み入れたリディオは、広々とした室内を見て唖然としていた。
街中でリディオと別れるはずが、フィーリが「外に置いといたら寝込みを襲われるかもしれません」とか真顔で言うもんだから、一晩だけ泊めてあげることになったのだ。
「すぐにご飯にするから、ソファーにでも座っといてねー」
隅っこに棒立ちになり、借りてきた猫状態になっているリディオにそう伝え、あたしは錬金釜を取り出す。
……ちなみにフィーリはそんなリディオの隣に立ちながらも、ずっと自分の鼻を摘んでいた。
「……フィーリ、なにしてるの?」
「……だってリディオ、くふぁいんですもん」
思わず問うと、隣の少年を指差しながらそう答える。自分が招き入れたくせに、臭いとか言わないの。
久々の毒舌炸裂ね……なんて考えるも、確かにちょっと臭うような。
よくよく見れば、彼の衣服はところどころによくわからないシミがつき、元の色がわからないくらいに変色している。
これは洗濯もしてなさそうだし、臭うのも納得。だけど盗賊相手に『お風呂、いつ入ったの?』なんて聞くのもはばかられるし……。
「もー! リディオ、前にお風呂入ったのいつですか!? 臭いますよ!」
そんなことを考えていた矢先、フィーリがズバッと言ってしまっていた。リディオは憤慨しながら、「そんなの覚えてねーよ!」と叫んでいた。
「まったくもー。しょうがないですねー」
フィーリは口をへの字に曲げながら言うと、ぱたぱたとテントの奥へと走り、自分の荷物を漁り始めた。
なにしてるのかしらー……と思い見ていると、フィーリは真っ白いタオルと畳まれた服を持って戻ってきた。
「まずは体を洗ってください! 晩ごはんはそれからです!」
手にしていた荷物をリディオへ押しつけてから、あたしのほうに向き直り、「メイさん、晩ごはんの支度はわたしがしますから、リディオにお風呂用意してあげてください」と言った。
「ああ、そういうことねー。それなら外に来て。お風呂出してあげる」
フィーリの意図を理解したあたしは一旦錬金釜を容量無限バッグへとしまい、リディオを連れて外へ出た。
「こっちの蛇口をひねったらお湯が出るの。反対が水ね。石鹸とシャンプーはここにあるから使って」
外に浴室用のテントを設置し、その中に全自動風呂釜を置き、使い方を教える。
「湯船に浸かる前に体洗うのよー……って、聞いてる?」
あたしは話を続けるも、手渡されたタオルと服を持ったまま、リディオは固まっていた。どうやら、お風呂そのものが初めてのよう。
「別にお湯だからって火傷したりはしないわよー。気持ちいいから、気が済むまで入りなさい。あ、汚れた服はテントの外に出しといてね」
あたしはそう言って、テントを後にする。男の子だし、さすがにあたしが手取り足取り教えてあげるわけにもいかない。そう、男の子だし。ここ重要。
「なぁ……その、ちゃんとした服ないのか?」
しばらくしてお風呂から上がったリディオは、何故かヒラヒラの白いワンピースを身にまとっていて、とても恥ずかしそうにしていた。
胸元に可愛らしいフリルがついているし、あれは明らかにフィーリの私物のよう。
「……ぷっ、あっははは!」
その格好を見て、一番にルメイエが吹き出した。サイズもぴったりだし、妙に似合っている気もする。堪えきれなかったのだろう。
「わ、笑うなよ! なんで女の服なんだよ! その、すごくすーすーするしさ!」
「しょ、しょーがないじゃないですか! ここ、女の人しかいないんですから!」
スカートを抑えながら言うリディオを見ながら、フィーリも必死に笑いをこらえているのがわかった。
ひとしきり騒いだあと、静かに背中を向けて、「元の服に着替える」と言うリディオに、あたしは今から服を作ってあげると言い、錬金釜を取り出した。
「服を作るって、その鍋でか? 染めるのか?」
「錬金術で新しい服を作るのよー。まぁ、見てて」
あたしは言って、容量無限バッグから真っ白な布を取り出す。
これはリディオが着ていた服を素材分解して糸に戻し、新たに布として調合したもの。これを使って、新しい服を作る。
と言っても、あたしも男の子の服を作ったことはない。いい感じの服、ないかしら。
そう考えながらレシピ本を開くと、まるでカタログのように多種多様な服のレシピが載っていた。
へー、さすが伝説のレシピ本。各地の民族衣装っぽい服から、執事っぽい服まであって、目移りする。
……だけど、男の子の服ってよくわからない。
「リディオ、どの服がいい?」
反射的にレシピ本を彼に見せて好みを聞こうとしたものの、「その本、白紙じゃん」なんて言葉が返ってきた。
……そうだった。つい忘れてしまうけど、このレシピ本はチートアイテム。その中身はあたしにしか見えないのだった。
じゃあ、あたしが選ぶしか無いわよね……なんて考えながらページをめくり、たまたま目についた鉱山作業員の服を作ってあげることにした。
うんうん。これなら違和感ないし、いかにも盗賊! って格好してるより断然良いわよね!
「えーっと、必要素材は布と……エルトニア繊維? そんなのあったっけ」
レシピ本に目を通していると、聞き慣れない素材を見つけた。
エルトニア繊維よ出てこい……と念じながら容量無限バッグを漁ると、やがて少しゴワゴワした布があたしの手元にやってきた。どうやら、これがエルトニア繊維のよう。
そういえばずっと前、この街で鉱山作業の手伝いをした時に作業服をもらったわね。
結局その服は着ずに素材分解したのだけど、その中にエルトニア繊維が含まれていたらしい。そういうことなら、素材は揃っている。
「それじゃ、調合開始! まずは布とエルトニア繊維を錬金釜に入れて……」
あたしはまず、決められた素材を錬金釜に投入して、軽くかき混ぜる。そして一旦調合の手を止め、新たにハッピーハーブを取り出す。
ここでひとつ、あたしはメイカスタムを試してみることにした。
このまま調合しても、完成するのはありふれたオーバーオールの作業服だ。ここにハッピーハーブを加えることで、赤く着色された作業服ができるのではないか……と考えたのだ。
万一調合に失敗しても、そこは究極の錬金釜。素材は全て戻ってくるので、恐れる必要はない。
……というわけで、レッツチャレンジ。
「そーれ。ぐるぐるーっと……」
待機状態になっていた錬金釜の中へハッピーハーブを追加投入し、杖でぐるぐるとかき混ぜる。少しの間をおいて、ほんのり赤く着色された作業服が飛び出してきた。
「おおー、色合い的にも良いんじゃない? リディオの髪も赤髪だしさ」
そう言いながら完成した作業服を見せる。単純に『子供用』と書かれていたものを調合したのだけど、サイズは大丈夫そう。
「どうやったら鍋から服が出てくるんだよ……」
一方、リディオはデザイン云々より、錬金釜のほうが気になるようで、服そっちのけで錬金釜を覗き込んでいた。
その後、新しい服に着替えたリディオはルメイエと向かい合う形でテーブルについていた。
あたしもルメイエの隣に座って、フィーリが調理する音を聞いていた。
「……なぁ、あんた、本当にアジトを襲撃するつもりだったのか」
するとその時、リディオがルメイエに視線を送りながらこわごわと言う。どうやら盗賊団のボスに対してルメイエが放った言葉を真に受けている様子だ。
問われたるメイエは「そんな面倒なこと、するわけないじゃないか。あんなの、ただの脅し文句だよ」と、あっけらかんと言ってのけた。
「それに、ボクやメイは錬金術師だ。さっき見た通り、色々な道具を作るのが仕事で、戦いは専門外さ」
「そんなこと言いながら、あたしたちもけっこうな数の魔物倒してるけどねー。ドラゴンにケルベロス、巨大な怪鳥に、炎と氷の鎧をまとった怪人もそう」
あたしが指折り数えながら伝えると、リディオの顔が青ざめる。続いて「もしかして錬金術師ってのは、魔法使いより恐ろしい存在なんじゃ……」なんて、体を震わせながら呟いた。
あらら……怖がらせちゃったかしら。そんなつもりじゃなかったんだけど。
「はーい、ご飯ができましたよー! 運ぶのを手伝ってくださーい!」
どうにか誤解を解こうとした矢先、フィーリの料理が完成したらしい。彼女は大きな声で言って、大鍋に入った野菜スープを運んできた。中には大きな肉団子がゴロゴロと入っている。
「……これ、魔法使いが作ったのか?」
「そうですよ?」
リディオに尋ねられ、フィーリはえっへん、と胸を張る。今日の料理も自信作なんだろう。
「……まさか、カエルやヘビの肉が入ってるんじゃ。魔法使いだし」
「どんな魔法使いのイメージですか! 普通にトリア鳥のお肉で作りました!」
料理をテーブルに置いたフィーリが両手を上げて怒る。
それと同時、スープの香りに反応したのか、リディオのお腹が盛大な音を立てた。
……それから食事を始めると、リディオは『うまい!』と連呼しながら自分のお皿をあっという間に空にし、すぐさまおかわりをしていた。
よほどお腹が空いてたのねー……と、あたしたちは呆然とその様子を見つめる。
だけど思い出してみれば、彼は路地裏でもボスに食事抜きだと言われていた気がするし、盗賊団の食事事情も悲惨だったのかもしれない。
……そんなにぎやかな食事を終えると、今日は早めに就寝準備をすることにした。
さすがにあたしたちもリディオと同じ部屋で寝るわけにもいかず、浴室として使った万能テントに寝具を運び込み、そこで寝てもらうことにした。今はフィーリがその手伝いに行っている。
「それこそ、盗賊団が彼の寝込みを襲わないとも限らない。例の自律人形たちを見張りに立たせてはどうだい?」
ルメイエが言うのは、おそらく液体の自律人形のことだと思う。彼らは強いし、万一に備えてテントの周りを見張っててもらうのも手かしらね。
「……それに、リディオも曲がりなりにも盗賊だ。あまり考えたくはないけど、一応、警戒はしておいたほうが良いと思うよ」
続けてルメイエが真剣な顔で言うけど、あたしは首を横に振った。
「なんとなくだけど、それは大丈夫だと思うわよー」
そしてそう言い、窓の外……リディオとフィーリがいる万能テントの方を指差した。
「リディオ、お話しましょう!」
「お前と話すことなんてねーよ!」
「好きな食べ物の話とかどうですか!?」
「お前が甘いもん好きなのは聞いたって!」
「リディオが好きなものが知りたいんです!」
「肉だよ、肉!」
……少し耳をすませば、テントの方からそんな会話が聞こえてくる。
なんとなく、あの子は大丈夫な気がする。錬金術師の直感みたいなものだけどさ。
「……フィーリ、珍しくはしゃいでいるね」
あたしと同じように、外から聞こえる声に耳を傾けていたルメイエがそう口にする。
「そういえば、フィーリは年の近い友達はいないのかい?」
「んー、言われてみればいないかも。ほら、いくらスローライフでも、あたしたちは旅しているから。一つの街に長くは滞在しないでしょ?」
「そうだね。これまでの体感からして、長く滞在しても半月ってところかい?」
「だいたいそんな感じ。だからもし友達ができても、すぐにお別れしないといけないし。それが苦痛になるから、あの子はこれまで意図的に友達を作らなかったのかも」
その境遇が自分と似ていた……というのもあるだろうけど、フィーリにとってのリディオは『年が近い友達』という点で、特別なのかもしれない。
「……それで、どうするんだい? 明日は本当に彼のために、東の廃坑に行ってあげるのかい?」
「そのつもりよー。なにより、フィーリがそれを望みそうだし」
「……彼女は望むだろうね。間違いなく」
最後にあくびをかみ殺すように言って、ルメイエはベッドへと向かう。
そんな彼女を見送ってから、あたしはフィーリたちのテントへと足を運んだ。
そして、明日は早朝から廃坑に向かうことを二人に伝え、その日は休んだのだった。
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