第二十三話『再訪! 鉱山都市・その④』


「むー、リディオ、どこ行ったんでしょうか……」


「アジトのほうを見てみたけど名前ないし……どこかしらねぇ……」


 フィーリと額をくっつけながら万能地図とにらめっこし、地図の中を行き交う人々の中からリディオの名前を探す。


 地図自体がそこまで大きくなく、その中に表示される人々は常に動いている。必死に目を凝らすも、なかなか見つけられない。気がつけば、一時間近くが経過していた。


「……アジトに戻っていないのなら、路地裏を中心に探してはどうだい? そろそろ夕暮れだし、暗くなるまで身を潜めているのかもしれないよ」


 知らないと言いつつも、ルメイエがそんなアドバイスをくれた。それを元に、大通りの左右に伸びる細い路地をざっと見ていく。普段から人が少ない場所だし、ここに居るならすぐに……。


「あ、いました!」


 ……その時、フィーリが声をあげ、とある一点を指差した。そこにはしっかりと、リディオの名前があった。


「よーし、善は急げよ! フィーリ、今から説得しに行きましょ!」


「はい!」


 あたしが万能地図を手に立ち上がると、フィーリもそれに続く。


 直後、あたしとフィーリが同時にルメイエへ視線を送ると、彼女も「やれやれ。仕方ないなぁ」と言葉を漏らしながら、重い腰を上げた。



 ○ ○ ○



 夕方の混雑を避けるため、空飛ぶ絨毯に乗って街の上空を移動する。めちゃくちゃ目立ってたけど、この際しょうがない。


「今のところ、リディオは動いてないです。近くに別の人の名前があるので、話し込んでるのかもしれません」


 万能地図を見ながら、フィーリが言う。それを聞きながら、あたしはゆっくりと絨毯を降下させた。



 ……大通りの端から入れる裏路地、その奥にリディオはいた。そんな彼の対面には背の高い男性がいて、リディオを見下ろすように立っている。


「せっかく俺が客の気を逸してやってたのに、それでも失敗するとはな。お前、本気で使えねぇな」


「す、すみません。ボス。その、邪魔が入って……」


 日が傾いたことで生まれた暗がりに隠れるようにして、あたしたちは絨毯から降り立つ。


 そこから耳をそばだてると、そんな会話が聞こえてきた。


「……どうやら、彼の前にいるのが盗賊団のボスのようだね」


「そうみたいね……でもあの顔、どこかで見たことあるような……」


 記憶を掘り起こしてみると、それはリディオが男性の財布を狙った出店の店主だった。


 客の気を逸してた……ってことは、グルだったってわけ?


「言い訳すんじゃねぇ! この穀潰しが! 今日は飯抜きだ!」


 その時、罵声が響き渡り、リディオの体が宙を舞う。この位置からは見えないけれど、どうやら殴られたよう。


 そして地面に倒れ込んだリディオの元へ、あたしが止める間もなく、フィーリが駆け寄っていた。


「あ? 何だこのガキは。どっから湧いて出た?」


「あ、あの! リディオを盗賊団から抜けさせてください!」


 フィーリはそのままリディオの隣に立つと、盗賊団のボスに向けてそう言い放つ。


 突然現れた少女からの、これまた突然の要求にボスは面食らい、「はぁ?」と、素っ頓狂な声を上げた。


「よく見りゃお前、店の前でもリディオにちょっかい出してた奴か。なんだ? お友達か?」


 思い出したかのように言って、なんとも蔑んだ視線をフィーリへと向ける。そんな視線から彼女を守るように、あたしとルメイエは二人の前に出る。


「おいおい、なんだよ。また変な格好の奴が増えやがった」


「変な格好とはご挨拶ね。いいからこの子、組織から抜けさせてくれない?」


 盗賊団のボスを前に、あたしはできるだけ凛とした態度で言うも、「なんだ、保護者気取りか?」と、彼はせせら笑う。


「ははぁ、リディオが魔法使い相手にヘマをやらかしたと聞いたが、おまえらのことか」


「あたしとこの子は錬金術師です」


 思わず訂正すると、ルメイエから小声で「メイ、今はいいから」とたしなめられた。


 うっ、つい条件反射で……。


「まぁ、キミも冷静になってごらんよ。目の前にいるのは魔法使いだ。事を荒立てるには相手が悪いと思わないかい?」


 あたしとフィーリに対して威圧的な態度を取るボスを、ルメイエがそう論じる。


 このような場に慣れているのか、堂々たる態度だった。


「ボクたちがその気になれば、キミのアジトを壊滅させることもできるんだよ」


 彼女が言葉を発するたび、ボスは明らかに動揺していた。


「わ……わかった。良いだろう。リディオ、お前の脱退を考えてやる。ただし、条件がある」


 数歩後ずさり、そう口にした。はて、条件とは?


「東の廃坑に財宝が眠っているとの噂がある。それを持って来い。そうすれば、組織から抜けさせてやろう」


 彼はそう言い残すと、背後を気にしながら走り去っていった。


 その去り際、「くそ、俺まで魔法使いどもに目をつけられるのはごめんだぜ……」なんて声が聞こえた。どうやら内心、かなりビビっていたらしい。



「……大丈夫ですか?」


 ボスの背中が見えなくなったあと、フィーリが座り込んでいたリディオに声をかける。


 あたしも視線を向けると、彼はやはりボスに殴られていたようで、その右頬は赤く腫れていた。


「……なんだよ。また来たのかよ。魔法使い」


 その頬をさすりながら、リディオはフィーリを睨みつける。


「結果的にフィーリに助けてもらっといて、素直じゃないわねぇ。お礼くらい言いなさいよ」


「べ、別に頼んでねーし!」


 あたしの言葉に反論しながら起き上がるも、殴られたダメージがあるのか、再び膝をつく。


「……はいこれ。とりあえず、ポーションでも飲みなさい」


 そんな彼を見ていられず、あたしは緑色の液体が満たされたガラス瓶を手渡した。


 それを受け取ったリディオは首をかしげていたけど、回復剤だと説明するとコルクの蓋を開け、一気に煽った。


 ……やがて痛みが引いたリディオを囲んで、あたしたちは今後の話をする。


「いいですか? あの人がせっかく脱退の条件を出してくれたんですから、頑張ってそれを達成しましょう。それで盗賊から足を洗ったら、きちんと働くんです」


 未だ地面に座り込む彼の眼前にフィーリが立ち、積極的に話しかけていた。リディオは少し困ったような顔をしながら、「働くったって……言ったろ。元盗賊に、働き口なんてねーって」と口にした。


「それは……きっとメイさんがなんとかしてくれます!」


 自信満々に言って、笑顔であたしを見る。確かにツテがないわけじゃないけど……フィーリってば、そこまでしてこの子を盗賊団から抜けさせたいのね。


「だから、やり直しましょう!」


「……お、俺なんかのために、なんでそこまでするんだよ。魔法使い」


 まっすぐな笑顔を向けられて、リディオが若干たじろぎながら言う。


「……あなたはわたしと同じだからです」


 その言葉を口にするのを迷ったかのように声のトーンを下げて言い、「わたし、少し前まで奴隷だったんです」と続けた。


「奴隷? 魔法使いなのにか?」


「そうです。落ちこぼれ魔法使いなんです。魔法使いの買い主さんに、毎日いじめられてました」


 どこか遠くを見ながら言う。きっと、思い出したくもない過去を思い出しているのだろう。


「でも、わたしはメイさんのおかげで自由になれました。だから、今度はわたしが、あなたを自由にしてあげたいんです。ほら、いつまでも座り込んでないで、立ってください」


 そして真剣な表情でリディオを見て、右手を差し出した。


「わ、わかった。わかったよ」


 そんなフィーリに気圧されたのか、はては決起したのか、リディオはそう返事をして、フィーリの手を取って立ち上がった。



「だけどさ、東の廃坑は魔物の巣なんだぞ。いくらお宝のためだからって、そんな場所に入って生きて戻れるのか?」


 改めて脱退の条件を確認して、リディオはそんな言葉を口にする。やる気は出ても、さすがに不安はあるみたいだ。


「心配しなくても、あたしたちが力を貸してあげるわよー。こーみえて、地下迷宮を半日で攻略したこともあるんだから。そんな廃坑くらい、朝飯前よ」


 あたしが自分自身を指差しながら言うも、リディオはいぶかしげな顔をした。


「……ねーちゃんたち、何者なんだ?」


「ただの旅する錬金術師よー。ルメイエも、それでいいわよね?」


「……ああ。キミたちが決めたのなら、異論はないよ。反対したところで、すでに多数決で負けているからね」


 ずっと静かだったルメイエに尋ねると、そんな言葉が返ってきた。


「それじゃ、今日はもう日が暮れるし、廃坑の探索は明日にしましょー」


 さすがに今から廃坑に潜るのは危険ということで、今日のところはこれでお開き。


 あたしたちは万能テントへと戻ることになった。


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