第二十二話『再訪! 鉱山都市・その③』
「マスター、ごちそうさまー」
カフェスイーツを堪能し、まとめて会計を済ませる。
「ところで、少し気になったんですが、あのガルマン鉱石ってこの辺でも採れるんです?」
フィーリとルメイエが外に出たあと、あたしは一人、マスターとそんな話をしていた。
だって錬金術師として、貴重な鉱石の在り処とか気になるし。
「この街の鉱山でも採れるが、今は手のひらサイズの石が稀に採掘される程度だな。なにせ、ガルマンネズミの数が減ってるからよ」
「はい? ネズミ?」
「おうよ。あの石は薄暗い洞窟をねぐらにするガルマンネズミが出した排泄物が長い時間をかけて堆積、結晶化したもんだからな」
……つまりあの石、元はネズミのフン? えぇ……あたしたち、それ見ながらお茶してたの?
……まぁ、特に匂いもなくて綺麗だったし? スイーツも美味しかったから良しとしよう。うん。
がははと笑うマスターを横目に、あたしはそう思うことにした。でも、ショックを与えちゃうかもだから、この事実はあの二人には黙っていよう。
「おまたせー……って、二人ともどうしたの?」
鉱山カフェを後にして大通りに出ると、フィーリとルメイエは近くの看板に隠れるようにして、道行く人々を見ていた。
「……静かに。アレを見てごらん」
アレとは……? と、視線を動かすと、そこには出店で買い物をする、恰幅のいい男性の姿が見えた。
その男性の近くに、周囲を気にしながら怪しい動きをしているリディオの姿があった。
男性の方は店主との会話に夢中になっているのか、その存在に気づいていない。
まさか……と思った次の瞬間、男性が腰につけていた鞄から、彼が素早く財布を抜き取った。
「あ」
あたしが小さく声を出した時、フィーリはすでに駆け出していて、そのままリディオの手を掴んで財布を奪い、わざと大きな音を立てて地面に落とす。
「あー! おじさん、お財布落としましたよ!」
「おお、お嬢ちゃん、ありがとうね。危なく一文無しになるところだった」
そして何食わぬ顔でフィーリは財布を拾い、男性へと返した。どうやらリディオの行為には気づいていない様子だ。
「……リディオ、ちょっとこっちに来てください」
「いてててて! 魔法使い、どこ連れてくんだよ!?」
「わたしはフィーリです! いいからこっちに来てください!」
フィーリはぶすっとした顔で、ずるずるとリディオを引きずって戻ってきた。彼も必死に逃げようとしていたけど、フィーリは身体能力強化の魔法を使っているらしく、脱出は無理のようだった。
……そんなこんなで、リディオを引っ張って大通りを離れ、人目につかない路地へと移動した。
「まったくもー、悪いことしちゃダメって言ったじゃないですか!」
「そう言ったって、成果物を持って帰らないとボスに飯を食わせてもらえないんだよ! 離せよ!」
「ダメなものはダメです! こんなことしてないで、きちんと働けばいいじゃないですか!」
「何も知らないくせに、勝手なこと言うなよ! 盗賊団から抜けるのは大変なんだぞ!」
あたしとルメイエは顔を見合わせつつ、言い争いをする二人を見守る。
「もし抜けられても、元盗賊を雇ってくれるところなんてねーよ! 生まれつき裕福な魔法使いにはわかんねーよ!」
「むー、その言い方はなんですか! わたしだって真剣に考えてあげてるのに!」
「べ、別に頼んでねーし! 魔法使いは信用できねーよ!」
……でも、会話は平行線のよう。そろそろ助け舟を出してあげるべきかしら。
「なんで魔法使いを信用できないんですか!?」
「俺の父ちゃんと母ちゃんは魔法使いに騙されたからだよ!」
「……え?」
その言葉を聞いたフィーリは驚きのあまり身体能力強化魔法を解いてしまったらしく、リディオはその手を振りほどくと、すかさず距離を置く。
「悪い魔法使いに騙されて、すごい借金を背負わされて、いなくなっちまった。皆は魔法使いを敬えって言うけど、俺は、あいつらを信用できない。もちろん、お前もだ」
懐に持っていたらしいナイフをあたしたちの方に向けて威嚇しながら、彼はじわじわと距離を空ける。そして、路地の奥へ走り去っていった。
……結局、あたしたちは彼を追うことができず、その場に立ち尽くしていた。
○ ○ ○
それから万能テントに戻るも、フィーリはソファーに座ったまま、元気がなかった。
その理由はもちろん、リディオの身の上を知ってしまったからだろう。
リディオの両親が借金を苦に蒸発してしまったのなら、残された彼は一人で生きていくしかない。
そうなると、盗賊団のような組織と関係を持たざるを得なくなる。
……つまり、リディオが盗賊団に入るきっかけを作ってしまったのは、魔法使いということになる。魔法使いのフィーリにしてみれば、ショックな話だ。
うーん。彼が魔法使いを毛嫌いしていた理由がそれなら、いくらフィーリが説得しても聞かないわけね……。
「リディオ、なんとか助けてあげられないでしょうか」
それでも、フィーリはそう言葉を発した。
「助ける……というのは、盗賊から足を洗わせることかい?」
その言葉に反応したのはルメイエだった。
静かに頷いたフィーリの正面に立ち、ルメイエは続ける。
「正直、難しい問題だよ。ああいう組織は手切れ金というものが必要で、大金を請求される場合が多い。仮にそれを用意できたとして、無事に抜けられる保証はないのさ。脱退直後、口封じのために背後から襲われる可能性も大いにある」
フィーリの目を見ながら、そう話してくれる。
そんな情報をどこで聞き知ったのか一瞬疑問に思うも、ルメイエはあたしたちの中では最年長者。その人生の中で多くのことを知っていても、何ら不思議はない。
「それにね。盗賊は即縛り首という規則が示すように、盗賊は一度手を染めると、更生が非常に難しいんだ。彼が言っていたように、世間は元盗賊に対する風当たりも冷たいしね」
「……それでも、なんとかしてあげたいんです。リディオは、以前のわたしと同じなんです」
一瞬だけ伏せた顔を上げて、フィーリは言った。
以前のわたし、とは、奴隷だった頃の自分のことを指しているのだろう。
……盗賊と奴隷。形こそ違えど、組織のリーダーや買い主に強く主従する関係だ。そこに自由はない。フィーリは、彼に自由になってもらいたいのだろう。
「……だから、なんとかしてあげたいんです。メイさんがわたしを助け出してくれたように」
そこで唐突にあたしの名前が出てきた。少し驚いたけど、フィーリがそう言ってくれるのなら、あたしの返事は一つしかない。
「フィーリにそう言われちゃ、断れないわねー。あたしは協力するわよ」
「ちょ、ちょっとメイ、ボクの話を聞いていたかい?」
あたしの反応を見たルメイエが驚嘆の声を上げるも、あたしは構わず続ける。
「聞いてたわよー。問題は手切れ金と就職先でしょ。それくらいなんとかなるわよ」
「それ以外にも問題が……ああもう、どうなっても、ボクは知らないからね」
そう呟くルメイエを後目に、あたしはフィーリを近くに呼び寄せて、万能地図を開いたのだった。
さあ、もう一度、彼を探しましょー。
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