第二十一話『再訪! 鉱山都市・その②』
そんな騒動があってから、数日が経過した。
あれから街の中で彼の姿を見ることもなく、また、騎士団到着の連絡もないので、あたしたちはスローライフを満喫していた。
「ふんふんふーん」
「メイさん、何作ってるんですか?」
鼻歌交じりに錬金釜をかき混ぜていると、外出していたフィーリが戻ってきた。
「珍しく冒険者ギルドに依頼が出てたから、ちゃちゃっと終わらせてるのよー」
言いながら、近くの机に置いた依頼書を示す。そこには『採掘用つるはしの納品 5本で3500フォル』と書かれていた。
「つるはしって、あの岩を砕く道具ですよね。あんなのも作れるんですか?」
羽織っていた上着をポールハンガーにかけてから、あたしの錬金釜を覗き込んでくる。
「もちろんよー。本来なら鉄を溶かして成形したり、専門的な道具や技術がいるんだけど、錬金術なら一瞬よ」
「その素材とか、どうしたんです? 買ってきたんですか?」
「そんなことするわけないじゃない。古いつるはしを街のゴミ捨て場から拾ってきたの」
「ゴミ捨て場から」
「……そこ強調しないの。リサイクルよ。リサイクル」
なんとも微妙な顔をするフィーリにそう言って、あたしは容量無限バッグからボロボロのつるはしを取り出す。
「例えば、この錆びて曲がったつるはしと、雑貨屋で買った200フォルの研磨剤を錬金釜に入れれば……」
言いながら、それぞれの素材を錬金釜に放り込み、かき混ぜる。程なくして、ピッカピカのつるはしが飛び出してきた。
「ほい、完成。これが一本700フォル。つまり500フォルの儲けよ」
「はー、ボッタクリですね」
フィーリが感心したような、呆れたような声で言う。この錬金術があるからこそスローライフを満喫できるんだから、文句言わないの。
「……相変わらずメチャクチャな錬金術だよ。今の研磨剤、剣を磨きたがってたよ」
そんなあたしを見ながら、ソファーに寝っ転がったルメイエが言う。
「文句言う暇があったらルメイエも手伝ってよー。午前中に仕事終わらせて、午後からは三人で遊びに行く予定なんだからさ。一風変わったカフェを見つけてね。そこ、珍しいスイーツがあるらしいのよ」
「……仕方ないなぁ。何を作るんだい?」
“スイーツ”という単語に反応したのか、ルメイエが重い腰を上げる。そしてもそもそと鞄を漁り、自前の錬金釜を取り出した。
「ありがとー。こっちは採掘ギルドの依頼でね。発破用の爆弾なんだけど」
「……ああ、これなら作ったことがあるよ。素材を提供してくれるかい」
「いいわよー。まずテンカ石でしょ。それから硫黄に……」
あたしがルメイエと調合の話を始めると、手持ち無沙汰になったフィーリは窓に寄り、顔を近づけて外を見ていた。
「フィーリ、どうしたのー?」
「いえ、あの盗賊の子がどうしているのか気になって。メイさん、万能地図、貸してもらえませんか?」
そう言って、胸の前でもじもじと指を動かす。
「言っとくけど……いくら万能地図でも、人の多いこの街の中からあの子を探すのは大変よー。フィーリがあそこまで脅かしたんだし、きっと大丈夫」
そう伝えると「それなら、いいんですけど……」と、なんとも煮えきらない返事をした。
あの盗賊の子……リディオ、だっけ。フィーリと年が近そうだったし、やっぱり気になるのかしら。
「……そうそう。これ、直しといたわよー」
その子のことを思い出すと同時に、もう一つ思い出したことがあった。
フィーリから預かっていた髪飾りの修復、昨日の夜のうちに終えていたのだった。
「あ、直ったんですね! ありがとうございます!」
あたしが髪飾りを差し出すと、フィーリはそれを両手でしっかりと受け取っていた。
「その髪飾りは二人にとって、思い入れのあるものなのかい?」
「まぁねー。ほら、あたしもお揃いの持ってるの。こっちはフィーリからの贈り物」
完成した爆弾を床の上に置きながらルメイエが尋ねてきたので、あたしも容量無限バッグから同型の髪飾りを取り出してみせる。
「またセレム真珠が手に入ったら、ルメイエさんの分も作ってあげたらどうですか? 三人、お揃いになりますよ?」
フィーリは笑顔で言うけど、当のルメイエは「いや、気持ちだけもらっておくよ。今の体には、その髪飾りは不釣り合いだからね」と言い、調合作業に戻ってしまった。
……その後、無事に調合を終えて、昼食をとる。
それから冒険者ギルドと採掘ギルドにそれぞれに赴き、納品を行う。
その帰り道。あたしたちは大通りにあるカフェにやってきていた。
……その名も『鉱山カフェ』。
「……なんだか物々しい雰囲気だよ。それこそ、洞窟に入っていくみたいだ」
「この石壁、作り物ですか? まるで本物みたいです」
その入口は薄暗く、天井も低くて狭い。ルメイエの言う通り、本当に洞窟に入っていくようだった。
そんな細い通路を抜けると、その先にはお洒落なカフェがあった。
ローアンバーの床材と、シックな色合いで統一されたテーブルとカウンター。一見するとバーと見違えそうな内装だった。
「……いらっしゃい。好きな席に座りな」
そのカウンターの奥で、スキンヘッドにタンクトップ姿の男性がグラスを拭いていた。おそらく、このカフェのマスターだろう。
もともと観光客の少ない街だし、あたしたち以外のお客さんはいないようだった。
どの席にしようかと見渡してみると、それぞれのテーブルの中央に、種類の違う鉱石が置かれていることに気がついた。
……なるほど。だから『鉱山カフェ』と。
「あそこにあるのはエルトニア鉱石だね。その向こうは磁力石だ」
「テンカ石もあるし、雷鉱石もあるわね。あんな大きいのあるんだ。すごーい」
「……ほほう。お嬢さんたち、石に興味があるのかい」
そんな会話をしていると、マスターが作業を止め、あたしたちのほうへやってきた。心なしか嬉しそうだ。
「そりゃあ錬金術師ですから。鉱石は素材として、いつもお世話になってますし」
そう答えると、マスターは「錬金術師……?」と一瞬首をかしげるも、すぐに「この店は基本常連か、ひやかしの連中しか来なくてよ。お嬢さんたちのような客は珍しいんだ。せっかくだし、いい席に案内してやるぜ」
マスターは言って、あたしたちをカウンター近くの席へと案内してくれた。そのテーブルの中央には、見たことのない鉱石が鎮座していた。
全体的に灰色がかっているのだけど、光の反射なのか、時折キラキラと虹が見える。
「綺麗ねー。あの、この鉱石は?」
「ガルマン鉱石だ。滅多に採掘されない、貴重な石なんだぜ」
どこか誇らしげに言う。そういえばそんな名前の石、花の街で採取依頼出てたわね。確かに報酬も良かったけど、そんなに珍しい石なのね。
その席に座りつつ、錬金術師の本能として、ところでこれ、なんの素材になるのかしら……なんて考えていると、マスターが人数分の水と、大きな器に入った山盛りのビスケットを持ってきてくれた。
「あの、まだ注文してませんけど?」
「今日は気分がいいからな。この鉱山ビスケットは、俺からのサービスだよ」
「ありがとうございます!」
鉱石に興味がなく、少し居心地悪そうにしていたフィーリはそれを聞いて笑顔の花を咲かせた。念願の鉱山ビスケットだ。
「いいってことよ。食べる時は、そこのハンマーを使いな。それと、メニューはそこの壁に書いてあるから、注文が決まったら、また声をかけてくれ」
マスターはそう言って、カウンターへと戻っていった。
「さーて、何を注文しようかしらねー」
提供された水を一口飲んでから、壁に書かれたメニューに視線を送る。
この店もランチメニューとして鉱山カレーがあったけど、お昼も済ませてきているので今は甘いものを中心に行こう。
「あのー、磁力石のマカロンってなんでしょうか」
「……ボクは鉄鉱石のケーキが気になるよ」
その時、あたしと同じように壁のメニューを見ていた二人がそんな声をあげる。
壁にずらっと書かれたメニューの後半にスイーツメニューがあったのだけど、そこに載るのは全て、鉱石の名を冠したスイーツだった。
「……マスター、テンカ石パフェって熱いの?」
尋ねてみると、「いかにもテンカ石なパフェだぜ」と、含み顔で言うだけで、詳細は教えてもらえなかった。
テンカ石は主に火薬の材料になる赤色の石で、火打ち石としても使われるありふれた素材。それっぽいスイーツ……。
持ち得る知識を元にイメージを膨らませてみるも、どんなパフェかイマイチ想像できなかった。
「パフェも気になるけど、妖精石のタルトってのも気になるのよねー……上に何が載ってるのかしら」
悩んだ挙げ句、フィーリが磁力石のマカロン、ルメイエが鉄鉱石のケーキをそれぞれ注文した。
あたしは妖精石のタルトを頼み、加えて「三人で食べよう」と理由をつけて、テンカ石パフェも注文した。悲しいかな、探究心あふれる錬金術師。それがあたし。
「あのー、注文が届くまで、このビスケット食べてみていいですか?」
カウンターの奥でマスターが調理を始めると、フィーリがキラキラの瞳で鉱山ビスケットを見つめながら訊いてきた。
「サービスっていうんだし、良いんじゃない?」
「はい! それじゃ、いただきます!」
フィーリは山積みにされたビスケットの一つを掴むと、勢いよくかじりついた。
……直後、ゴリっという聞き慣れない音がした。
「……ぅが」
そしてフィーリは声にならない声をあげ、口元を押さえた。
「え、そんなに硬かったの?」
思わず尋ねると「歯が欠けたかと思いました」と、涙ぐみながら言っていた。
「はっはっは。もしかしてお嬢ちゃん、鉱山ビスケットは初めてかい?」
「は、はひ……」
フィーリは涙ぐんだまま、セットの紅茶を運んできてくれたマスターの問いかけにこくこくと頷いた。
飲み物の注文はしていなかったはずだけど、どうやらこの紅茶もスイーツとセットになっているようだ。
「鉱山ビスケットは鬼のように硬いからな。そのハンマーで細かく砕いて、口の中で飴玉のように転がして溶かして食べたり、紅茶に浸して柔らかくして食べるんだぜ」
マスターは笑いながら言い、人数分の紅茶を提供してくれた。
なるほど。各テーブルに置かれた場違いなハンマーはカフェの装飾品ではなく、実用を兼ねたものだったわけね。
……しばらくして、各スイーツがあたしたちの前に運ばれてきた。
その見事な出来栄えに、あたしたちは目を奪われる。
鉄鉱石のケーキは一見、ガトーショコラのそれだけど、溶かした砂糖か水飴で全体がコーティングしてあるようで、ルメイエがフォークを入れるたびにザクザクと心地いい音がしていた。
「まわりが甘い分、中のショコラは甘さ控えめだね。美味しいよ」と、本人もご満悦の様子だった。
そしてフィーリの頼んだ磁力石のマカロンは、現物の磁力石と何ら変わらない見た目をしていて、その磁力の強さをイメージしているのか、がっちりとくっついた2つのマカロンはどうやっても剥がれなかった。
「サクフワで美味しいです! 幸せです!」
一方、その味はフィーリにも満足していただけたようで、心底幸せそうにマカロンを頬張っていた。
次に、あたしの妖精石のタルトは……。
「すごーい。これもしかして、全部桃?」
妖精石のピンク色をイメージしたのか、タルトの上には薄くスライスされた桃が並べられていた。確かにこの見た目は妖精石っぽい。
それでは、お味のほうは……。
「おおお……」
サクサクのタルト生地の内側に敷き詰められたクリームは甘さ控えめで桃の味を邪魔しない。桃も薄いのに果汁が溢れ出て、思わず語彙力を失う美味しさだった。
「ほい。テンカ石パフェ、おまち」
三人それぞれがスイーツに舌鼓を打っていると、マスターがテンカ石パフェを運んできてくれた。
ぱっと見はイチゴパフェだけど、よく見るとそのイチゴも溶かした砂糖でガッチリコーティングしてあった。
それこそ、いちご飴みたい。なるほどねー。この赤くてゴツゴツした感じ。本当にテンカ石みたいだわ。
「……いただきます!」
一足先にマカロンを食べあげていたフィーリがパフェスプーンを手に取る。
ちょっと。そのパフェは三人で食べるんだから、あたしたちの分も残しといてよねー。
……そんな感じに、あたしたちは午後のスイーツタイムを楽しんだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます