第二十話『再訪! 鉱山都市・その①』
「ありがとうございます! おかげで熱も下がりました!」
「フィーリ、よかったわねー!」
……翌日。レッドポーションを飲んでしっかり休んだおかげで、フィーリはすっかり元気になっていた。
「……でも、蜘蛛になった夢をずっと見てたんですけど、どうしてですかね?」
「た、体調が悪い時は変な夢を見るものよー。それよりお昼は快復祝いに、この街の名物料理を食べに行きましょー。鉱山カレーってのがあるの」
背後で着替えるフィーリがなにか言ってたけど、そう誤魔化しておいた。さすがに偶然だと思いたい。
「あれ? メイさん、わたしのバッグ知りません?」
「トランクの上にない?」
「あ、ありました!」
いつもの白を基調としたローブを羽織り、お気に入りの鞄を手にする。
……それにしても、フィーリのあの鞄も変わってるわよね。肩から下げるタイプなんだけど、何か動物を模しているのか、全体的に丸く、猫の耳のような飾りもついている。
使いにくくないのかしら……なんて思っているうちに、彼女はトークリングを腕にはめ、準備万端整ったようだ。
それから頃合いを見て万能テントを後にして、前回来訪時にもお世話になった鉱山カレーのお店へと向かった。
「病み上がりのフィーリにカレーはきついんじゃないのかい?」と言うルメイエに、ここの料理はカレーであってカレーでないと説明する。
揃って頭に疑問符を浮かべる二人をテラス席へといざない、あたしはお店のマスターに名物料理を注文する。
しばらくして、野菜ゴロゴロの鉱山カレーが運ばれてきた。
「……なんだかこれ、さっぱりしてますよ?」
挨拶をして、その料理をおそるおそる口に運んだフィーリは、その見た目と味のギャップに驚いていた。
「ハヤシライス……って言ってもわかんないか。トマトベースのルーにね、野菜の旨味をじっくり溶け込ませてるの。おいしーでしょー」
そんな話をするあたしをマスターが遠巻きに見ていて、「お嬢ちゃん、俺が独自開発したルーの秘密によくぞ気づいたな」とでも言いたげな顔で、親指を立てていた。
あたしも思わず親指を立て返していると、「これ、すごくおいしいです!」と、フィーリが必死にスプーンを動かしていた。そーいえば、昨日はそこまで食欲なかったものねー。それだけ食べられれば、体調の方は万全みたいね。
食事を済ませた後は、いくつかのお店を巡る。
この街は仕事の街なので、街の規模の割にお土産屋さんは少ない。どちらかというと、工具や作業服などを売るお店が多いのだ。
「って、フィーリ、何買ったの?」
人の行き交う大通りを進んでいると、後ろを歩いていたフィーリがいつの間にか大きな紙袋を抱いていることに気がついた。
「さっき、そこの露天で買っていたよ。岩のように硬い鉱山ビスケットだそうだ」
フィーリのさらに後ろを歩いていたルメイエがそう教えてくれた。鉱山ビスケット? げんこつせんべいみたいなものかしら。
「これだけ入って80フォルと言われたので、つい……」
てへへ、と笑いながら言う。衝動買いは感心しないけど、すっかり本調子になったみたいでなりより……。
「わっ!?」
……そんなことを考えていた矢先、誰かがフィーリにぶつかった。
両手で紙袋を持っていた彼女は反応できず、そのままバランスを崩して転倒する。
「あいたたた……」
「ちょ、ちょっとフィーリ、大丈夫?」
急いで抱き起こすも、彼女が手にしていた鉱山ビスケットは地面に散乱してしまっていた。
「ああ、せっかく買ったのに……」
がっくりと肩を落とすフィーリに、「今度はあたしが買ってあげるわよー」と慰めの言葉をかけていた時、ルメイエが気づいたように言った。
「……フィーリ、肩から下げていた鞄はどうしたんだい」
「え?」
ローブについた土をはらっていたフィーリは、ルメイエに言われて自分の腰辺りに目をやる。つい先程までそこにあった鞄がなくなっていた。
「え、もしかして、今!?」
直後、嫌な予感が頭をかすめた。まさか、盗られたの!?
「……どうやらそのようだ。さっきの赤髪の少年だね。頭に深緑色のバンダナをしていたよ」
ルメイエに言われて、フィーリとほぼ同時に後方を見やる。そこには、今にも人波に消えようとしている少年の姿があった。
「追いかけないと! そこの少年、待て!」
あたしは叫び、容量無限バッグから空飛ぶ絨毯と万能地図を取り出す。追いかけるなら、せめて名前だけでも把握しておかないと!
「まーてぇー! わたしのバッグ! 返せぇーー!」
……その直後、目の前にいたフィーリが自身に身体能力強化魔法をかけ、ものすごい速さで少年を追いかけていった。
「まてーー!」
人波を縫うように逃げる少年と、魔法の力を借りてそれを追いかけるフィーリとの距離は、だんだんと縮まっていた。
あたしとルメイエは空飛ぶ絨毯に乗り、その光景を少し上から眺めつつ後を追っていた。
「……なんなんだよあいつ!? あんな子どもなのに、魔法使いだったのか!?」
ちらりと背後を見た少年が叫び、直後に大通りから細い路地へと逃げ込んだ。
『フィーリ、その角を曲がったわよ!』
『はい! こっちですね!』
絨毯の上から少年の動きを把握したあたしは、トークリングを通じてフィーリにそれを伝える。
テレビで時々やってたけど、カーチェイスを上空から追いかけるヘリの操縦士って、こんな気分なのかしら。
そんなことを考えつつも、フィーリに続いて路地に飛び込む。無数の洗濯物ロープが張られた中を縦横無尽に飛び、その後を追う。
この辺りは細い路地が複雑に通っているらしく、少年は少し走ると、また別の路地へと飛び込んだ。
彼はまるで迷路のような路地を利用してフィーリを撒こうと考えているようだけど、あたしがいる限りそうはさせない。
万能地図でしっかりと位置関係を把握しつつ、あたしはフィーリに指示を出し続けた。
「……やっべ、行き止まりだ」
……そして数分間の追いかけっこの末、少年を袋小路に追い詰めることに成功した。
高い壁を見上げる彼の手には、確かにフィーリの鞄があった。
だけど、見たところ相手は子ども。これはやむにやまれぬ事情があるのかもしれないし、ここは穏便に……。
「わたしのバッグ! 返せぇーー!」
「いっでっ!?」
……そんなあたしの考えとは裏腹に、フィーリは身体能力を強化したまま少年にダッシュで詰め寄ると、その顔面を思いっきり殴っていた。
ちょっと。女の子なんだから、ぐーぱんはやめなさい。せめて平手打ちにしときなさいよ。
予想外の行動にあたしとルメイエが目を丸くしていると、フィーリは仰向けにひっくり返った少年の手からバッグをひったくり、中身を確認する。
「……ああっ! メイさんからもらった髪飾りが……!」
そして叫んでいた。背後から覗き込むと、フィーリの手には以前あたしが作ってあげたセレム真珠の髪飾りがあった。だけど、その真珠の一つが金色の留め具から外れてしまっている。
あらら……そういえば空から見てたけど、少年が角を曲がるたび、フィーリのバッグは何度も壁にぶつけられていた。その衝撃で外れちゃったのかしら。
「これは大切なものなのに! ひどいです!」
「そ、そんな髪飾りくらいなんだよ。さっきの動き、お前、魔法使いなんだろ? 金あるだろうし、また買えばいいじゃんか!」
「……これはそういうのじゃないんです!」
その大きな瞳に涙を浮かべて、起き上がった少年を再びグーで殴る。
魔力で強化された一撃は少年を軽々と吹き飛ばし、奥の壁に叩きつけた。
「ちょ、ちょっとちょっと。やめなさい」
その状況を見て、さすがにこれ以上放ってはおけないと、あたしは間に割って入る。
「フィーリも落ち着いて。はい、深呼吸。すーはー、すーはー」
少年とフィーリを交互に見ながら、冷静になるよう促す。少年のほうは逃げる気力もなくなったのか、その場に座り込んでいた。
小さな声で「ちっくしょぉ……魔法使いに勝てるわけねぇじゃんか……」なんて声も聞こえる。
「……それで、この少年はどうするんだい? 格好からして、どう見ても盗賊だ。街の役人にでも突き出すのかい?」
うなだれる少年を見ながら、ルメイエが言う。心なしか、普段より視線が険しい気がする。
「壊れた髪飾りはあたしが作り直してあげられるけど、そうねぇ……フィーリ、どうする?」
あたしは少し悩んで、被害にあったフィーリに尋ねる。多少は冷静さを取り戻したのか、何とも言えない表情で少年を見ていた。
「……もし、役人さんに引き渡したら、どうなるんですか?」
「どうなるのかしら……?」
言われて、あたしも首をかしげる。この街の法律なんて知らないし。
「……盗賊はほぼ例外なく縛り首だよ。この街の規則でも、おそらくそうだろうね」
その時、ルメイエが声のトーンを落として言った。盗賊は縛り首。それを知っていたから、ずっと表情が険しかったのね。
「し、縛り首ですか?」
それを聞いたフィーリは反射的に自分の首元に手をやり、一転して悲哀の目で少年を見る。
「……わ、わかりました。今日のところは、見逃してあげます」
そして、そう答えた。盗賊とはいえ、年の頃はフィーリと同じくらいの男の子だ。彼女にその命運を決めるような選択はできなかったんだろう。
「み、見逃してくれるのか?」
「はい。でも、今後一切、悪いことはしないと約束してください。あと、あなたの名前を教えてください」
「名前ぇ?」
よく耳にするお願いごとに続いた脈略のない質問に、少年の声に困惑の色が混じる。
だけどフィーリが先に「わたしは落ちこぼれ魔法使いのフィーリです」と名乗ると、彼は少しの間をおいて『リディオ』と名乗ってくれた。
「わかりました。今後、このメイさんが持っている地図にその名前が表示されますから、もしリディオが悪いことをしようとしたら、すぐにわかるんですよ」
フィーリはいかにもな表情で言って、あたしに万能地図を出すように促す。
言われるがまま万能地図を開くと、そこには当然のように、あたしたち三人の他、しっかりと『リディオ』という名前が表示されていた。
それを見たリディオは表情を引きつらせ、「そんな魔法の地図があるのかよ……なんてこった。俺、魔法使いの一行に手を出しちまったのか」と、天を仰いだ。
あたしとルメイエは錬金術師だと伝えるも、その言葉が耳に届いている様子はなかった。
……まぁ、万能地図はあくまで地図であって、人を探すような機能も、特定個人の行動を監視するような機能もないのだけど、
地図に名前が出ているのは事実だし。それを伝えておくだけで、今後の彼にとって戒めになるのかもしれない。
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