第十九話『フィーリはかぜの子?・その②』


「メ、メイ、本当にこの道で合っているのかい!?」


「合ってるわよー。喋ってる暇があったら歩いて……ふんぬぬぬ……!」


 採掘ギルドへ向かう道すがら、人波に流されそうになっているルメイエの手を取り、必死に前に進む。時間帯が悪いのか、すごい人の数だった。


 やっとのことで採掘ギルドのある丘の上にたどり着くも、その扉には鍵がかかっていた。


 えー、必死の思いでここまで来たのに、休みなの!? と、つい強めに扉を叩く。


「うるせぇなぁ。飯時だぞ」


 すると、扉の内側からそんな気だるげな声がし、少し間があって扉が開いた。


 そして顔を覗かせたのは、以前お世話になった現場監督だった。


「お久しぶりです。錬金術師のメイです」


 あたしは右手を上げて、にこやかに挨拶をする。それを見た彼は一瞬首をかしげてから、思い出したように「ああっ!?」と叫んだ。


「こ、これはこれは。錬金術師様じゃございませんか。随分お久しぶりですが、今日はどういったご用件で?」


 続いて、以前の豪快な採取作業も思い出したのか、まるで腫れ物にでも触るかのような態度で接してきた。やけに腰が低い。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……入っていい?」


「え、ええ。ちょっと散らかってますが、どうぞどうぞ」


 彼はそう言ってあたしたちをギルド内へと招き入れる。そしてカウンターの上に広げられたお弁当をそそくさと片付け始めた。見たところ、彼以外に人の姿はなかった。


「やっぱり、人手が足りてないの?」


「そ、そうですね。万年人不足でさぁ。あ、お連れの方も、どうぞ座ってくだせぇ」


 妙にヘコヘコした態度のまま、壁際に作られた応接スペースに案内された。立派なソファーがテーブルを挟んで置かれている。


「受付のキミ以外、人はいないように見えるけど。ギルドマスターは別室かい?」


 どっかりと腰を落ち着けたルメイエが尋ねると、「ギルドマスター? ええ、僭越ながら、私めです」なんて声が返ってきた。


 え、この人がギルドマスターだったの? 知らなかった。


「それにしても、可愛らしいお仲間ですね。そちらも錬金術師様で?」


 言いながら、現場監督――ギルドマスターも対面に腰を下ろした。


「そーよー……ってかさ、その妙にへりくだった態度、そろそろやめてくれる? 鳥肌立つから」


「……そりゃお前、あれだけ豪快に大量の鉱石を持っていった奴が再び現れたとなりゃ、下手に出るに決まってるだろうが。それでなんの用だ。採掘の依頼なら、今はないぞ」


 耐えきれなくなったあたしがそう伝えると、彼は深い溜め息をつきながら肩の力を抜いた。よほど気を使っていたらしい。


「……メイ、キミは以前、この街で何をしたんだい?」


 小声で尋ねてきたルメイエに「教えてあげない」と返して、あたしは容量無限バッグから最後の妖精石を取り出し、ギルドマスターに見せる。


「これ、妖精石って言うの。この石を探してるんだけど、知らない?」


 ギルドマスターは「妖精石ぃ……?」と首をかしげながら、あたしの手から薄い桃色にきらめく石を受け取り、しげしげと眺める。


「……知らねぇなぁ」


 くるくると回して見た後、そう言って妖精石を返してきた。


 そっかー……残念。この街で一番鉱石に詳しそうなの、この人だと思ったんだけど。知らないというのなら、今日のところは引き上げて、フィーリの看病してあげようかしら。


「……キミ、本当に知らないのかい? 色々な鉱石の声に混ざって、向こうから妖精石の声が聞こえるんだけど」


 ……そう思っていた時、ルメイエがカウンターの向こうを見ながら言った。


「な、なんのことだ? 声だと?」


「そうだよ。ボクは素材の声が聞こえるからね。その奥の棚の……右から二番目だ。エルトニア鉱石と、クリスタルの間だよ」


 あたしとギルドマスターが呆気にとられていると、ルメイエは普段では考えられない動きでカウンターに入り込み、その引き出しを開ける。


「ほら、これだよ。あるじゃないか」


 そしてルメイエが取り出したのは、紛れもない妖精石だった。


「どーいうことかしらー? 説明してもらえるー?」


「いやー、そのー、あのですねー」


 ルメイエが見つけた妖精石をテーブルの上に置いて、あたしは笑顔で問い詰める。ギルドマスターは動揺し、また萎縮した態度に戻っていた。


 だけど、彼は嘘をついていたわけだし。あたしも容赦しない。


「妖精石、採れる場所知ってるんでしょ? 教えて?」


「……この石は東の廃坑の奥で採れる。数はそこまで多くないらしいが」


 あたしが笑顔を崩さず尋ねると、わずかな沈黙の後、そんな答えが返ってきた。


「……ほう。東の廃坑とな」


「ああ。だが、あそこは魔物の巣窟だ。命が惜しかったら行かねぇほうがいい。これは本当だ」


 それを聞いて、あたしは万能地図を取り出し、東の廃坑とやらの位置を確認する。そして索敵モードにしてみると、確かに無数の魔物がうごめいていた。


「うわ、本当に魔物だらけね」


「採掘ギルドとしてもメノウの街の騎士団に討伐を依頼してるが、いつになるかわからねぇ。今この街には、それより優先すべき問題があるからな」


「……優先すべき問題?」


 万能地図をしまいながら問う。魔物退治以上に優先するべきものがあるのかしら。


「半月ほど前から、西の鉱山を盗賊団が占拠して、アジトを作りやがった。作業員の命に関わるから、とてもじゃないがその近くで仕事なんてできねぇ。だから騎士団には魔物より先に、盗賊団に対処してもらう予定だ」


「……予定ということは、まだ騎士団も特段動けてはいないのかい?」


「ああ、騎士団も忙しいみたいでな。この街に到着するまで、まだ数日はかかるそうだ」


 ……そこまでの話を聞いて、さすがに妖精石欲しさに魔物の巣窟に飛び込むのはリスクが高すぎると判断した。


 フィーリの体調もあるし、しばらくはこの街に滞在して、騎士団の到着を待つことにしましょ。



 ……採掘ギルドを後にして、万能テントへと戻ってきた。


 フィーリは目を覚ましていたけど、手紙を読んだのか、ベッドで大人しくしていた。


「フィーリ、気分はどう?」


「むー、あんまり変わらないですー」


 視線だけをあたしに向けるも、とろんとした表情で言い、ずずっ、と鼻をすする。


 うーん、ポーションじゃ駄目なのかしら。


「うー、早く外に行きたいですー」


 続けて、再び視線だけを窓の外に向けて言う。せっかく新しい街に来たというのに、外に出られないのがもどかしいのだろう。


「……メイさん、錬金術で風邪の特効薬作ってくださいよー」


 そして懇願するような表情で言った。


「そうねぇ……特効薬は無理だけど、もっと強力なポーションなら作ってあげられるわよー。ちょっと待っててね」


 あたしはレシピ本を見ながらフィーリを励ますように言って、一旦万能テントの外に出る。


 今から作るのは、レッドポーション。できることなら、先日レシピを発見したブルーポーションを作ってあげたかったけど、あいにく素材が足りない。


 一方で、レッドポーションはブルーポーションより効果は落ちるものの、素材は足りている。足りている、けど……。


「……メイ、手袋なんかしてどうしたんだい?」


 究極の錬金釜を設置し、容量無限バッグから素材を取り出そうとしていた時、テントから出てきたルメイエがそう声をかけてきた。


「レッドポーション、作ろうと思ってるんだけどねー」


「いいじゃないか。初めて聞く名前だけど、たくさん回復しそうだ」


「普通のポーションに、山裾の村の特産品であるハッピーハーブを加えるから赤くなるんだけど、その、最後に必要な素材がね……」


 そこまで言って、あたしは言い淀む。


「『ネオ・タランチュル』っていう蜘蛛が必要なのよ。砂漠に生息してる、これくらいの馬鹿でっかい蜘蛛なんだけど」


 右手を思いっきり広げて、その大きさを表現する。下手をしたら、これでも足りないかもしれない。


「それは……素材として持っていない、ということかい?」


「ううん。持ってるわよ。砂漠の町に行った時に採取して、使うことなくずーっとこの容量無限バッグの中に入ってる」


「なら良いじゃないか。そのレッドポーションとやら、さっさと調合してあげなよ」


「でもね……このバッグ、あたししか扱えないの」


「……? そりゃそうだろう。何をいまさら」


「それで素材を出す時は、この口に手を突っ込んで、○○よ出てこい~、って念じると、その素材が手元に来るわけ」


「さすがチートアイテムだね」


「だからぁ……素材を取り出す時、あたし、そのでっかい蜘蛛を手で掴まないといけないのよ……!」


 あたしは哀感を込めた声で言い、容量無限バッグの口を見つめる。今だけは、その口がまるで怪物の口のように思えて仕方なかった。


「な、なるほど。だから手袋をしているんだね」


「そういうこと……まぁ、フィーリのためだし、頑張るわよ? だけどさ、もう一つ不安要素があって……」


「な、なんだい?」


「原理はわかんないけど、このバッグから出てくる植物とか、いつもみずみずしいでしょ? どうやらこのバッグの中にある間、その素材の時間は止まっているみたいなのよ」


「そのこころは?」


「……ネオ・タランチュルも生きてるかもしれないってこと」


「うわぁ」


 その場面を想像したのか、ルメイエは顔をひきつらせ、妙な悲鳴をあげた。


「それで、良かったらルメイエにも調合に立ち会って……」


「ボ、ボクはフィーリのそばについていてあげるよ! じゃあ、調合頑張って!」


 言い終わるより早く、彼女は飛ぶようにテントの中へ戻っていった。


 ルメイエの薄情者ー! と、既に見えなくなった背に向けて言い、あたしは容量無限バッグに向き直る。


「これもフィーリのためよ。頑張れあたし。負けるなあたし」


 自らを鼓舞するように呟いて、意を決してバッグに手を突っ込む。えーい! ネオ・タランチュルよ出てこい!


「ぎゃーー! 明らかに動いてるーー! 新鮮素材ーー!」


 手のひらに感じた生々しい感触に、あたしはそう叫んだあと、バッグから手を引き抜いて、投げるようにして素材を錬金釜へと入れた。


 そしてできるだけ釜の中を見ないようにしながら、ぐるぐるとかき混ぜる。少しの時間を置いて、虹色の渦の中からボトルに入った赤い液体が吐き出された。レッドポーション、無事完成。


 できあがったそれを、日の光に透かしてみる。単純に赤いだけの液体だ。どう見ても、蜘蛛が素材に含まれているとは思えない。


「素材はアレだったけど、見た目は普通……なんか漢方薬っぽくて効きそうだし、持っていってあげましょ」


 そう結論付けたあたしは道具たちをしまうと、万能テントに戻ったのだった。


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