第十八話『フィーリはかぜの子?・その①』


「錬金術師って華麗に戦っているように見えるかもだけどさ、実際は事前準備の賜物なのよねー」


 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、ルマちゃんの背に乗って空の旅を満喫中。


「魔法使いみたいに臨機応変に対応できるわけじゃないから、あらゆる事態を想定しておく必要があるわけよ。そうよね、ルメイエ?」


「……メイ、その話、今必要かい?」


「こーでもして気を紛らわせてないと怖すぎて叫んじゃうのよー! きゃー! 吹き飛ばされるー!」


 ……言い直そう。あたしは旅する錬金術師メイ。現在、暴風吹きすさぶ中、ルマちゃんの背中に必死にしがみついていた。


「ちょうど乱気流のど真ん中ねー。鉱山都市ってことは、山がいっぱいあるんでしょ? そーいう場所の近くって風が変則的だったりするのよねー」


 ルマちゃんはあっけらかんと言いながら、びゅーびゅーと四方八方から吹きつける風をものともせずに大気を切り裂いていく。


「か、怪鳥さん、もっと低く飛んでもらえませんか!? 寒いです!」


「無理よ。これ以上高度下げたら山にぶつかっちゃうわ。もう少しの辛抱だから、我慢なさい。子どもは風の子よ!」


「そんな言葉、知りませんー!」


 あたしの腰に手を回し、寒さに震えるフィーリがそう懇願するも、やんわりと却下されてしまった。


 この辺りの気候って温暖なのに、空の上は本当に寒いわねぇ……なんて考えていた時、眼下に懐かしい鉱山都市が見えてきた。



「はーい! 到着! ご乗車、ありがとうございました!」


 やがてあたしたちを乗せたルマちゃんは、鉱山都市の外れに静かに着地した。


 その足で報酬のトリア鳥を買いに走り、支払いを済ませると、ルマちゃんは「今後とも、ごひいきにねー!」と言葉を残し、大空へと飛び去っていった。


「……なんとも壮絶な空の旅だったね。メイやフィーリはいつも、彼女を利用しているのかい?」


「時々ねー。これからは女王様になるわけだし、そう簡単に呼び出せなくなるかもだけど」


「そうですねー。女王陛下を乗り回すなんてとても……は、はっくっしゅん!」


 ……その時、フィーリが可愛らしいくしゃみをした。ハンカチを取り出す彼女に視線を送ると、顔が少し赤い気がする。


「ちょっとフィーリ、あんた寒さで体冷えちゃったんじゃないの? 大丈夫ー?」


 言いながら、そのおでこに自分の手のひらをあてる。少し熱い気がする。


「あー、これはちょっと熱っぽいかも」


 あたしがそう口にすると、ルメイエも「フィーリ、熱があるのかい?」と、心配そうに視線を送った。


「フィーリ、少し宿屋で休みましょ」


「えー、大丈夫ですよこのくらい……っくしゅん!」


 あたしの提案を突っぱねようとしたところで、もう一度くしゃみをした。鼻水も出てるし、体も震えている。これは本格的にダメそうねぇ。


「いいから休みましょー。健康あってのスローライフなんだから!」


 なおも渋るフィーリの手を引いて、あたしは街の宿屋へと向かった。


 ……これは、風の子が風邪の子になっちゃったわねー。



「お嬢さんたち、この宿は相部屋で雑魚寝だが、良いのかい?」


 適当に目についた宿屋で宿泊手続きをしていたところ、受付のおじさんからそんな言葉を投げかけられた。


「……へっ、相部屋?」


 思わず聞き返すと、この街は出稼ぎでやってくる鉱山労働者が多いので、どの宿も基本相部屋。そして、雑魚寝なのだそう。


 だからこそ宿泊料金が安いのだけど、鉱山労働者が多いということは、必然的にたくましい男性だらけになるというわけで。


 ……さすがに風邪をひいて弱ってるフィーリをそんなところに置いておけない。子どもとはいえ、女の子だし。


「えーっと、個室なんて……ありませんよねー?」


 ダメ元で聞いてみるも「ないなぁ」と非情なお言葉が返ってきた。ダメでした。


「ありがとうございましたー。別の宿にしますー」


 あたしは書きかけの宿帳を閉じて返し、フィーリの手を引いて宿を後にした。


 背後から、「この街の宿はどこ行っても同じだよ! その子、大丈夫かい?」なんて声が聞こえたので、お礼の言葉を返しておいた。


 前回来た時は色々あって宿に泊まれなかったけど、まさかこの街の宿屋がそんなシステムだとは。これは困った。



 ○ ○ ○



 ……結局、おじさんの言う通り個室のある宿は見つからず、あたしたちは街の外れに向かい、そこに万能テントを設置した。


「うー、観光したいですー……」


「焦ってもしょうがないでしょー。今日はゆっくり休んで、風邪を治しなさい」


 ぐずるように言うフィーリを着替えさせ、ポーションを飲ませてあげた。風邪に効くかわからないけど、体力は回復するだろうし、水分補給にもなると思う。


 続けてベッドに入るよう促すと、ふらふらとした足取りでベッドに潜り込み、しばらくして寝息を立てはじめた。


「……やれやれ。これはよもやの事態だね」


 ソファーからその様子を眺めていたルメイエが、小さな声で言う。


「これまで風邪の一つもひかずに旅してきたことのほうが不思議なくらいだしねー。ちょっと充電期間をあげましょー」


「まぁ、このテントの中なら安全だしね。じゃあ、今日はこのままここで過ごすのかい?」


「んー、あたしはちょっと採掘ギルドに行ってみようと思ってるの」


「採掘ギルド? 仕事を受けるなら、冒険者ギルドじゃないのかい?」


「この街って鉱山の街だから、依頼の多くが採掘ギルドに回ってるのよ。それにあそこの現場監督、知り合いだしさ」


「そういえば、この街には一度来たことがあるという話だったね……採掘ギルドか。ちょっと興味あるよ」


 採掘ギルドといえば鉱石。鉱石といえば、錬金術師にとっても必須素材だ。ぐーたら錬金術師とはいえ、やっぱり本能が騒ぐのかしら。


「すぐに戻るから、一緒に来る? フィーリはしばらく起きそうにないし、置き手紙とトークリング残しておけば大丈夫でしょ」


「そうだね。それじゃ、一緒に行こうかな」


 一瞬だけフィーリのほうを見てから、ルメイエはソファーから立ち上がった。



 フィーリを起こさないように静かに外に出て、改めて鉱山都市全体を見渡す。


 無数の小穴が開いた山を背負うようにして大小様々な建物が並び、その間をたくさんの人が慌ただしく行き交っている。


 観光客らしき姿はほとんどなく、職人や作業員らしい格好をした人々が目立つ。


 ……相変わらず『仕事の街』といった感じだった。


「……ねぇメイ、一つ気になったんだけどさ」


 そんな街並みを眺めていると、隣にいたルメイエが言った。


「もし、今このタイミングで万能テントを容量無限バッグに収納したら、中のフィーリはどうなるんだい?」


「どうなるのかしら。閉じ込められちゃったりするの?」


「質問に質問で返さないでほしいんだけど」


 そう言われても、あたしも容量無限バッグの中に入ったことがあるわけじゃないし。返答に困る。


「まー、こういう時は収納できなかったりするんじゃない? 行きましょ」


 適当にそんな答えを返して、あたしは少し早足で歩き出した。


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