第十七話『新たな王の誕生』



 あたしとルメイエの連携攻撃に加え、ルマちゃんの全体重が乗った爪の一撃を受けた王は完全に息絶えていた。


「いやー、こいつがバーサーカーモードになった時は、どうなることかと思ったわねー。フィーリ、離脱しちゃうしさ」


「むむ……うかつでした。中級魔法の実験台にするつもりだったのに……」


「まぁ、怪我もなくて幸いだよ。魔法の実験は、また別の機会にすればいいさ」


 動かなくなった王の横にルマちゃんが立ち、その彼女の近くにあたしとフィーリ、ルメイエの三人が並びながら、そんな話をする。


「ところでアンタ、怪鳥の素材が欲しいって言ってなかった? こいつ、持っていっていいわよ」


 ルマちゃんはあたしを見ながら、足先で物言わぬ王を指し示した。


 いやー、確かに言ったけど。怪鳥の爪がブルーポーションの素材になるし、これだけ巨大なら、大量の羽素材や肉素材も手に入りそうだけど……。


「本当にいいの? ルマちゃんと同種族だし、感傷的な気分にならない?」


「べっつにー。このまま放置しても、後始末が大変だろうって思っただけよ」


 ルマちゃんが言って、周囲を見渡す。あたしも同じように視線を送ると、ここは街のど真ん中だった。言われてみれば、ここに放置されたら街の住民は困ると思う。


「……わかったわ。それじゃ、遠慮なくもらうわね。素材分解モード!」


 あたしは容量無限バッグの口を広げ、間の前の怪鳥へと向ける。直後、その亡骸は光の粒子に変化して、バッグの中へと吸い込まれていった。


「回収完了。ありがとねー」


 ルマちゃんと、素材になってくれた怪鳥さんにお礼を言い、バッグの口を閉じた。


「……相変わらず、そのバッグの素材分解機能は異常だね」


 その時、回収作業の一部始終を見ていたルメイエがため息まじりに言った。


「錬金術師が一番頭を悩ませるのが、素材の枯渇なんだ。一度使ってしまうと、もとには戻せない。だからこそマナニケアの素材ショップでは、法外な値段で取引されている素材もあるというのに。その鞄は複数要素を持つ素材を細かく分解するだけじゃなく、必要なくなった道具を分解して素材に戻すこともできるんだろう……!?」


 よほど羨ましいのか、ルメイエの語気がだんだんと強くなっていくのがわかった。


「そう言われたって、チートアイテムなんだからしょうがないでしょー。それよりほら、怪鳥との戦いの時、助けてくれてありがと!」


 あたしは無理矢理に話題を変え、「いやー、さすが伝説の大錬金術師ルメイエ様! 今後ともよろしく!」なんて言って、彼女を持ち上げてみる。


「お、おだてたって駄目さ。今回はたまたま手伝っただけだからね。次からは期待しないでおくれよ」


 すると、ルメイエは頭の後ろで手を組みながらそっぽを向いた。声色からして、怒りも収まってくれたようで、一安心。


「……ねぇ、すごい今更なんだけどさ、なんか増えてない? そのちんちくりんなのも、アンタたちの仲間なわけ?」


「……ちんちくりんとはご挨拶だね」


 その時、ルマちゃんがルメイエを見ながら言った。


「ちょっとルマちゃん! せっかく機嫌直してもらったのに、余計なこと言わないで! これには理由があって……!」


 あたしは小声でルマちゃんに声をかけ、ルメイエと出会った経緯について話して聞かせた。そういえばこの二人、初対面だったわ。



「へー、つまり、アンタの体の元の持ち主が、このルメイエって子なわけ?」


「そーなのよー。神様のミスでこうなっちゃったみたいなの」


「どんなファンタジーよー……って、ここファンタジー世界だったわね……」


 ルマちゃんはその翼で頭を押さえて言う。彼女も転生者で、元は人間。だからこうして、時々人間らしい仕草をする時がある。


「というわけで、今のあたしはこの体を彼女に返すための手段を探してるの。どうしてか、伝説のレシピ本にもそれらしい道具は載ってないしさ」


「そうなると、スローライフどころじゃないでしょ?」


「そこはスローライフを優先していいって言われてるわ」


「そっち優先しちゃっていいのね……」


 呆れ顔のルマちゃんに「自律人形は不老不死だから、急かしはしないんだって」と伝えた。


 ……そんな時、周囲にたくさんの鳥たちが集まっていることに気づいた。


「……我ラガ王ガ消エテシマワレタ」


「イヤ、代ワリニアノオ方ガ現レタゾ」


「ツマリ、彼女ハ新タナ王。女王ダ」


「女王陛下バンザイ!」


 無数の声の中から、そんな言葉が聞き取れた。


「アタシが女王? さっきからなんなのコイツら。鳥のくせに人語を喋って、気味悪いわね」


 ルマちゃんもそうなんだけど……と、喉までかかった言葉を飲み込んで、あたしは彼女に、この街とその住民たちが置かれた現状について話して聞かせた。


「はー、鳥が人を監視? この街、そんなことになってたわけ。あいつ、めちゃくちゃしてたのね」


 話を聞いたルマちゃんは、怒ったような、呆れたような声を出した。


「酷い話でしょ。だからさ、せっかく王を倒した流れでルマちゃんがこの街の長になったわけだし、ここはビシッと一言言ってあげてよ」


「アタシ、女王って器じゃないんだけど……仕方ないわねぇ」


 ルマちゃんは大きく息を吐いて、未だお喋りを続けている鳥たちのほうへ向き直った。


「アンタたち、静かになさい! この街の状況は聞いたわよ。これからは監視なんてやめて、人間たちと仲良くすること! 妙なことしたら、アタシが直々に焼き鳥にするから!」


 そして街中に轟くような大声で、そう言った。


「仰セノママニ!」


「御意!」


「新タナ女王ノゴ命令ダ! オ触レヲ出セ! 伝書鳩ヲ飛バセ!」


 その号令はたちまち効力を発揮し、鳥たちは慌てふためきながら、街中へと散っていった。


 色々あったけど、これからはこの街にも活気が戻ってくるだろうと、あたしは安堵したのだった。



 ○ ○ ○



 ……それから数日後、開放記念パーティーが開催され、街は人で溢れかえっていた。あの街のどこにこれだけたくさんの人がいたのかと不思議に思ったくらいだ。


 その喧騒を心地よく聞きながら、あたしたちがルマちゃんと丘の上で過ごしていると、町長を名乗る男性がお礼にやってきた。


「街を開放してくださって、ありがとうございます。魔法使い様」


「あたしとこの子は錬金術師です。しかもこっちは、伝説の」


 がっしりとルメイエの肩を掴みながらそう強調するも、彼は錬金術師を知らないようだった。


「……相変わらず、錬金術師は存在感ないのねぇ」


 その町長が貢物として置いていったトリアチキンをつまみながら、ルマちゃんが呟くように言う。


「うーっさい。慣れてるから、いいもん」


 あたしは吐き捨てるように言って、そのトリアチキンを一つ手に取り、かじりつく。タンドリーチキンみたいで、芳醇なスパイスの香りが鼻に抜ける。美味しい。


「……ところであんたたち、もうしばらくこの街にいるの? 次の予定は?」


「んー、今のところは特に考えてないけど……」


 持っていたハンカチで口の周りを拭い、思案する。


 ルメイエは急がなくていいと言ってくれてるけど、魂を入れ替える方法はできるだけ早く見つけたい。


 だけど、未だその方法については全く情報がないのも事実だ。


 ならば、この問題はしばらく棚上げ。そうなると、目下の問題は……。


「そうだルマちゃん、妖精石が採れる場所って知らない? そろそろ補充したいんだけどさ」


「アタシが知るわけないでしょ。なんで知ってると思ったのよ」


「ルマちゃん、世界中を旅してるし。物知りそうだなーって」


「いくらアタシでも知らないこともあるわよ。以前採った場所とか覚えてないの?」


「覚えてるけど……前に行った時、妙に品質が低下してたのよねー」


「あむっ……そうなんですよ。含まれる魔力が減ってまして……むぐむぐ」


 あたしと同じように貢物のトリアチキンを食べながら、フィーリが言う。久しぶりのお肉で嬉しいんだろうけど、食べるか喋るかどっちかにしなさいねー。


「そういうことなら……鉱山とか行ってみたら? 石の専門家とかいるんじゃない?」


「うーん……アレ、岩山掘って採れるようなものでもないんだけど……」


 そこまで言って、ふと鉱山都市のことを思い出した。あそこもずいぶん長いこと立ち寄ってないし、久しぶりに行ってみようかしら。採掘ギルドで聞いたら、妖精石の情報を得られるかもしれないし。


「そーねー。じゃあ、久々に鉱山都市に行ってみようかしら。というわけでルマちゃん、お願い」


「は?」


 虚を突かれたのか、ルマちゃんが咥えていたトリアチキンをぽとりと落とした。


「だってさー、この街からだと鉱山都市遠いし。いつものように背中に乗せて、ぴゅーって送ってくれない?」


「アンタねぇ……なりゆきとはえ、アタシはこの街の長になったんだけど? 早々に玉座を空けるわけにはいかないでしょー?」


「それとこれとは話が別なので。何卒宜しくお願いします。女王陛下」


 あたしがうやうやしく頭を下げると、ルマちゃんは本当に大きなため息をついた。


「……三人だと、トリア鳥30羽になります」


「団体割引とか、子供料金は?」


「そんなもんないわよ。着払いでいいから満額払いなさい」


「分割払いは?」


「一括のみ。ローンもカードも駄目よ。いつもニコニコ現金支払いなんだから」


「いっそ、定期券や回数券作るつもりない?」


「今のところ、弊社では対応の予定はありませんー」


 そんな風に、転生者同士ならではの会話も楽しみつつ、あたしはルマちゃんと今後の話を詰めたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る